抱っこ
17階層は砂漠エリア、涼しかった風エリアからは一転、また暑いエリアだが、砂漠はこの17階層だけ。
ここも迷宮じゃないくらい、だだっ広い砂漠が広がっている。ちなみに言い忘れていたが、平原エリアもここも空が存在する。青空である。太陽は無い。でも明るい。何故か? それは判らないながら、多くの冒険者が試みたように、青空に向かってエナジーボルトを撃ち上げてみよう。魔法はしばらく飛んで消える、消えるのだ。消えたところが天井と言われている。何処を撃っても、同じ高さで魔法は吸収される。恐らくそこが高度の限界点で、そこに何らかのフィールドがあり、魔力を吸収しているものと推測される。
出現する魔物は主に土系で、アースエレメンタルを筆頭に土のオコジョ、土ヤマアラシ、土ハニービー等。
「さて…… 」
バンドーはここで決断を迫られていた。アンは相変わらず元気に見えるのだが、悩む。
最初の予定では、バンドー一人で突っ切れるだけ突っ切って、初日にいきなり30階層まで降り、そこのキャンプ地で眠るつもりだった。けれど実際には10階層からアン・ラスティが合流し、アンに合わせたスピードでの潜行をしたために今はまだ17階層である。
別にアンを攻めるつもりはない。むしろ二人パーティで初日に17階層まで潜ること自体、ギルド記録かもしれない。それ程に早いペースである。
だがそろそろ、一日の切り上げ時を見極める時間帯に来ている。バンドーには判る。問題は、何処でキャンプするかであった。
ここ17階層の砂漠エリアは論外である。
18階層は岩山エリア。
19階層には土のボス部屋がある。
一番良い選択は、19階層の土ボスクリア後に開く20階層への通路内でキャンプする事。
もう一つは、次の18階層の岩山エリアに、魔物が湧かない洞窟があるのを知っているので、そこでビバークする事。
選択肢は、この二つしかないのだが、問題はどちらを選択するにしても、ここ17階層の砂漠エリアで狩りをする必要がある事だった。
「悩む時間がもったいないよな。……アン! 」
バンドーはアンに声を掛け、土のオコジョ狩りを命じる。バンドー自身は、アンの狩りの邪魔をするアースエレメンタルや土ハニービーの排除を担当する。
迷宮デスパレスで、食料に成り得る魔物は少ない。土エリアは、それを提供する数少ないエリアでもあるのだ。これはギルドの研修でも出る、最重要ポイントである。
「うーむ」
アンは夢中で土オコジョを狩っている。土オコジョ自体は、そんなに強い魔物ではない。茶色くて丸々太ったイタチに見える土オコジョは、尻尾を膨らませてストーンアローの魔法を撃ってくるくらいだ。肉は柔らかく美味で、毛皮は非常に高価に取引される。
「アン、それくらいに…… 」
アンは聞こえないのか、戦闘動作を止めない。
「アン・ラスティ! 」
ようやくアンは、こっちを向いた。
(……こいつ、戦闘酔いに掛かってやがった)
戦闘が連続して続くと、まれにかかる症状で、疲れているのに気分が高揚して、身体を動かす事を止めない状態を指して、戦闘酔いという。
既に充分な量の肉は手に入っている。
「行くぞ? 」
アンは肩で息をしている。
バンドーは取り合えず何匹かの土オコジョを担ぐと、アンの背中に手を当てて18階層への通路に導く。
冒険者の鉄則は、無理をしない事。迷った時は止めとけ! である。バンドーは次の18階層、岩山エリアでビバークする事を決断した。戦闘に参加しようとするアンを押しとどめ、先行して敵を排除して記憶にある洞窟へと向かう。
洞窟を抜けてしばらく行くと、空が見える突き当りに行きつく。
「ここは何故か、魔物が近寄らないんだ」
一説には、昔ここをアースドラゴンが住居として使っていたせいで魔物が近寄らないとか言われているが、定かではない。ここがキャンプ地として流行らないのは、19階層への階段から、やや離れている事と、水場が側に無い事、眠るのに岩場が適してない事だった。
だがこの際、ぜいたくは言っておれない。
「アン? 」
土オコジョをナイフで解体しながら目を向けると、アンが岩場に座り込んでいる。バンドーにも経験がある。腰を下ろすと、途端に疲労が足にくることがあるのだ。
「なに、バンドー? 」
「火を起こしといてくれ」
アン・ラスティはしばらく、蹲っていたが、やがてのろのろと火を起こしにかかる。落ちている石を器用に組み合わせ、即席の竈をつくると火を起こす。
その頃には、狩った土オコジョは肉と毛皮になっていた。毛皮はなめしも乾燥もしてないが、取りあえず今夜使えればいいのだ。元々、使い捨てるつもりである。
味は求めない。そもそも、ろくな香料も持ってきてはいない。ただ砕いた岩塩をまぶしただけの、簡単な夕食。それに二人はかぶりつく。
しばし無言の食事タイム。
バンドーはバックパックから水入れを取り出すとアンに投げる。それを華麗にキャッチしたアンだったが、蓋を開けて飲む間際に、何故か
「いいの? 」と聞いてきた。
「気にすんな」
取りあえず、そう答えてしばらく火をみつめながら、明日のプランを考えていたのだが。
「あっ! 」
気付いた時は遅かった。アンの目が何故かいつの間にかジト目になっている。
バンドーはバックパックを確認してから、アン・ラスティに視線を戻す。口は既に半開きである。
「バンドー! あんたはティア様とくっつくかと思ったら、そうでもないし。妹好きなのかと思ったら、あっさり手放すし。ひとりで潜ってるって聞いたからお山から降りてきたら何? 」
すいません、間違えました。
「『あと半年かそこら頑張れば、お前なら皆伝までいけたんじゃね? 勿体ない』ですって? 何よそれ! そんな事、言う? ふつう~ 」
アンに間違えて渡した水入れは、気付け薬用に持ってきていた火酒。それだけにアルコール度数は高い、多分。
「私はこれでも、あんたに近付こうと思ってすっごい頑張ってきたんだよ?! ゴールドにもなったし、それなのに、それなのに! 」
アンの本音が駄々洩れである。これほど酒に弱いとは、いやそんな事を言ってはいけない。
「アン、水入れを返すんだ」
無理矢理、水入れを取り返してみたものの、半分は飲まれているようで。これはまずい。
「もーう、いいけれど! 抱っこして! 」
「お前、いい加減に? 」
さすがにこれ以上はやばいと思い、水でもかけようか飲ませようか、それとも気絶でもさせるか? いろいろ考えているうちに静かになりました。
「……寝たか」
アン・ラスティが正体もなく泥酔している。バンドーにできる事は、取りあえずアンを抱え上げて土オコジョの毛皮を引くことくらい。
「抱っこ…… 」
明日、大丈夫かこいつ? 一抹の不安が頭をよぎるものの、今はもう寝るしかない。
「……アン、ありがとな」
そう言うなり、バンドーも毛皮を敷いて、眠りにつくのであった。