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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
3話・城での生活
13/28

(3)

 陳情の報告を纏めながら重いため息を吐く。ため息の原因はただひとつ、吸血鬼になる時の件だ。

 しょーぐんには男娼にお願いすると言ったが、怖いし初めてだしわからないことだらけで不安で、知らない男に身体を任せたくはない。

 その時は、もしできるならば、ディーノに傍に居てほしい・・・と思っている。何故彼なのかよくわからないけれど、そう思ってしまうんだから仕方がない。

 ディーノがいいと自分が思っていることに気づいてからは、この通りため息の連続だった。

 このことを伝えるべきなのか否か、ずっと決心がつかない。ただでさえディーノには死ぬことを強要したり体液を要求したり、かなり酷い扱いをしてしまっている。なのにこれ以上のことを彼に望んでしまっていいのだろうか。いい加減にそろそろ罰が当たりそうで怖い。

 コンコンとノック音が響いたので、手にしていた書類を置いて立ち上がる。

「はーい、報告書ならもう出来て―――」

 クリスさんのお使いかと思ったが、扉を開けると背の高い金髪頭が現れた。今の今まで彼のことを考えていただけに、なんだか妙に気まずい。

「え、えっと、何の用?」

 髪を梳かす時間ではないしキスが必要な時間でもない。

 ディーノはへらっといつもより控えめに笑って、いきなり私の額にちゅっと口づけた。

「入ってもいい?」

「いいけど・・・」

 なんだか様子がいつもと違う気がする。どことは具体的に言えないけれど、彼の纏っている柔らかな雰囲気が少し緊張しているような。

 ディーノは部屋に入るなりソファに座り、自分の隣をポンポンと叩いて私にそこへ座るよう要求する。座る場所はたくさんあるのに何で狭いディーノの隣なの。

「おいで」

「・・・うん」

 まあいいか、と座ってみれば予想以上に密着していて戸惑う。だけどわざわざ座りなおすのはわざとらしい気がしたので、小さくため息を吐いてディーノを見上げた。

「どうしたの?」

「イヴに会いたいから来たんだ」

「・・・へえ」

 まあストーカーだからねえ、なんて思っていると、腰に腕が回って身体が硬直する。しかも横腹辺りを撫でながら耳に口づけて来たものだから、何事かと内心パニック状態だ。

 激しいスキンシップは今に始まったことじゃないけれど、やっぱり今日はいつもと違う。

 混乱している間にも耳の中に舌が入り込んできて、吃驚した私は思いっきり身体をビクつかせた。

「ディ、ディーノ?」

「ん?」

 何かあったのかと尋ねたかったのに、青い瞳が真っ直ぐに私を見つめていたので言葉を呑み込んでしまう。訳も分からず見つめ返していると、ふっとディーノの表情から笑顔が消えた。

