統一戦線とナチスの急激な勢力増加
どうも、しろぐです。
今回は前回の軍歌に出てきた【統一戦線】+【ナチス党がなぜ勢力を増やしたのか】についてお話します。
── ドイツ(ワイマール共和国)──
まず今回の舞台は第二次世界大戦が始まる前のドイツです。
1930年初頭、世界恐慌に大混乱していたドイツ(ワイマール共和国)でナチスが急激に勢力を伸ばしていました。
ではなぜ、ナチスには勢力を伸ばせたのか。
それは【飢えと絶望】が最大の引き金です。
1929年に起きた世界恐慌により、ドイツ経済は完全に崩壊しました。
例えば……
・街に溢れる失業者
失業者は【600万人】を超え、国民は明日の生活すら見えない状況でした。
・既存政治への不信
当時のワイマール共和国の民主主義政権は、有効な経済対策を何一つ打てず、国民の信頼を完全に失っていました。
そこへナチスが「パンと仕事を!」というシンプルなスローガンを掲げたため、労働者や中産階級の人々が「この地獄を終わらせてくれるのならばナチスでもいい」と飛びついたのです。
そしてある人物があることをした事も大きかったのです。
その人物とは【ゲッベルスとヒトラー】です。
ヒトラーとゲッベルスは、国民の怒りや不安の矛先をそらす天才でした。
「ドイツが苦しい原因は、第一次世界大戦のヴェルサイユ条約のせいだ!」
「経済を裏で牛耳っているユダヤ人と共産主義者のせいで国は崩壊した!」
……などなど明確な共通の敵を作り出すことで、バラバラだった国民の不満をナチスへの支持という一つのエネルギーに変えてしまいました。
── 反ファシズム統一戦線 ──
そしてこの状況にナチスに対抗できる巨大な勢力が2つありました。
それは【ドイツ社会民主党】と【ドイツ共産党】です。
この2つの勢力が手を組み、統一戦線を作れば、数的にも十分にナチスを阻止できました。
しかしある理由でこの2つはそう簡単に手を組める状況ではなかった。
── 2つの勢力、2つの理由 ──
当時、ソ連の指導下だったドイツ共産党は、穏健派の社会民主党をナチス以上に悪質と激しく批判していました。
そして社会民主党も過激なドイツ共産党に強い警戒をしていました。
その結果、お互いの足を引っ張り合っている間に、1933年1月にヒトラーが首相に指名され、ナチス政権が誕生してしまいました。
── ナチス政権後 ──
ナチスが政権を取ると、事態は一変します。
ヒトラーは即座に共産党や社会民主党を【合法的】に弾圧・解党し、党員達を強制収容所に送り込みました。
ここで生き残った者たちは「ヒトラーに対して対抗するのならば、思想という壁を超えて一丸となるしかない」と血の教訓を得ることになります。
ここから【統一戦線】の動きが地下組織や亡命政府の間で猛烈に活発化します。
── 共同闘争 ──
ドイツ国内では公に活動できなかったため、パリやプラハなどに亡命していきました。
そして知識人たちが集まり、ドイツに密かにビラを送るなど、共同戦線を張る動きが生まれました。
── 人民戦線 ──
コミンテルン第7回大会にて、彼等は180度方針を変えました。
これまでの「身内以外は全員敵」というスタンスを捨て、「ファシズムを倒すためなら、自由主義者や宗教家でも、誰とでも手を組んで、『統一戦線』を作ろうではないか』と世界中に司令を出したのです。
── 統一戦線の歌 ──
そして一つ有名な曲があります。
それは【統一戦線の歌】です。
これらの曲はプロパガンダ楽曲として生まれ、労働者達の連携、連帯を熱狂的に鼓舞しました。
── その後 ──
各国勢力は裏切りや団結などを繰り返し、最終的にはナチス・ドイツを滅亡へと追い込ませました。
しかし、現実は残酷でした。
ナチスという共通の敵を倒した瞬間、資本主義と共産主義は翌日から銃口を向け合う【冷戦】へ突入してしまったのです。
『敵の敵は味方』として組んだ同名は、敵がいなくなった瞬間に消え去るという、国際政治の冷徹な現実がありました。
今回は真面目に話しましたが、もっと調べると面白いエピーソードも出てきます。
最後に共産主義者たちの名言を乗せておきます。
「哲学者たちは世界を様々に解釈してきただけだ。大切なのは、世界を変革することである」
──カール・マルクス
「信頼することは良いことだ。だが、統制をすることはもっと良いことだ」
──ウラジーミル・レーニン




