第142話「はじめさんいらっしゃい」
「ねぇねぇ、保健の先生」
「何、ポンちゃん?」
「あの人は目が見えないんですよね」
「うん」
「わたし、なにを見張ればいいんです?」
「おはようございま~す」
今日は朝から老人ホームに配達です。
朝食も終わってお茶の時間に間に合うように配達。
お茶を出しているのは村長さん。
わたしはドラ焼きを配って回るの。
うーん、なにか物足りない気がします。
村長さんがわたしの顔を見ながら、
「ポンちゃん、どうかしたの?」
「ちょっとですね~」
「ちょっと? 何?」
「なんだか物足りないかな~って」
「なにか?」
「はい、なんて言うか……」
物足りない……おじいちゃん・おばあちゃん達を見回します。
うーん、今日はしっぽモフモフしてくる人がいませんね。
「いつもモフモフの人がいません!」
そうです、いつも朝はこれで盛り上がるんです。
こっちはすごい嫌なんですけどね。
わたしが怒ると、またみんな盛り上がるんですよ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、まったくモウ。
村長さん笑いながら、
「ポンちゃん、本当はモフモフして欲しいんじゃないの?」
「村長さん、人の嫌がる事をしてはダメって学校で教えてませんか?」
「ポンちゃんタヌキだし」
「お・こ・り・ま・す・よっ!」
「ふふふ」
村長さんみんなを見回しながら、
「いつもしっぽを触って来る人には、今日は大人しくしておくように言ってあるわ」
「いつも言ってください」
「え、だって、みなさんポンちゃんのしっぽ、楽しみにしてるのよ」
「村長さんが言いますか、モウ!」
って、でも……
「でもでも、なんで今日は注意してくれてるんです?」
「うん?」
「今日、なにかあるんです?」
わたしの言葉に村長さんの視線が動くの。
視線の先……今日はこの「談話室」のテーブルの配置がちょっと違うんです。
一角だけスペース広めにとってあるの。
物足りないの……スペース空いているせいですね。
「今日は新しい人が入所するのよ」
「新人さんが来るんです?」
「そうよ」
って、保健の先生が一人のおじいちゃんと一緒に出てきました。
どことなく長老と似た雰囲気のおじいちゃんです。
杖を……フリフリ歩いて来るの。
保健の先生が空いているスペースで立ち止まると、
「はーい、みなさん、注目~!」
保健の先生、新人おじいちゃんの背中に手をやりながら、
「今日から入所の『はじめ』さんで~す、はい、拍手~」
パチパチパチ。
「じゃ、はじめさん、一言ひとこと」
保健の先生に言われて「はじめさん」は体をゆすって、
「よろしくおねがいします」
渋い声で一言……本当に一言ですね。
ペコリとお辞儀して……挨拶終了?
保健の先生もちょっと苦笑いで、
「はじめさんは目が見えないから、みなさんよろしくね」
へぇ、目が見えないんだ。
ふむ、この老人ホームでは初めてのタイプですね。
「村長さん村長さん、なんでわたしの腕をつかむんですか?」
「ちょっと、相談があるの!」
「むむ……」
「こっちよ、こっち」
医務室……なんだか嫌な予感がします。
医務室っていったら、保健の先生がいそう。
って思った通り、中で待ち構えていますよ。
「ちょ、村長さん、わたしをどうするつもりなんです?」
「どうもしないわよ」
「保健の先生がいます」
「長崎先生がどうかしたの?」
「嫌な予感がします」
「……」
って、わたしが言ったのが聞こえたのか、保健の先生「怒りマーク」が浮かんでますよ。
「ポンちゃん、私の事、どう思ってるのかしら?」
「だ、だって……嫌な予感しかしないし」
「ふーん」
って、コワイ笑みを浮かべてやって来ると、わたしの頭をグリグリするの。
「私の事、そんな風に思ってるんだ、そう、ふーん」
「だ、だって、いつもロクデナシ」
「ロクデナシとか言う!」
「ポワワ銃持ってるし」
って、保健の先生頭上に「!」を浮かべてると、颯爽とポワワ銃を抜きます。
「雉も鳴かねば撃たれぬものを……ってポンちゃんはタヌキか」
「ちょっ! ポワワ銃はやめてくださいっ!」
「一番弱くすると、程よくシビれて気持ちいいのよ」
「遠慮しますっ!」
って、保健の先生、席に戻ると冷蔵庫からパックのコーヒー牛乳を出しながら、
「ちょっとお願いがあるのよ」
「うう……人体実験じゃないですよね? タヌキの解剖じゃないですよね?」
「本当に撃つわよ、この豆タヌキがっ!」
「コワイ……」
わたし、パックのコーヒー牛乳を受け取ってクンクン。
どうも毒のニオイはしません。
