最終改札チャレンジ(終)
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朝になり、俺は駅に向かった。
この異常な未来は、改札を出た瞬間から始まった。
だったら、帰るのもここからだろう。
俺は改札の前に立つ。だだっ広い空間に、100機以上の改札機が置かれている。俺のいた時代とは様変わりした近未来的な改札だ。ゲートが縦に長く、向こう側が見えない場所は閉まっていて、見通しのいいところは開いている。
どこが通れるのか一目瞭然だ。
ただ、一つわからないことがある。
条件。
どうすれば改札を抜けられるのか、それがわからない。
なにせ、切符売り場が存在しないし、駅員もいないし、触角をはやした未来人たちはみんな競歩みたいな早歩きで改札の奥に消えていくものだから、誰かに聞くのも難しい。
この世界で体験した中に答えがあるのだろう。
よし、やってみるか。
改札の前で、俺はひとまず、上の句を詠んでみた。
「帰ろうか 今をひたすら 生きるため~」
無音がかえってきた。無視である。
「帰りたい ああ帰りたい 帰りたい~ 」
何の反応もなかった。羞恥心が胸いっぱいに広がった。
冷静になると、俺がやってることのほうがおかしい。
それでも、俺は自分で、「これで開くわけあるか!」とセルフツッコミをいれて場を保とうとするのだった。
さて、気を取り直して改札を通る。
向こう側に抜けたら、そもそも帰れるのかという問題はある。
第二第三の改札があっても何も驚かない自信がある。
それでも、足を踏み出さないことには何も進まない。
もしかしたら、すでに条件を満たしているのかもしれない。わずかな希望にすがり、俺は歩き出した。
俺は、ついに切符を入れるところもICカードを読むところも無い変な改札を抜け――
『はいストップ』
「改札がしゃべったァ?」
がしょん。改札の一つが閉まった。
向こう側が消されたかのように、目の前が真っ黒な壁で塗りつぶされてしまった。
別の改札に回って、通りかける。
ところが、また『ストップ』と声がかけられ、俺は立ち止まった。
なんなんだよ。やめてくれよ、元の世界に帰りたい。家に帰って普通に休日を過ごしたいだけなんだよ。
『デデン、クイズです』
「クイズ?」
『通過のための鉄道クイズです』
やりたくない。でも、これに答えなければ通過の資格が得られないというなら、選択肢なんか無い。
『第1問、車両や施設、車両が走行している風景を撮影する人のことをなんという?』
「撮り鉄」
『正解。第2問、走行車両に乗ることを目的としている人のことを何という?』
「乗り鉄」
これって、鉄道クイズじゃなくて、鉄道ファンクイズじゃないか。思ったより簡単そうだ。
そう思ったとき、改札機の声がフッと小ばかにしたような息を漏らした。
『それでは最終問題。現在、この駅のなかにある、ネジの総本数を答えてください』
「は?」
「どうぞ」
「いや、数えられるわけないでしょ。改札の中にも入れないのに」
がしょんと隣の改札が一つ閉まった。黒い壁に覆われてしまった 。
絶対に帰す気がないような問題だ。
あてずっぽうで言っていけば、いずれ当たるのかもしれない。でも、不正解のたびに改札が閉じるというのなら、改札がいくつあっても足りやしない。
「答えられませんか? では通過させられませんね」
詰んだ、と諦めかけたその時、俺は背後から声を掛けられた。
「……17万523。じゃないッスよォ〜」
「えっ?」
「正解は17万524本ッス。隠しねじも含めてね」
頭に触角をつけた若い男性だった。眼鏡をかけていた。未来でも眼鏡は滅んでないんだな。
「おにいさん、なんでそんなことがわかるんだって顔してますね。昨日の最終E231系、13号車のドア横のロングネジが一本、緩んで落ちてたんスよォ〜。オレ、拾って今ポケットに入れてるッス」
男はシャツの胸ポケットに手を突っ込み、30センチはあろうかという長いねじを取り出してみせた。
「どこに入ってたのそれ。そんなに長いポケット無かったよね」
「胸ポケットッス。見てませんでしたか? 取り出すところ」
「見てたよ。見たからこそだよ。そんな長いのが入るのおかしいだろ」
「鉄道は神秘に満ちてますからね」
その男の言葉に乗っかるように、改札が『未来、未来』とか言った。
神秘的な現象なのか未来技術なのか、どっちなんだよ。どっちにせよ、そんなところに神秘や技術を使うのやめろよ。
男はきいてもいないのに早口で自己紹介を始めた。
「オレ、ねじ鉄なんスよ。全国の駅構内と車両のネジ本数、全部記録してるッス」
「ねじ鉄ぅ? そんなジャンルが!?」
「もちろんッス。ネジは車両・駅・線路、あらゆる鉄道をつなぐ魂ッスから」
一理ある。感心しかけてしまった。
