262:特製バニラアイス
「ふぅ。これでようやく吾輩としては満足がいくものが出来上がったであるな」
アンダー層で襲撃を受けた翌日。
ザクロックさんの手によって、婚活舞踏会に持ち込む特製バニラアイスの試作品が完成した。
「ありがとうございます。ザクロックさん」
「礼を言うのはまだ早いであるよ、ヴィリジアニラ殿。料理である以上、評価は食べてみてからである」
いやぁ、うん、此処までの道程は中々に大変だった。
試作品を幾つも作って、食べる事になるのは当然の事として。
ザクロックさんが何処からか……恐らくはミゼオン博士から、俺がヒラトラツグミ星系へなら転移によって短時間で行き来できることを聞きつけたらしく、モーモーダックの乳卵の買い出しを頼まれたのだ。
そして、モーモーダックの乳卵はザクロックさん的に大当たりだったらしく、向こうの養鶏場に大変な迷惑をかけることになった。
相応の物は出してきたが……それでも本当にご迷惑をおかけしましたとしか言いようがない案件だった……。
他にもミントの栽培が間に合わないからと加速させたら、危うく温室がミントで溢れかえりそうになっただとか。
ヴィリジアニラに塩対応されたらしい皇帝陛下からのメッセージが俺の情報端末に雪崩込んできたとか。
牛乳と卵の飛び込み営業をかけて来た男爵とザクロックさんがもめかけたりだとか……あ、この案件はザクロックさんの言葉足らずが原因だったので、円満解決したな。
ザクロックさんがエーテルスペース産の他の植物も使ってみたいと言って、ヘーキョモーリュをメインとした肉料理向けのソースが作られたとか。
まあ、色々とあって……本当に大変だった。
「ふふふ、そうですね。では早速、みんなでいただいてみましょう」
「やったーっす!」
「分かった」
「では、準備をさせていただきます」
と、俺が試作中にあったアレコレを遠い目になりつつ思い出している間に、準備が整ったようだ。
俺の目の前にあるのは、透明な器に盛られている、エーテルスペース産ミントが乗せられたバニラアイス。
乳白色の球体に緑色のミントの葉が一枚だけ乗っている姿は、見ただけで涼やかな気分になる。
「では、ご賞味あれである」
「「「いただきます」」」
俺はスプーンで少量のバニラアイスだけを掬う。
うん、もうこの時点でザクロックさんの腕前の高さが分かるな。
器を抑えていないのに、自然にスプーンが入って、掬う事が出来た。
適切な温度で出されている証拠だ。
「……」
そうして掬ったバニラアイスを口へと運ぶ。
舌の上に置かれたバニラアイスは直ぐに溶け始め、適度な冷たさ、ほのかな甘み、モーモーダックの乳卵の香り、それから……濃厚なバニラエッセンスの香りが口の中へと広がり、鼻腔へと伝わり、甘くて幸せな気持ちを届けてくれる。
うん、タダの一級品ではない。
ヴィリジアニラが回収したバニラビーンズから作られたバニラエッセンスを最大限に生かせるように調整をされた、最高レベルのバニラアイスだ。
「……」
二口目はミントの葉と一緒にアイスを口へと運ぶ。
すると味がガラリと変わった。
口の中へと含み、香り始めた瞬間は、先ほどの一口目よりもさらに濃厚で甘い、衝撃すらも感じるようなバニラアイスだった。
けれど、それから直ぐにミントの爽やかな香りが訪れて、濃厚な味を静かに押し流し、口の中をさっぱりとさせてくれて……次の一口へとスプーンを進めたくなる感じだ。
「これは……エーテルスペース産のミントを使ったからと言って、こんな風になるものなのか?」
「不思議な味ですね。でも、幾らでも食べられそうです」
「ジェットコースターみたいな感覚があるっすね」
驚くべき事は、この味を生み出すのに特別なmodは使われていないと言う点。
エーテルスペース産のミントは『バニラOS』産のミントとは異なる点があるので、その違いを利用すればこう言う事も出来るのかもしれないが……どうやれば、こんな事が出来るかは、俺には分からなかった。
「ザクロック様」
「何をしたのかについては後でレシピを送っておくである。完全再現は無理でも、概ねは問題ないはずである」
俺たちはスプーンを進めていく。
器にmodによる工夫がされているようで、食べている途中でバニラアイスが溶けるような事が無い。
だから、溶けて味が薄まるような事もなく、美味しく食べ続ける事が出来る。
そうして食べ進めていくと、器の底部、最後の一匙になるような部分に、緑色のソースが見えた。
匂いからしてエーテルスペース産のミントを基に作られたソースのようだ。
「……!?」
俺はソースを絡めつつ、最後の一匙を食べる。
それだけで、これまでの味の感想が危うく吹っ飛びそうな衝撃が襲い掛かって来た。
極めて濃厚で、思考が塗り潰されるような、なのに不快ではなくむしろ心地よい、甘い甘いバニラの香り……ああ、酩酊したように思考がふらつき回って、この世のものでは無いような気分になる。
それをミントの香りがゆっくりと解きほぐしていく。
後腐れは無いように。
けれど、幸せな気分はそのままに。
ゆっくりと現実が戻ってきて……背筋を伸ばして立たせてくれる。
「なんと言うか……凄い味だな……」
「私のこれまでの人生で食べた中で、一番美味しいバニラアイスでしたね……」
「ウチ、量販品に戻れるか心配になってきたっす。いや、大丈夫だとは思うっすけどね」
「満足していただけたようで何よりである」
ごちそうさまでした、と、全員で言ってから、感想を言い合う。
なるほどこれが最上位品……凄まじいなぁ……。
「これは追加報酬を支払うべきかもしれませんね……」
「ふふふ。その心配は不要である。今回は吾輩も色々と楽しませてもらったであるからな。もしも何か支払いたいと言うなら……安定かつ一般的な供給が可能になった後でいいであるから、エーテルスペース産の植物を今後も使わせてほしいである」
「そうですか。上手くいくかは分かりませんが、努力はさせていただきます」
「期待させてもらうである」
俺は笑顔のまま、ヴィリジアニラとザクロックさんのやり取りに頷いた。




