第30話 湖畔の朝焼けと、未来へ続くキャンピングロード
マイアミ浜オートキャンプ場の空が、深い群青色からゆっくりと淡い茜色、そして眩しいほどの黄金色へと染め上げられていく。
昨夜、それぞれのテントやキャブコンの中で温かな眠りにつき、心身ともにしっかりと休息をとったメンバーたちは、鳥のさえずりや湖面を渡る爽やかな朝風に包まれながら、次々と目を覚ましていった。
「ん……、よく寝たぁ……!」
自分のドームテントのジッパーをゆっくりと開けながら、七柰が両手を大きく上に伸ばして盛大なのびをする。冷たく澄んだ朝の空気が肺の奥までスーッと入り込み、昨夜までの心地よい疲労感を一気に吹き飛ばしてくれる。
「おはよー、七柰ちゃん。昨日はぐっすり眠れたみたいだね」
隣のテントから出てきた美波さんが、優しく微笑みながら七柰の寝癖のついた髪をポンポンと直してあげる。
「おはよー、美波さん! うん、すっごくよく眠れましたよ。それにしても、朝の琵琶湖ってこんなに空気が綺麗なんですね」
七柰が目を輝かせながら、目の前に広がる穏やかなレイクビューに視線を投げかける。マイアミ浜は琵琶湖の東岸に面しているため、朝の湖畔の景色は息をのむほどに開放的で、遮るもののない水平線の向こうから昇る朝日が、水面をキラキラと黄金色に輝かせていた。
テントサイトのあちこちで、ほかのメンバーたちも次々と顔を出し始める。
「おはようございます、皆さん。昨夜はよく眠れましたか?」
夢乃さんが穏やかな笑みを浮かべながら、テントのペグに引っかからないよう足元を確認しつつ歩いてくる。
「おはよう、夢乃ちゃん。いやあ、朝のこの冷えた空気の中での目覚めもまたキャンプの醍醐味だよな」
キャブコンのドアを開けて出てきた正樹叔父さんが、伸びをしながら爽やかに声を上げる。その顔には、ベテランキャンパーらしい頼もしい余裕と、今日の旅の終わりを惜しむような穏やかな表情が浮かんでいた。
少し離れた場所では、咲さんと美怜さんが一緒に朝のストレッチをしながら歩いてくる。
「おはよう、みんな。昨夜のウノの勝負、今朝になっても悔しさが残るわね。私、もっと戦略的にカードを温存しておくべきだったわ」
咲さんが上品に眼鏡を押し上げながら、昨夜のゲームを思い出してクスリと笑う。
「ふふ、咲さん、そんなに悔しがらなくてもいいじゃない。勝負の世界は非情なものよ?」
美怜さんが美しい微笑みを浮かべながら返す。その表情は昨日のクールさの中にどこか柔らかな充足感が漂っていて、見ているこちらも自然と笑顔になってしまう。
「おはよう! 皆、朝からとっても元気だね!」
少し遅れてテントから顔を出した姫子さんが、元気いっぱいに両手を振って挨拶の声を響かせた。
「さあ、それじゃあそろそろ、今日の最高に美味しい朝食の準備を始めようか!」
姫子さんの掛け声を合図に、ともに今朝の料理担当である美波さんが、テキパキと動き出した。
「よし! 今朝のメインは、昨日の夜に美怜さんが作ってくれた絶品アヒージョのオイルをベースにするよ!」
姫子さんが意気揚々と宣言する。
今日の朝食は、前夜のエビやキノコの旨味がこれでもかと凝縮されたオリーブオイルを余すことなく使い切る、キャンプの朝にぴったりの『旨味凝縮チーズリゾット』だった。
「前夜に残ったアヒージョのオイルが入ったスキレットを、もう一度薪グリルの弱火にかけてじっくり温め直すの。オイルの量が足りないときは、少しオリーブオイルを足しても大丈夫だよ」
美波さんが手際よくスキレットを火にかけながら、優しく手順を解説していく。じわじわと温められていくスキレットから、ニンニクとエビの香ばしい風味が再びふわりと立ち上り、まだ少し眠気眼だったメンバーたちの食欲を大いに刺激した。
「うわあ! あの昨日の夜の感動のオイルが、こんな風に朝のメニューに生まれ変わるなんて、天才的すぎない!?」