しかし、そこで俺は気付いた。この、ねじ鉄の行動には、重大なツッコミどころがある。
「ちょっと待てよ! ネジが外れてるの見つけたなら、駅に報告しろよ!」
たじろぐかと思ったが、ねじ鉄は余裕の態度を見せた。
「……ああ、それッスか」
「それッスかじゃない! 危ないだろ!」
「いやいや、これって、外れても大丈夫なネジなんスよ。構造的にダミーで、飾りみたいなもんッス」
「……そんなのあるの?」
俺の戸惑い全開の聞き返しに答えたのは、改札だった。
『あります。安全基準規則の第140条「意匠保持用非構造ネジ」ッスね』
俺は「……くっ、負けた」と頭を抱えた。
自分でも何に負けたのかよくわからない。
ツッコミが追い付かない事態、自分の対応力不足。そういうものを感じたのだと思う 。
ねじ鉄は、畳みかけるように言葉を繰り出してくる。
「このネジ、溶かし鉄のところに持っていきますね」
「何その終着点!」
「彼の夢はッスね、あらゆる路線の『イミテねじ』を集めてインゴットを作ることッス」
「インゴット?」
「そうッス。それを溶かして固めて、また溶かして固めて……。その一連の様子を、永遠に展示し続けるそうッス」
「何その無限ループ美術館」
「鉄は生きてるッスから。それが、鉄道というヤツッス」
違う意味の鉄道も混じってきてそう。剣道・柔道・茶道・香道みたいなものの一種の匂いがする。
俺が言葉をうまく出さないでいると、改札が次の問題を出してきた。
『デデン、では泣きのもう一問。第四問。この駅構内の蛍光灯の本数は?』と改札。
「……また数える系!?」
そんな風に返した俺を横目に見ながら、ねじ鉄は口を開く。
「それなら、友人に、蛍光灯鉄がいるッス」
「蛍光灯鉄!?」
「すべての駅構内の蛍光灯の本数を把握してる者ッス。紹介しましょうか?」
「ええと……」
うまく言葉が出てこなかった。
「あ、LED鉄のほうがいいッスかね」
「たしかに、その方がいいかもな」
これが未来の鉄道オタクだというのか。俺にはちょっとついていけそうにない。
もとよりついていく気もなかったのだが、それでも、この会話で、圧し潰され、溶かされたような敗北感が広がった。
さっきから、ちゃんとしたツッコミができなくなっている。
こんな有り様で、俺は帰れるんだろうか。
未来の謎世界でツッコミを入れ続けてきたのに、最後の最後でうまくツッコミができなくなるとは。
こんな試練で敗北しているようでは、元の世界に戻っても、うまくやっていけないのではないだろうか。
と、自信喪失しかけていたとき、隣の改札を早歩きで通り抜けていく女がいた。その人は、改札の『ストップ! デデン、クイズです』という言葉を無視して通り過ぎていった。
まるで聞こえていないかのようだった。
また次の男性客も、早歩きで通り過ぎ、改札のクイズ要求を無視した。
これは、もしかしたら……。
反応してはいけない。ツッコんだら負け。そういうことなのだろうか。
この街は、すべてがおかしい。そいつらに丁寧にツッコミを入れていくのが正解だと思っていた。
それはそうなのかもしれないが、帰宅という一点においては、不正解なんじゃないか。
むしろ、ツッコミを入れるから帰れないのではないか。
そこで、ある想像が浮かび上がった。きっとこの未来は、ツッコミという技術を滅ぼしてしまった世界なのだ。
だから世界の出口が、ツッコミ役をこの未来に引き戻すように設計されているのかも……。
だとしたら、俺がツッコミで面白くしてしまうことを避ければいいってことじゃないか。
すると改札が、『自分を面白いとか考えてんのやばい』などと言ってきた。
「なんで心読めるん? どうなってんの?」
『未来、未来』
「なんでもそれで済まそうとす――っと、あぶない。ツッコミを入れたら、だめなんだった」
ねじ鉄が手の中で長いねじをいじくりながら見守るなか、あらためて改札機に向き合う。
無視した人間が通り過ぎて行けたのは事実だ。
だから、俺はツッコミを封印し、絶対に帰るんだ。改札の言葉を無視して通り過ぎるんだ。
気付けば、開いている改札機は、目の前の一つを残すのみだった。
一度閉じた改札機は、開く気配がない。
最後のチャンスだ。今なら改札機は開いている。
大丈夫、簡単だ。
俺は足を踏み出した。
これはきっと、人生で最も大きな一歩になる。そんな予感がした 。
今にも改札を抜けようとした時、後頭部に何かが触れた。軽いものが落ちた音がした。
ついつい振り返って足元をみてしまった。
紙飛行機があった。「確変」とか「甘い」とか「出る」とかの文字が見えた。
これ、俺が寺パークのゴンドラから飛ばしたやつだ。
「どんな確率ぅ?」
口にして、はっとした。
時すでに遅し。がしょん。改札は鎖されてしまった。