わたしも丸イスに座ってチューチュー、コーヒー牛乳おいしいです。
村長さんは治療用のベットに腰をおろして、
「あ、ポンちゃん、飲んだわね」
「え?」
「そのコーヒー牛乳は特別仕様で100万円です」
「……」
村長さんも保健の先生も邪悪な笑みを浮かべています。
保健の先生もニヤニヤしながら、
「おうおう、ポンちゃんよー、どうやって払うんだよ、100万」
台詞棒読み……
嫌がらせ楽しんでますね~
「わたしになにをやらせたいんです?」
村長さんニコニコ……今は普通の笑顔です。
「今日、入所した『はじめさん』なのよ」
「?」
保健の先生が、
「さっきの挨拶でも言ったけど、はじめさんは目が見えないのよ」
「そんな事言ってましたね」
「ポンちゃんもわかってると思うけど、目の見えない人は今までいなかったのよ」
「ですよね、車椅子の人とかいますけど、目の見えない人はいませんでしたよね」
「で、今日はここで一緒に見守って欲しいのよ~」
「えー!」
「ミコちゃんには言ってあるから」
「もう根回し、済んでるんですね」
「今日だけでいいから、ね」
「もうミコちゃんに話が行ってるなら、しょうがないですね」
「まぁ、はじめさん、目が見えないだけで普通だから、そんなに手はかからないと思うわ」
はて?
目が見えないんですよね?
「ねぇねぇ、保健の先生」
「何、ポンちゃん?」
「あの人は目が見えないんですよね」
「うん」
「わたし、なにを見張ればいいんです?」
「だから、逃げないように見張るのよ」
「目、見えないんですよね」
って、保健の先生、マウスを動かして画面を見せてくれます。
「ほら、監視カメラなんだけど」
「保健室からでも見れるんですね」
「うん、ほら、いきなり体調不良になる人も……普通の老人ホームだと出るんだけどね、ここの老人ホームじゃ今までそんな人いないんだけど」
「で?」
「こう、クリックすると選んだ人を映してくれるんだけど」
「あ、さっきの……はじめさんでしたっけ」
目が見えないって事ですが、別に普通のおじいちゃんとかわりません。
あ、体を揺すって……立ちあがりましたよ。
すぐに職員さんが向かいますが……一人で杖をフリフリ行っちゃいます。
「ねぇねぇ、保健の先生~」
「何、ポンちゃん?」
「目が見えないのに、どうして歩く方向とかわかるんでしょ?」
「そりゃ、頭の中に地図があるのよ」
「へぇ」
「はじめさんは今日が初めてだけど、さっきからうろちょろして、もうフロアの地図は頭の中に出来てるみたい」
「そうなんだ、頭の中に地図! スゴ!」
「目が見えない人は、見えないなりに工夫してるのよ」
「むー! すごいー!」
保健の先生、マイクに話しかけます。
すぐにスピーカーから返事……さっきはじめさんに取りついた職員さんみたいです。
「はじめさん立っちゃったけど、どうしたの?」
『トイレって言ってましたけど』
「そう……用心しといて……ポンちゃんと行くから」
『おねがいしまーす』
わたしと保健の先生で現場に向かいますよ。
「あの、頭の中に地図が出来てて、とりあえずは動けるんですよね」
「ええ、そうね」
「だったら見守りの必要ないんじゃないです?」
「はじめさんが何でここに島流しになったかわかる?」
「?」
「酒癖が悪いのよ」
「う……酒乱なんです?」
「酒乱ではないけど……ともかくお酒が好きなの」
「それが悪いんです?」
「体によくないのもあるけど、お酒を買いに出歩くのよ」
ふむ……なるほど……でも……
「さっきの話からすると、お買い物に行くって事ですよね?」
「そうね」
「でも、頭の中に地図があるんですよね」
「そうね」
「なら、迷わずに買い物に行けるじゃないですか」
って、保健の先生苦笑いして、
「確かに地図が頭の中にあるから、酒屋さんまではいけるわね」
「なら、いいじゃないですか、酒乱で迷惑かけないなら」
「でもね、道路には車もいるし……暴走自転車もいるわけよ」
「一人で出歩くのは危ないと?」
「そんなわけで、はじめさんはここに島流しになったの」
なるほど……
「でも、一人でうろちょろする……と?」
「うん、そうね」
「でも……その……頭の中に地図があって大丈夫なんですよね」
「でも、今日入所したばっかでしょ」
「あ、まだ、地図が完成してないと」
「それもあるけど……」
問題のはじめさんを発見。
職員さんが遠まきに見てたけど、わたし達に気付いて行っちゃいました。
これからはわたし達が見守りですよ。
でもでも、はじめさん、目が見えないのに動きに迷いがなく見えます。
あ、気付きましたよ!
