硝子の海へ
しばらく走ると、空気が変わった。 西伊豆の湿った土の匂いが消え、排気ガスとコンクリートの乾いた匂いが強くなる。
「……見てごらん、世璃」
お兄様が指差した。 フロントガラスの向こう。 地平線が、ぼんやりと明るくなっている。
トンネルを抜けた瞬間。 視界が一気に開けた。
「わあ……!」
あたしは息を呑んだ。 光。光。光。 見渡す限りの大地が、宝石を散りばめたように輝いている。 高層ビルの航空障害灯の赤。 オフィスの白い窓明かり。 網の目のように走る首都高のオレンジ色のライン。
東京だ。 あたしたちの新しい狩場。 1000万人の人間がひしめき合い、欲望と孤独を撒き散らしている、巨大な魔都。
「すごい……! お兄様、あれ全部、あたしたちのご飯?」
あたしが窓にへばりついて尋ねると、お兄様は優しくあたしの髪を撫でた。
「そうだよ。 あそこには、西伊豆とは比べ物にならないほどたくさんの『命』がある。 隠れる場所も、獲物も、無限にある」
お兄様の瞳に、東京の夜景が映り込む。 その瞳は、獲物を前にした猛獣のように、金色にギラギラと輝いていた。
「行こう、世璃。 あの光の渦の中心へ」
車は、首都高へと合流していく。 光の奔流が、あたしたちを飲み込む。 あるいは、あたしたちが飲み込むのか。
西伊豆の怪談は終わった。 ここからは、東京の都市伝説が始まるのだ。




