(4)
ディーノがおかしい。やたら引っ付いてくるし顔を寄せてくる。必要以上にキスしようとするし、平気な顔で可愛いだの綺麗だの世辞を口にする。
からかって遊ばれているのかと思ったが、その瞳は至極真面目な色。
ずっと雰囲気に圧されてしまって、最初の相手をお願いしたいと伝えることもできない。
「疲れた・・・」
ぐったりしながら長い長い廊下を歩いていると、曲がり角から現れた人物に目を丸くする。
黒髪眼鏡、若干目つきの悪い男。そしてその隣にいる赤毛の女性。やさぐれ勇者のヒースと連れのリンファだ。
なんで魔王を倒す気のない勇者が魔王城にいるんだろう。心変わりして今から魔王を倒す、っていう意気込みは全く見当たらない。
「2人とも久しぶりだね。こんなところで何してんの?」
「あ?誰だお前」
酷い。そして相変わらず柄が悪い。ほんと、黙っていれば知的な美青年なのにもったいないなあ。
酒を飲んでいない素面のリンファさんはうふふと上品に笑ってヒースの肩に手を乗せる。
「ほら、宿屋で会ったじゃないの。魔王を殺してくれって言ってた。ずいぶん髪が伸びてるけど」
「ああ、自称魔王の相棒か」
自称って・・・。まだヒースは信じてくれてなかったらしい。
「勇者様が魔王城に何の用?」
「面倒だがただの仕事だ。書簡を届けに来たんだが・・・迷った」
まさかのお使い。もう勇者がなんなのかよくわからなくなってきた。まあいいけどさ。
「暇だから案内してあげる。
お城に届け物ってことはディーノ個人に渡すの?」
「いや、政治的なものなんだが」
「それじゃあお城じゃなくて議会所の方じゃない?」
「何!?城の中に政府があるんじゃないのかよ」
「ないよー。別の建物。しかも割と遠い」
馬車に乗っても30分以上かかる。お城はあくまでディーノ個人のお家だから、政治家さんたちの出入りはほとんどない。
陳情に来る人たちはそんなこと知らないからお城に来るんだけどね。
「まあ、クリスさんに預けておけば間違いないと思うけど」
こっちだよ、とクリスさんの部屋に向かって歩き出すとヒースたちもしぶしぶ後をついてくる。どこも変わり映えしない廊下を迷わず歩けるようになったのは最近のこと。初めて訪れるヒースたちが迷うのも無理ない。
「クリスさん、入るよ」
部屋の扉が半開きだったので、返事が戻ってくる前に中へ入る。あ、と小さく声が漏れたのは、クリスさん以外にディーノも堂々と一番大きなソファを占領して座っていたからだ。
しかもいつもの簡素な兵士服ではなく、パリッとしたシャツに上品な生地のパンツを着ており、一瞬別人かと思ったくらいに雰囲気が違った。ずいぶん大人っぽく見える。
ディーノは私に続いて入って来たヒースらに目を丸くした。
「あれ、ヒースじゃん」
「げっ!お前マジで魔王だったのかよ」
気持ちは分かるけど私が城に居た時点で信じてあげてもよかったんじゃないかな、ヒース。リンファもあらあらと口元を手で隠して驚いている。
まあまあ座りなよとディーノに進められて、2人は目を合わせた後促された通りにソファへ座った。無事送り届けたのでお役御免とこのまま去ろうとしたが、いつの間にか目の前に来ていたディーノがしっかりと私の手首を捕まえる。
「イヴもおいで」
「・・・うん」
きらきらと有無を言わさないオーラで迫られ、思わず頷いてしまい後悔する私。こんな面倒そうな面子と一緒にいるなんて本当は嫌なんだけど。
おいでおいでと手を引っ張られされるがままにディーノと隣り合わせで座る。・・・近い。それに腰にしっかり腕を回されて身動きが取れない。
クリスさんはすぐにお茶を淹れてくれて、私とヒースとリンファの3人分のカップをテーブルへ並べた。彼自身はソファに座ることなく、少し離れた仕事用のデスクに戻っていく。客の対応はディーノに任せるらしい。
「で?勇者がどうしてここに?」
「お使いだ。書簡を届けにきた」
尊大に足を組んで座っている様はどっちが魔王だかわからないほど。おらよと懐から取り出した手紙をディーノに差し出す様子も、まるで目下の部下に対する態度だ。
もちろんそのようなことを気にする性格ではないディーノは、なんだろうかと不思議そうな顔をして手紙を受け取る。開かれた紙を隣から覗き込んだが、この国の文字ではなくて全く読めなかった。
「ああ、確かに受け取ったよ。お疲れ様」
ゆっくりしてってよ、と笑顔で言うディーノだけどすでにヒースは寛ぎモード。
「お前が魔王とはな。大丈夫かこの国」
私もヒースと同意見だけれど、何故か他人にそう言われるとムカッとしてしまう。ディーノは気にしないだろうから口にはしないけど。
「大丈夫ですよ。私が魔王代理として執務に努めておりますから」
返答をしたのはクリスさん。そうか彼は魔王代理という立場だったのか。いつも忙しそうだったので納得。