「先生」
「何?」
「気付きましたよ、はじめさんが動きまわるの」
「で、答えは?」
「老人ホームの壁とか手すりなんかですよね」
「ピンポーン」
「さっきから手すりを伝って歩いているもん」
「そうよ、手すりを伝って歩けば、目が見えないでも大丈夫」
「前から階段でもないのになんでかな~って思ってたんですよ」
「まぁ、脚の悪いおじいちゃん達も手すりは伝ってるけどね」
「ですね、それにストレッチの時も使ってますよ」
「洗濯物を干すのにも使ってるわ」
わたしと先生、クスクス笑っちゃうの。
老人ホームの手すりは大活躍ですね。
あ、はじめさん、階段の所に到着。
階段上っちゃうのかな?
それともその先に行くのかな?
って、杖をフリフリ先に行くみたいです。
「ねぇねぇ先生、はじめさんは階段ってわかったみたいですけど?」
わたしと先生、はじめさんの後をゆっくり尾行。
先生がわたしの手を取って、手すりを触らせます。
「わかる?」
「?」
「コレ、これ」
「んんん?」
なにかデコボコしてますよ。
「これですか?」
「そうそう、これ」
「このデコボコ?」
「点字っていうのよ」
「む! これって文字なんですか!」
「そーよ」
「なんだかスパイ映画っぽくなって来ましたね!」
「ポンちゃん面白い事言うわね~」
「はじめさんはこれを触って……見るんですかね……で、階段を突破と!」
「そんな感じね~」
はじめさんはもう、階段の所を通り過ぎてトイレの前まで行っちゃったみたい。
でも、トイレには行きません。
さらにその先に行くの。
「やっぱりね~」
「先生、なにがやっぱりなんですか?」
「トイレの所にも、やっぱり点字があるのよ」
「はぁ?」
「はじめさんはトイレ、素通りでしょ」
「トイレに用事はないと……」
トイレを通り過ぎた先に……自動販売機の前で止まりました。
はじめさん、早速お金を投入してます。
「先生、ジュース買いに来たんじゃないです?」
「お酒を買いに来たのよ」
「あー!」
わたしと先生、忍び足ではじめさんに接近。
買ってるのを見守ります。
最初に左の一番左、一番上を押しましたよ。
そこは500mlの缶ジュースですね。
『ねぇねぇ先生』
『何? ポンちゃん?』
『目が見えないのにお酒どうやって?』
保健の先生考えてるみたいだけど、返事がないです。
はじめさんは出て来た缶ジュースを握ってニヤリ。
でも、それはお酒じゃないですよ、ジュース。
はじめさん……がっくり肩を落として缶ジュースを足元に置きました。
再度お金を投入して、お隣のボタンを押します。
そこも500mlのジュースなの。
ガコンなんて音がしてジュースが出てきます。
緊張の面持ちのはじめさん。
でも、缶ジュースの蓋に手が触れて、またがっくり。
『ねぇねぇ、先生、なんでお酒じゃないの、わかるんでしょ?』
『ちょっと待っててね』
『?』
保健の先生、はじめさんの肩をポンポンしながら、
「はじめさん、ここの自販機にはお酒、置いてないのよ」
「!」
「トイレに行くんじゃなかったのかしら?」
「!!」
「いいかげん、観念したらどうかしら?」
うわーん、保健の先生が悪役です。
普段はまだ笑えるからいいけど、今日は陰険な感じさえします。
「ほら、とっとと席に戻る、まったくモウ、手間かけさせて」
「くっ! この老人ホームは年寄りをけむたがあっておるっ!」
「手間かけさせるからでしょ~」
「覚えてろっ!」
杖をフリフリ席に戻るはじめさん。
「あのー、先生」
「何、ポンちゃん」
「わたしの質問に答えてませんよ」
「?」
「どうしてはじめさんはお酒じゃないの、わかったんでしょ?」
「ほら、これ、わかる?」
保健の先生、白衣のポケットから缶ビール出します。
「先生……ポケットにビール入れますか~」
「入所の時にはじめさんから没収したのよ」
「かわいそうに……」
「いいのよ、飲酒は決められた時だけなんだから」
「で、わたしの質問は?」
「だからほら、このビールよく見て」
「?」
普通に缶ビールですよ。
コンちゃんが晩酌で飲んでるから知ってるんです。
「ほら、ココ、ここ」
あ、わかりました。
さっきの点字みたいなのがあります。
