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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
3話・城での生活
12/28

(2)

 その後なかなかベッドから出ようとしないディーノを無理やり引きずって部屋を出た。今日も仕事は特に無さそうなので、書庫で本を読んだり庭を散策して過ごすつもりだ。

「いい加減にしゃきっとしなよ」

 まだいつもの調子を取り戻さないディーノ。あまり顔を合わせてくれずぼーっとしていることが多い。仕事もしないでふらふらと私の後をついてくるものだから、思わず背中を叩いて注意した。

「え、あ、うん。大丈夫」

 何が大丈夫なのか理解はできないが、言っても無駄なようなので無視をする。

 書庫に入り借りていた本を返すと、新しい本を探すために本棚の間をうろうろと歩き回った。前回借りた歴史書は少し難しかったので、今度はもっと気軽な歌集なんかがいい。できれば吟遊詩人の歌のように物語のある話。

 この辺りかと検討をつけて探していると、本棚の陰から白い尻尾のようなものが現れた。ふさふさなそれは左右に揺れていて触りたい欲望に駆られる。

 ぽけっと本棚を見ていたディーノもようやく尻尾に気づいたようで、青い目を大きくして口を開く。

「あれ、しょーぐん」

「ん?ああ、ディーノか」

 ひょっこりと顔を出したのは三角の耳を生やした狼男だった。毛深い四肢と鋭い犬歯。狼人間は人里を離れて群れで暮らしているため、こんなに間近で見るのは初めて。

 メイドから下働きまでほとんどが魔の者なので城に人間がいるのは珍しい。だからなのか彼は私を見るなり眉をしかめ、頭からつま先まで舐めるように見回した。

「やはり人間か」

 不審そうな視線を向けられてドキドキする。尻尾も耳も愛らしいがやはり狼、その雰囲気は捕食者のものだ。

「しょーぐん、彼女はイヴ。

イヴ、この人はこの国の将軍だよ。俺がこの城に来るよりずっと前から国に仕えてるんだ」

「ああ、ディーノが女連れて帰って来たって噂になってた奴か」

「可愛いだろう?」

「俺が独り身だからって見せつけやがって」

 しょーぐんはそう言いうとケッと唾を吐き出し、座った目でディーノを睨みつけた。

 しかしディーノはへらっとした笑顔で全く動じていない。その様子がしょーぐんの神経を逆撫でしたらしく、眉間に大きな皺を作り額に青筋が浮かんだ。瞳孔が開いていてすっごく怖い。

 彼はイラついた表情のまま片側の口角だけ吊り上げて笑う。

「はん、人間はどうせ寿命が短いんだ。長くは続かねえさ」

 言っている意味はよくわからなかったが、なんとなく馬鹿にされているんだろうなということは理解できた。

 ムッとしたので反射的に言い返す。

「もうすぐ吸血鬼になる予定だから寿命は関係ないでしょ」

 驚いて目を見開くしょーぐん。

「何!?お前、チャレンジャーだな」

 チャレンジャーか、確かに。なにせ血を吸われたときに発情するんだから、よっぽどの決意と勇気がなければやろうとは思えないだろう。

「うん、でもまあ仕方ないよね。前にクリスさんが男娼用意してくれるって言ってたし、一回きりで記憶もないらしいからなんとかなるかなって」

 私がそう言った途端、ディーノはぎょっとして私を振り向く。そして何かを一生懸命言おうとしてるけど言葉が出てこないらしく、絶句して一心不乱に自分を指さしていた。

 え、なに?

「なんでディーノじゃなくて男娼なんだよ」

「なんでって・・・、さすがにボランティアでそこまでさせるわけにはいかないでしょ。それにディーノは変態だから何かされそうで嫌だ」

 そう言ったら今度は人差し指を自分に向けたまま完全に固まって動かなくなってしまったディーノ。

 しょーぐんが一歩前へ出てディーノの肩にぽんっと手を置く。

「朝まで飲み明かそうぜ。語り合おう」

 ディーノを見るしょーぐんの眼差しはとても優しかった。

 ほんとにいったい何なんですか、アンタたち。

 全く話についていけないと心の中で毒づきながら、消沈しきっているディーノを無視して本探しを再開する。背表紙にイラストがついた可愛い本があったので手を伸ばしたが届かず、代わりにしょーぐんがひょいっと取ってくれた。ありがとう。

「吸血鬼関連じゃなくていいのかよ」

「決心が鈍りそうだからやめとく」

「・・・そうだな」

 やめといた方がいい、そう言い放ったしょーぐんの声はとても低かった。ちょっとだけ理由を聞きたくなってしまったけど、それでは吸血鬼の本を読まないようにしていた意味がないので耐える。

「しょーぐんって狼人間なんでしょ」

「ああ、まあそうだけど」

「満月になると豹変するってホント?」

「半分ホントで半分デマだな。満月くらいで我を失うのは低級の奴らだ。

俺みたいな知能が人間寄りの種族は少し血が騒ぐぐらいで影響はほとんどないぜ」

 へー、吟遊詩人の歌と少し違う。やっぱりイメージや噂って当てにならないや。

 感心していると、突然後ろからガバッと抱き着かれた。視界の端にある金髪は間違いなくディーノのものだ。

「イヴ、俺変態止めるから。・・・ね?」

「変態止めるって何」

 ね?って言われても意味がわからない。

 しょーぐんは大きな口を開けて大笑いをしながら私の二の腕あたりをバシバシと叩く。結構痛い。

「あまり虐めないでやってくれや」

「虐めた覚えないんだけど」

 呟くように言った反論はあっさりと流されて、しょーぐんは手を振りながら去って行った。表情がコロコロ変わって面白い人だったな。

「イヴー」

「重い、重いってば」

 さて、どうしようかこの人。











 いつもならば活動を始めている朝日が昇ってすぐの時間。なかなかイヴが現れないので部屋まで様子を見に行ってみれば、ベッドですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てているイヴの姿があった。