「仕事を他人に押し付けるたあいいご身分だな」
「勇者なのになにもしてないヒースに言われたくない・・・」
おっと、心の声が漏れた。
「あははっ」
貶されているのにディーノは楽しそうだ。アンタ本当に図太いよね、前から思ってたけどさ。
クリスさんはごほんと小さく咳払いをして口を開く。
「陛下は執務には向かない方ですので。魔王という立場にあってくだされば問題はありません。
それに陛下は今いろいろと別件で忙しいので」
そしてチラっと私の方を見た。一気に皆の視線がこっちへ向けられて戸惑う。
私がいったい何をしたというんだろう。顔に何かついているのかと思ったがそうでもないらしい。
「そう言えば解決したの?魔王を殺すってお話」
なんとなく気まずいところに、そう口火を切ってくれたのはリンファ。お酒を飲んでなければ綺麗で上品で優しい雰囲気がまるで女神のような人だ。
「魔王を殺さなければ死ぬって呪われてるけど、他の方法で解決しそうなの。騒がせてごめんね」
「呪い?」
「うん、ヴェルデンモーテの・・・」
その名を口にした途端ヒースの眉間に大きな皺ができる。
「まさかまだ生きてんのか」
「そうみたいなんだ。今回ヒースが持ってきた書簡もそれに関することだよ」
ディーノはいつもよりトーンの低い声。
ヴェルデンモーテの吸血族は人間という人間を襲っていた恐ろしい吸血鬼の一族。穏やかな話ではない。
「呪いって、あのヴェルデンモーテの呪いなのよね?」
見せてとリンファさんに言われて、袖を肩まで捲りあげて三日月の痣を晒す。久しぶりにじっくりと見たけれど、相変わらずその痣に変化はなかった。
沈黙が気まずいので自分から話すことにする。
「大人になる前にって制約付きだから、大人にならない方法をとることにしたの。結局吸血鬼になることになったんだけど、今は髪が伸びるまで待ってる状況」
「吸血鬼!?止めなさいよそんなもの!」
突然リンファが大きな声を出して身を前に乗り出したけれど、ヒースのやめろという一言で彼女は続きの言葉を呑み込んだ。
「どういう選択をしようがこいつの自由だろ」
「でも吸血鬼だなんて・・・」
「大丈夫だよ、リンファ。死ぬよりマシだもん。
それに悪いことばかりじゃないから。明日の食料に困ることもないし、飢死することもないし」
「そうでしょうけど・・・、なるのもなった後も辛いわよ?」
リンファの言いたいことはすごくよくわかる。私も相当悩んだ。
けれども、今の穏やかな生活が続くなら吸血鬼になるのも悪くない。
「いいの。血に対する欲求は我慢できないほどのものじゃないし、太陽の光を浴びなくたって生活はできるでしょ。
後は血を吸われたときに発情するって問題だけど、記憶が残らないなら大丈夫かなって。
裸で吊るされるのは勇気がいるけど・・・」
ぶふぉっと隣からすごい音がして振り向けば、カップを片手にディーノが激しく噎せている。目の前に居るヒースとリンファの表情は氷ついていた。
え?私何か変なこと言った?
「ゲホッ!ゲホッ、な、ゴホッ、は・・・裸で、吊るされるっ、て何!?」
「え?違うの?」
「「「違う」」」
3人に即答されてしまった。ヒースはディーノをぎろりと睨む。
「お前、なんも教えてないのか」
「いや、今から少しづつと思ってたんだけど・・・」
ディーノは手で口元を覆ったまま耳を赤くして俯いていた。
どうしてディーノが恥ずかしがってるの、関係ないじゃん。私まで赤面が映ってしまいそう。
「お前ら恋人なんだろ。さっさと済ませろよ」
「恋人?私とディーノが?ないないない、あり得ないよ」
ブハッと離れた場所から吹き出した音が聞こえてきて驚いた。ごほんごほんと咳をして誤魔化していたけど今のは絶対にクリスさんだ。
あのクリスさんが笑うなんて超レアなんじゃないの。興奮してディーノを見てみれば、彼は黒い影を背負い膝を抱えて小さくなっていた。
「どうしたの、ディーノ。今クリスさん笑ったよね?絶対に笑ってたよね?」
喜んでくれるかと思ったのに更に激しく落ち込んでしまった。
「お前・・・」
ヒースが私を見て眉間の皺を2割増しにする。
「何」
「それ天然か?」
天然?鉱石のこと?別に今私はなにも身に着けてないんだけど。
「そんな高価なもの持ってないよ。持ってたらとっくに売ってる」
ヒースは眉間を手で押さえてるし、リンファは額に手を当ててため息を吐く。やっぱり私は何かまずいこと言ったんだろうか。
しーんと静まり返った部屋は居心地が悪い。
助けを求めてディーノの服の裾を掴めば、彼は私を見ていつものように優しくほほ笑んでくれた。その笑顔に安心して詰めていた息を吐き出す。
「やっぱりお前らただのバカップルだろ」
「え?」
だから違うってさっき言ったじゃんか。