七柰がたまらずスキレットの近くへと駆け寄り、お腹を鳴らしながら覗き込む。
「ふふ、七柰ちゃん、そんなに慌てなくてもちゃんとみんなの分があるからね。それじゃあ、ここにご飯を投入するよ」
美波さんが笑顔で頷き、持参したパックご飯をそのまま豪快にスキレットの中へと投入した。
ご飯が旨味たっぷりのオイルをみるみるうちに吸い込んでいき、ジューシーな音がパチパチと心地よく響き渡る。
「ここに、少しの水分とコンソメ、そして隠し味にほんの少しの牛乳を加えると、さらにリゾットらしいコクとまろやかさが増すのよ」
美怜さんが解説しながら、手元でスプーンを動かす美波のサポートに入る。
そして、仕上げのクライマックス。
「お待たせしました! ここにピザ用チーズをこれでもかとたっぷりのせちゃいます!」
姫子さんが袋いっぱいのチーズをドカンと上から振りかけると、スキレットの上に真っ白なチーズの雪山が完成した。
上から蓋をして数分間待ち、薪の余熱と下からの火でじっくりと加熱していくと、パカッと蓋を開けた瞬間に、トロトロにとろけたチーズと黄金色のオイルが奇跡の融合を果たした極上のリゾットが姿を現した。
「仕上げに黒こしょうとパセリをパラリと振れば……完成!」
美波さんが美しく刻んだパセリを散らすと、その場にいた全員から「わあぁ……!」と感嘆のため息が漏れた。
耐熱皿に取り分けられた『旨味凝縮チーズリゾット』を手に、全員がアウトドアリビングのテーブルの周りに腰掛けた。
「それでは、皆揃ったところで……いただきまーす!」
姫子さんの元気な合図とともに、スプーンを一斉に口へと運ぶ。
「んんーーーーっ!! 美味しすぎるっ……!!」
一口食べた七柰が、両手で頬を押さえてその場で悶絶した。
「ほんとうに……! 昨日のエビとキノコの旨味がご飯の一粒一粒に完全に染み込んでいて、チーズのコクと合わさって朝の体に優しく染み渡るわ」
咲さんが目を細めながら、上品にスプーンを進める。
「お米がスープを吸っていて、リゾットというより最高級のイタリアン雑炊みたいですね。美波さん、姫さん、本当にすごい腕前ですよ」
夢乃さんも満面の笑みを浮かべて大絶賛する。
「みんなにこんなに美味しいって言ってもらえて嬉しいよ。朝からしっかり食べて、今日の活動のエネルギーにしようね」
美波さんが優しく微笑みながら、自分の分のリゾットを丁寧に味わう。
美怜さんも一口食べて「……うん、本当においしいわ。香ばしいニンニクの香りとチーズのまろやかさが絶妙ね」と、心から満足そうな笑みを浮かべた。
美味しい朝食ですっかりお腹が満たされたあとは、それぞれのペースで至福の朝の自由時間が流れていった。
マイアミ浜は琵琶湖の東岸に面しているため、朝の湖畔の景色はどこまでも開放的で美しい。
僕が手際よくパーコレーターとハンドミルを使い、その場で豆を挽いて淹れたてのコーヒーを淹れる。
香ばしいコーヒーの香りが周囲に漂う中、各自がマグカップを片手に持って、波の音を聞きながら砂浜や緑の芝生エリアをゆっくりと歩いた。
「はあ……、このコーヒー、本当に染みるなぁ。波の音を聴きながら飲むなんて、最高の贅沢だよね」
僕がマグカップを両手で包み込みながら、湖面を眺めて呟く。
「ほんとうね、奏多君。昨日からずっと非日常の連続だったけれど、最後のこの朝の静けさが一番心に残るかもしれないわ」
美怜さんが風に髪を揺らしながら、穏やかなトーンで言葉を返す。その横顔はどこか名残惜しそうでありながらも、充実感に満ち溢れていた。
豊かな朝のコーヒータイムをゆっくりと楽しんだあとは、キャンプの大切な締めくくりである撤収作業の時間へと移っていった。
マイアミ浜オートキャンプ場はチェックアウトが12:00と比較的遅めに設定されているため、朝露でしっかりと濡れてしまったテントやタープを完全に乾かす時間が十分に取れるのが非常にありがたい。