 こんな真剣な表情のディーノを見たのは本当に久しぶりだ。いっつもへらへら笑っているから、偶にこういう顔をされると別人みたいで緊張してしまう。

「イヴ」

 甘えるような、懇願するような、苦しいような、そんな声色。

 胸が締め付けられるような感情が込み上げてきて、ドキドキと大きな音を鳴らす心臓はさらに加速する。

「な、なに」

 両手をぎゅっと握られて焦った。いったいどうしちゃったんだろう。今までだって意味不明な言動は多かったけれど、今日のは輪にかけて理解できない。

「イヴ、聞いてほしいことがあるんだ」

 こんな顔をしてたら真剣な話だってことは分かる。

「・・・それって、いい話?悪い話?」

 心の準備をするためにそう尋ねると、意外だったのかディーノは少し考え込んだ。

「そうだな、いいか悪いかはイヴ次第だな」

 なんなのそれ。ますます聞くのが怖くなってきてしまった。

 私はどっちつかずってのが本当に苦手。宙ぶらりんにされるような感覚がひどく落ち着かない。いっそのこと悪い話だとバッサリ言ってくれた方がまだマシだ。

「それって呪い関連?命に関わる?」

「いや」

 ならば知らぬが仏。いっそのこと何も知らない方が心の平和は保たれるだろう。

「じゃあ聞かないって選択肢は、アリ?」

「アリ、だけど・・・」

 驚いたような表情の後、笑顔ながらに困った様子のディーノ。苦笑を零しながら彼は続けた。

「聞いてくれないのか?」

「だって、なんか今日のディーノ怖いから・・・」

「うーん、本能的に察知してんのかなあ」

 ディーノはぶつぶつと意味不明な言葉をつぶやく。何?と尋ねてもなんでもないと返されてしまった。

 そしてまたへらっとしたいつもの笑顔に戻る。そうそう、それそれ、ディーノはやっぱりこうでないと。

そう思ったのは一瞬だけで、やっぱり違和感は綺麗に拭えなかった。いつもと同じ笑顔なのに、何かがいつもと違う。

 何がいつもと違うんだろうか。まるで間違い探しのようにディーノを凝視して観察すると、彼はクスリと喉を鳴らして笑った。

「いいよ、聞かなくて。だけど俺は容赦してやらないよ」

「何の話?むぐっ」

 いきなり唇を食まれて身体を後ろに逸らす。しかし一緒にディーノも身を乗り出してきて、私は彼の腕に支えられたまま斜めの体勢でキスを受けている。

 いつもしている行為のはずなのにいつもとは違った。少しディーノが怖いと思うくらい積極的で、迷いが一切なく強い意志を感じる。

 恐る恐る目を開けると、青い瞳が濃さを増して私を見つめていた。ドクン、と大きく心臓が鳴る。

「やっ・・・」

「ん、イヴ可愛い」

 まるで茹蛸のようになっているだろう私を見て目を細める。またその表情が甘くて溶けてしまいそうなほど柔らかくて、いろいろなものがオーバーヒートした私の身体はプルプルと震え始めた。

「ヤダ、今日のディーノヤダ」

「嫌い?」

「え!?」

「今日の俺は嫌い?」

 好きとか嫌いとかそういう問題じゃない、と思う。だってディーノがいつもと違うんだから、それに私がついていけないだけだ。

 普段はもっと子供っぽくって無邪気で底抜けに明るい、まるで太陽みたいな人。光が陰ったわけじゃないけれど、今のディーノはまた別の眩しさがある。

「嫌いじゃないけど・・・」

 困る。その一言に尽きる。

 そう私が言うと、彼はぷっと小さく吹きだして笑った。

「うん、困ると思ったよ」

「わざとやってるの!?」

「うん。だってもっとよく俺を見てほしいんだ」

「見てるじゃん」

「もっと、だよ」

 頬に手を添えて真っ直ぐに見つめられる。少しだけ顔が離れてほっとしたけれど、まだ心臓が落ち着く気配はない。

「髪、また伸びたな」

 そう言われて視線を下に向けると、胸元までしっかりと伸びた毛先が目に入った。もうすぐ吸血鬼になること思い出してぎゅっと拳を握る。

「・・・うん。いつも手入れ手伝ってくれてありがとう」

「いいんだ、俺が好きでやってることだから」

 頬に添えられていた手がすっと毛先の束を掴み、ゆっくりと親指で感触を確かめるかのようになぞられた。

「ずっと触っていたい。それが許されるなら髪でもなんでも構わない」

「・・・ああ、変態だもんね」

「イヴだけ」

 きっぱりと言い切ったディーノ。変態だという言葉は否定されなかったけれど、私の言葉に被さるくらい間髪入れずに即答された。

「触りたいのは、イヴだけ」

「なっ・・・!」

 混乱していた頭にさらに混乱の種を与えられて絶句した。

 もうダメだ。何も考えられない。こういうときは逃げるに限る。逃げたものが勝ち。

「もう知らないっ!」

 ディーノの所為だ!馬鹿!!







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