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45 ■最後のパーティー■




「ツムギちゃん、お肉もらってきたよ!」


「わあ、ありがとう」


 リンちゃんが人混みの中からひとつのお皿を持って小走りでやって来た。両手で持ったそのお皿にはたんもりと料理が乗せられている。

 表面がこんがりと焦げた分厚めの肉からは胡椒の香りが微かに感じられ、添えられたサラダには様々な種類の野菜が使われている。野菜についた水滴が灯りを反射してとても新鮮そうだ。


 もうすぐ始まる天地の戦。今日はそれに出る人たちを応援するために各地で行われているらしいパーティーで、この辺りではシエルアで行われていた。もちろん、店はコンターレだ。

 普段テラス席として使っている席を開放していくつものテーブルを並べ、ビュッフェ形式の立食パーティーになっている。


 私は途中で出会ったリンちゃんと食べていた。久しぶりに会ったのもあって話が弾み、お互い一人でぶらついてたからそのまま一緒にいるってわけ。応援パーティーとはいえみんな明るい雰囲気でピリピリなんて全くしていない。


「はふっ、あっつい!」


 口に放り込んだ肉は思わず声をあげてしまうくらいに熱い。でもすごくおいしかった。噛み切った肉の断面はまだ赤い部分が残っているが、生焼けなんかじゃなくて絶妙な焼き加減だ。


「これ、ハルトくんが作ったんだって! さっき持ってきてくれたの」


 肉料理、出来るようになったんだ。しかもこんなに上手に。初めて会ったとき火を起こせないんだって言ってたのが嘘みたいだね。


 私と同じようにリンちゃんも肉を口の中で転がし、やっとのことで飲み込んで口を開く。


「あのね、この前出たハープの演奏会で金賞もらったの!」


「すっごいじゃない!」


 天祭りのときに聴いたからどれだけ上手かは一応知っている。ハープについて詳しいわけじゃないから、なにがどうすごいとかは言えないけど。



「でね、でね、……」


 想像以上の肉の熱さに少し冷まそうよということになりサラダを口に運んでいると、リンちゃんがもじもじとうつむいている。月の明かりもそこまで明るくないし、少しテーブルから離れたところにいるので表情が見えるほどの明かりもない。


 気分でもわるくなったかな、と私が首をかしげていると、リンちゃんは突然覚悟を決めたかのように顔をあげた。


「舞でも入賞したの!」


「えっ……え!」


「リンだけじゃないんだけど……チームで、入賞したの!」


 天祭りのオープニングイベントで舞を舞うことになったリンちゃんに舞を教えたのは私だ。教える前のリンちゃんの舞は率直に言うと本当にひどいものだった。初めて見たときにチームの足をずいぶん引っ張っているのだろうと容易に想像できるほどのもの。というか、人に見せられるレベルのものじゃなかった。

 それから特訓して特訓して……間に合ってよかったよ、本当。


「たくさん練習したんでしょ?」


「楽しいって思うようになってからは練習も楽しくて。しんどかったけど、下手だった分どんどん上手くなったからすごい楽しかったよ!」


 リンちゃんの笑顔は輝いている。


 そう、あのときのリンちゃんも輝いていた。特別上手だってわけじゃなかったけど、それでも輝いていたのはリンちゃんがあの舞台を心から楽しんだからだ。


「リンちゃん! ……ちょっと、いいかな?」


 リンちゃんの頭をなでているとリンちゃんを呼ぶ声がすぐ近くから聞こえた。声のした方に目を向けると微妙な距離からハルトくんがこっちを向いて立っていた。両手の拳をぎゅっと握りしめていて、少し頬を赤らめている。