 吸い寄せられるように彼女の上に乗って、キスを繰り返す。

 こんなに受け入れてくれたのは初めてだ。初めは緊張してガチガチに固まっていたし、自分から積極的に舌を絡めてくることもなかった。イヴがキスの間に抱きしめてくれた時は本当に夢のような気分だった。

 感動のあまり今にも足が飛んだり跳ねたりしそうだった俺は、枕に顔を埋めて誤魔化す。できるだけ頭を空にしてイヴの顔を見ないように努め、できるだけ朝の出来事を考えないようにした。

 それでも思考が単純な俺は想像を巡らせてしまう。

 もしかしたら俺の気持ちに気づいてくれたんじゃないか。もしかしたら俺のことを好きになってくれたんじゃないか。もしかしたら身体を許してくれるんじゃないか。そんな期待ばかりで膨らんでいく思考。

 ところが、天国でふよふよと浮かんでいた俺は、しょーぐんとイヴの会話で一気に地獄の底まで叩き落とされた。

『ディーノは変態だから何かされそうで嫌だ』

 ・・・なんて信用無いんだ、俺。

 しかし文句は言えない。最初から彼女に対して紳士的ではない行動をしていたのは俺だ。

 それでも自分を選んでくれるのではと勝手に期待していた。

 笑うことが多くなった。会話が増えて、笑顔が増えて、自然と触れ合うことが多くなって、多少心を許してくれているのは間違いないだろう。彼女の俺に対する認識がそこらへんの石から友人に昇格したのは目に見えてわかった。

 だからそういう対象として見られていなかったという事実が、余計に堪える。

「なあ、クリス。少しは進展しているように見えるか?」

 ソファに寝転がって尋ねると、忙しなくペンを動かしているクリスはこちらを見ようともせずに答えた。

「そんな顔で居られても邪魔なので出て行ってください」

 冷たっ。

「だって、最初の相手に選ばれたい・・・」

 焦るつもりは全くなかったけれど、日に日にイヴの髪は伸びている。彼女が吸血鬼になるのもそう遠い話じゃない。そしてその時に相手をするのは誰か。俺にとってすごく深刻な問題だ。

「素直に立候補すればよいのでは?以前のように」

「それは余計変態扱いされそうで・・・」

「今更ですね」

 まったくその通りで耳が痛い。

 体液を摂取する必要があったときは欲望のままに挙手してしまった。あの時はお互いに考える時間がなかったし、立候補したことについては全く後悔していない。おかげでキスできるようになり、一緒に居られる時間が格段に増えた。

 初めてキスした時は感激のあまりじっとしていられなくて、無駄に街中をうろうろと徘徊した記憶がある。不審者に間違われたのも今ではいい思い出だ。

「そもそも彼女に性行為というものの知識があるんですか?」

「う、うーん、どうだろう」

 彼女の両親は幼いころに亡くなったと聞いている。それでは男女の仲がどのように発展するのか知識が無くてもおかしくない。

 キスはもちろん知っていたけれど、その先を知っているかどうか・・・。

「そろそろ潮時、かな」

 きちんとそういった知識を教えるためには、手順を踏まなければならない。だからまず最初に自分の気持ちを彼女に伝えるべきだろう。人との関わりを学んだ今のイヴにならば、愛情というものを理解できるはずだからだ。

「混乱するでしょうね」

 クリスは無感情にそうぽつりと漏らす。

 そう、今まではあくまで優しくて親切な人として彼女に接してきた。それが突然異性として迫られるのだから、クリスの言う通り混乱するのが目に見えている。

 だけどそれも悪くない。赤くなって戸惑っているイヴなんて、最高に可愛いじゃないか。

 気丈で強がりで頑固で誰にも心を開かない女性が、唯一自分だけには女としての顔を見せてくれる。そんな男にとって美味しいシチュエーションを、みすみす他の男に渡す気は毛頭ない。

 これは本当に最初の相手として立候補することになりそうだ。

「相手にされることを祈ります」

「・・・・祈ってて」

 出会ったころはまだあどけなかった女の子が、いつの間にか命を捧げても守りたい女性へと変わっていた。たった数年だけれどもその歳月は俺の人生の中でもっとも穏やかで幸せな時間だった。そしてイヴも同じくそう思ってくれていたら嬉しい。

 相手の心に踏み込むのは勇気のいること。だけど今の俺には不思議と不安よりも高揚感でいっぱいだ。なによりもやっと、やっとのことでこの想いを口にすることができるのだから。

「好きだよ、イヴ」

「私を練習台にするのはやめていただけますか」

 心底気色悪いので、とスッパリ拒否して俺の手を振り払う。その上、ああ嫌なものを見たという顔。

 冗談なのに、ちょっと酷いよクリス。








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