「よし、みんな! チェックアウトの正午に向けて、効率よく撤収を進めるぞー!」
正樹叔父さんの号令のもと、若者たちのチームワークが再び抜群の連携を見せる。
お昼に近づくにつれて日差しがどんどん強くなってきたため、その太陽の光を最大限に利用して、テントやタープを大きく広げて内側までしっかりと乾燥させていく。
「美波さん、こっちのペグ抜き、手伝いますね!」
「ありがとう、七柰ちゃん。地面がしっかりしていたから、ペグも真っ直ぐ綺麗に抜けるね」
美波さんと七柰が息を合わせてドームテントのフレームを外し、手際よく畳んでいく。
咲さんと夢乃さんは、食器類や調理器具をピカピカに洗い上げてコンテナボックスへ次々と収納し、姫子さんは新しいギアであるLEDランタンたちを傷つかないように専用のケースへと大切にしまい込んでいく。
美怜さんも、自分の使ったスペースを綺麗に掃き清めながら、周りのメンバーに細やかな気配りを忘れない。
「奏多君、そっちのタープの乾き具合はどう? もう収納しても大丈夫そうかしら?」
「うん、日差しが強いおかげで裏側まですっかりカラッカラに乾いたよ。これならカビの心配も全然ないね」
僕はしっかりと乾燥した布の感触を確かめながら、満足そうに頷いた。
正樹叔父さんと叶姉さんは、キャブコンの収納スペースやミニバンのラゲッジルームに、大量の荷物をまるであつらえたパズルのように美しく積み込んでいく。プロの旅人である正樹叔父さんの手際の良い配置のおかげで、昨日よりも圧倒的に綺麗に、そしてコンパクトに全てのギアが車内へと収まっていった。
「よし、撤収完了お疲れ様! 最後に、ここで最高の記念撮影をしておこうか!」
正樹叔父さんが首から下げた愛用のプロ用一眼レフカメラを構えながら、大きな声で全員を手招きする。
「あっ、記念撮影ですね! やったぁ、最後にみんなで最高の写真を残そうよ!」
七柰が嬉しそうに飛び跳ねながら、僕の腕にギュッとしがみつく。
青い琵琶湖とどこまでも広がる空、そして片付けられた自分たちのキャンプサイトを背景にして、全員がカメラの前に集まった。
姫子さん、咲さん、夢乃さん、七柰、美怜さん、美波さん、そして僕。さらに、叶姉さんも加わり、総勢8名がぎゅっと肩を寄せ合って並ぶ。
「みんな、いいかい? 最高に素敵な笑顔を見せてくれよー! それじゃあ、いくよ……はい、チーズ!」
声をかけ、正樹叔父さんの指がシャッターを切った。
パシャッ!
静寂な湖畔の空気の中に、心地よいシャッター音が響き渡る。
正樹叔父さんのカメラの液晶画面には、初夏のまばゆい光を浴びた最高の笑顔の仲間たちが、これ以上ないほど美しく切り取られて写し出されていた。この写真を見るたびに、このマイアミ浜で過ごしたかけがえのない時間と、みんなと交わした温かな会話が鮮やかに蘇ってくるに違いなかった。
「ふう、本当に最高のキャンプだったね……」
車に乗り込む直前、七柰が名残惜しそうに後ろを振り返りながらぽつりと呟いた。
「そうね。最初はどんな旅になるかと思ったけれど、本当に一瞬一瞬が宝物のような時間だったわ」
美怜さんが優しく微笑みながら、自分のザックを大切そうに抱え直す。
「それじゃあ、名残惜しいけれど……そろそろ京都へ向けて出発するとしようか。みんな、車に乗り込んでくれ!」
正樹叔父さんの力強い合図とともに、キャブコンの重厚なエンジンが再び穏やかなアイドリング音を響かせ、そのすぐ後ろには叶姉さんのミニバンがピタリと続く。
キャンピングカーの大きな窓から見える琵琶湖の景色が、ゆっくりと後方へと流れていく。
車内では、今回のキャンプの思い出話や、次にどこへ行こうかという楽しい計画の話題で早くも持ちきりになっていた。
胸の奥に灯った未来への小さな決意をそっと噛み締めながら、僕は窓の外に広がる青い空を見上げた。




