プロローグ 「本を愛した少年の話」
重厚な戦記モノをイメージして書き始めました!ぜひお読みください!
後世の歴史家たちは、アルス・ベルンという人物について、こんな証言を残している。
「彼は常に、戦の前夜に本を読んでいた」
それは比喩ではない。数万の兵が息を潜め、夜露に濡れた野営地が静寂に包まれる夜、幕僚たちが緊張と疲労で眠れずにいる夜、帝国全軍の総指揮官となったアルス・ベルン将軍は、天幕の中でランプを灯し、黙々と本のページをめくっていた。
「将軍閣下は、恐怖というものをご存知なのでしょうか」と若い副官が囁いたという。
その言葉を耳にしたエリアス・ハインは、苦笑してこう答えたと伝わっている。
「恐怖を知らないのではない。恐怖を知りすぎているのだよ、あの男は。だからこそ本を読む。自分より賢い死者たちの声を聞くために」
帝暦三百七十二年。
帝国とレギオン聖王国の間で締結されていた不戦条約が、一枚の宣戦布告状によって灰燼に帰した年。百年に一度とも呼ばれる大戦の火蓋が切られたその年に、一人の少年が辺境の村を後にした。
名をアルス・ベルン。十八歳。
持ち物は、粗末な布袋に詰めた着替えと、村の老司祭から譲り受けた三冊の古びた本だけだった。
その三冊が、後に大陸の歴史を塗り替えることを、このとき誰も知らない。
アルス自身でさえも。
これは、本を愛した一人の少年が、知略と仲間との絆だけを頼りに、腐敗した帝国の頂点へと駆け上がった話である。
英雄の物語ではない、と本人は言うだろう。
ただ、考え続けた人間の話だ、と。
次回もお楽しみに!