はじめさんが置いて行った缶ジュースを手に保健の先生が、
「お酒には印があって、ジュースにはないのよ」
「はじめさんはこれを触って、ジュースってわかったんですね」
「そうよ」
「ふへー、わたし、そんなのがあるなんて知らなかった!」
「まぁ、ともかくポンちゃん、ここに配達に来たら、はじめさんを見張っててね」
「はーい……でも!」
「でも?」
「こう、目が見えない人でも大丈夫なように出来てるんですよね」
「まぁ、そうね」
「だったら、わたしの出番はないような気がします」
「目が見えない人でも、この建物の中だったら大丈夫よ」
「……」
「わかるでしょ、お酒を求めて外に出た日には……」
「田んぼにはまって溺死とか!」
「田んぼで溺死はどうかしらないけど、山道で迷って死ぬ事はありそうね」
「うわ!」
「ともかく、ポンちゃんよろしくね」
って、はじめさんの前方にレッドです。
杖をフリフリ歩いているはじめさんを見つけて興味津々なレッド。
そんなに近くにいたら、杖に当たっちゃいますよ。
って、思ってたら杖に当たっちゃいました。
はじめさんの足が止まるの。
「わーん、いたいゆえー」
って、レッド、ニコニコ顔で言ってます、台詞も棒読み。
「す、すまない」
「わーん、いたいゆえー」
「おお、なんで子供がおるんじゃ」
しゃがんでレッドの顔を確かめるはじめさん。
レッドは顔や体を触られてもニコニコしてますね。
「なんじゃ、泣いておらんではないか」
「でも、いたいゆえー」
「それもウソじゃろ」
「ばれましたか?」
「むう~」
「すきすきー!」
ああ、もう、レッドは誰でも「すきすきー」ですね。
はじめさんに抱きついて楽しそうにしています。
「これこれ、どこの子じゃ」
「けのいろがあかいからレッド!」
「レッド……」
はじめさん、レッドを抱っこして立ち上がるけど……
急に表情険しくなるの。
「どうかしましたか?」
「お、職員さんかね?」
「違うけど、お手伝いに来てるんです」
「そうか、ボランティアさんか」
「なんでもいいです、どうしました?」
「この子は何者じゃ!」
「レッドですよ、レッド、昼から老人ホームで預かってもらってるんです」
「いや、そんなんじゃなくてだな」
「?」
あ、わかりましたよ、はじめさんレッドのしっぽを触ってるもん。
「しっぽがあるっ!」
「……」
わたしが黙っていると、はじめさんの表情がさらに険しくなりました。
まるで目が見えてるかと思うような身のこなし!
わたしの背後に瞬時に回り込むの。
そして本当に目が見えないのか疑いたくなるくらいにわたしのしっぽをつかみます。
「しっぽ!」
「い、痛いからつかまないでくださいっ!」
「しっぽ!」
「こ、コスプレなんですっ!」
「ウソをつけ~」
はじめさん、レッドを抱っこした手でレッドのしっぽを触って……
もう一方の手でわたしのしっぽをモフモフ。
保健の先生が微笑みながら、
「はじめさん、わかった? ここはタヌキとキツネがやってる老人ホームなの」
「くっ! そんな老人ホームがあるものかっ!」
「じゃ、今、触ってるのはなに?」
「くっ! こ、コスプレとか言ってたのじゃっ!」
レッドがニコニコ顔ではじめさんに頬すり。
「ぼくはきつねさんでーす!」
はじめさんの表情が青くなります。
ちょっと面白いですね、わたしも乗っちゃいましょう。
「わたしはタヌキさんでーす、馬糞のおはぎを食べさせますよ?」
「!」
「酔っ払いには馬糞のおはぎなんです」
「!!」
ブルブル震えるはじめさん。
保健の先生、はじめさんの手をとると、
「ほら、悪いタヌキにやられる前にお酒卒業するのよ」
「たたたタヌキの職員……タヌキの職員……」
「悪いおじいちゃんは馬糞のおはぎを食べさせられるわよ」
「たたたタヌキの職員……馬糞のおはぎ……タヌキの職員……馬糞のおはぎ……」
はじめさん、ちょっと面白いですね。
でもでもお酒はほどほどに!
そんな事しているうちにお豆腐屋さん見えてきましたよ。
「アニキのバカーっ!」
「ポン吉がもうちょっとしっかり……」
「出てくかんなーっ!」
って、ポン吉がお店から飛び出して行っちゃいました。