 ありゃ、私お邪魔虫じゃん。さすがにどういうわけかはすぐにわかる。

 戸惑いながら私を見上げるリンちゃんに行っておいでよ、と頷いて送り出した。


 ひとまずほっとした様子でリンちゃんと歩いていくハルトくんを微笑ましく眺めていると、少し離れたテーブルにハヤテがいるのを見つけた。

 たぶんハルトくんに付き添ってここまで来たのだろう。私と目が合うとすぐに気まずそうに目をそらし、片手でひとつの串にささったサンドイッチをぱくついている。


 今にも背中を向けて去って行ってしまいそうで、私は二人が離れていったのを確認してハヤテの方に近づく。


「ハヤテも来てたんだね」


「そりゃまあな」


 確かにハヤテ達のためのパーティーなんだから、来てて当たり前か。


「ねえ、ハヤテ、あのときどうやって降りたの?」


「え」


「飛び降りたの、隣の柱の方じゃなかったでしょ?」


 悪かった。ハヤテはそう一言言って、帰ってしまった。


 そのときハヤテがぱっと飛び降りたのは柱がある方でもなんでもなくて、柱が描く円の中心の方だったのだ。


「ああ、ひとつひとつ降りるのめんどくさいからそのまま下まで行った」


「え?」


「飛び降りながら風作って、クッションにしたってこと」


「へえ……」


 そんなことも出来るんだ、想像もつかなかった。ずっとどうやったんだろうって考えてたんだけど。

 あのことと一緒に。


「あ、俺行くわ。じゃあな」


 ハヤテのことを呼ぶ声がして、ハヤテはもうひとつサンドイッチをつかむと私の横をすり抜けていった。


 ハヤテの香りがして、私の中で幾度となく繰り返されてきたこの前の記憶が再びフラッシュバックする。

 結局、聞けなかったな。

 優しく、でも力強く、なんだか切なく抱き締められた。確かな、あの記憶。


 あれは、なんだったんだろう――




 ところどころで知り合いと顔を合わせ、雑談を交わしながらパーティーを楽しむ。ひとりになってしまったけどとりあえずは楽しいから、まあいいかな。


「やっと見つけたーっ」


 ん、この声、私に向けられてるのは気のせい……? いや、普段からこんなはじけた声でしゃべるのはあの子たちくらいしか……


「ツームギッ!」


 あ、やっぱり……


「コユキちゃん、サユキちゃん!」


「もう、ずっと探してたのにいーっ」


「なかなか見つかんないしやんなっちゃうっ」


「当たり前だよ、こんなに人多いんだから!」


 ――じゃない。そんなツッコミしてる場合じゃない。ちょっと、なんで、なんで……


「今日はどっちがどっちなの」


 ため息をつきながらそう言うと、同じ顔をした二人はケラケラと笑う。

 いつもは高い位置で結んだツインテールにつけたリボンの色で見分けるんだけど、今日の二人は違っていた。片方を交換したらしく、二人とも赤と青の二色のリボンをつけていた。


「どっちがどっちだと思うーっ?」


「わかるわけないでしょ!」


 こんなことをされたら本当にそっくりなこの双子はとてもじゃないけど周りから区別するなんて不可能だ。

 まったく、いたずら好きもここまで来ると本当に困る。物を壊すとかじゃないからいいじゃないかって言われると確かにそうなんだろうけどさ。


 二人の爆笑がなかなか止まらないことは知っている。私はこっそりと近くのテーブルから一口サイズのデザート類をお皿に乗せてくると少しずつ食べ始めた。

 甘い香りが口いっぱいに広がったかと思えばさわやかな香りが鼻を通る。一皿に乗せた分だけで飽きるわけなんてなくて私は笑い続ける二人の前で黙々と食べ続ける。


「あっツムギずるいっ」


「私も食べるっ」


 ふと我に返った二人は私を見ると、一目散にテーブルに向かい、デザートをかき集めてきた。本当に落ち着きのない二人だ。


 だけど――


「ねえ、やっぱり二人も……」


「うん、行くよ」


 私が最後まで言う前に言わんとするところが分かったらしい。静かな声でそう言って、力強く頷いた。タイミングもぴったり。さすが双子ちゃん。


 コユキちゃんとサユキちゃんなら心配ない。二人が力を合わせた時の強さを私は知ってる。私のことを助けてくれたんだもん


「そりゃそうだよね。なんてったって、ウレンさんの愛弟子なんだもんね」


 不意にもれた声は思いのほか寂しげで自分でもびっくりする。

 いけない、こんな声じゃ。


 だけど二人はとたんにニカッと笑って私に飛びついてきた。


「何泣きそうな顔してんのっ!」


「私たちが死んじゃうわけないでしょーっ」


「私たち、ツムギが思ってるよりずーっと強いんだからねっ!」


 うん、分かってるよ。分かってる。でもさ――


「お皿、落としたよ?」


「あーっ!」


 私に飛びついた拍子にお皿を放り出したらしく、地面には数々のおいしそうなデザートが無残に転がっていた。欲張って取ってきたものたちだから結構な量だ。


 落ち込んで地面にへたり込む二人を笑って見下ろしながら、背後からの気配に気がつく。


「まったく、騒がしいと思ったら。二人とも、ここにいたんですね」


 いつもと変わらない微笑を浮かべてウレンさんが近づいてくる。へたりこんだままの二人もすぐに気づいたらしく、ウレンさんを見上げると頭をかきながら笑った。


「えへへ、そんなにうるさかったですかー?」


「ツムギのせいだよっ」


「えっ、なんで私なの!」


「うるさかったのは君たち二人です」


 ほほえましいいつものやり取りを目にしながら、私は静かに心を決める。まだ誰にも言っていないけど、ずっと、考えていたこと。


 ウレンさんに相談しよう。ううん、相談じゃない。報告だ。


「ウレンさん、ちょっとお話があるんですけど、いいですか」


「ええ、構いませんよ」


 そう言い交わしながら、コユキちゃんとサユキちゃんを見やる。この二人なら「なになにーっ」と食いついてきかねない。空気なんて関係なく自分たちの直感で行動する二人だ、ウレンさんも同じことを考えたのだろう。


「あ、私たちはこれ片付けるからっ。ごゆっくりー」


 ――意外と空気は読める双子だった。



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