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帰りたい、ああ帰りたい、帰りたい。……  作者: 黒十二色


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6/6

流しのホテル

  ★


 上の句レストランは、思ったよりもずっと安かった。


 何なら、スーパーで買った777円の犬用飲料よりも安かった。


 未来の物価の異常な不安定さに、大いなる不安をおぼえるものの、今心配しなくてはいけないのは、今夜の宿である。


 終電はすでに出た後のようで、駅にはシャッターが下ろされていた。


 自宅は寺に囲まれた遊園地になっていて、すでに無い。


 俺は駅前のコンビニ向かった。情報収集のためである。


 雑誌でも入手できれば、深夜からでも夜を過ごせる場所の情報が手に入ると思ったのだが、閉まっていた。24時間営業じゃなかった。


 触角の生えた店員に話しかける覚悟もできていたというのに。


 夜の街を歩いていたら、『宿泊24時間』と書かれた看板があった。


 少し怪しさはあるが、入ってみることにするか。


 受付にいた触角の女性は、挨拶もなしに、「この時間からじゃ、『下流』の部屋しか開いてないよ」などとぶっきらぼうに言ってきた。


「下流って何ですか。部屋のランクが低いってことですか?」


 俺の質問は無視された。


 水のせせらぎの音がする廊下を歩いて、部屋の前に立った。


 扉を開け、中に入って、鍵をかける。


 振り向いて部屋の中を見たところ、そこには――。


 部屋のど真ん中をぶち抜いて、縦に割られた半分の竹が斜めに刺さっていた。


「な、流しそうめん?」


 しかも水が常に流されていて、両隣の部屋とつながっていた。


 あまりの異常な光景に、思考がなかなか追い付かない。ちょっとどういうことなのか説明してほしい。


 俺はフロントに連絡しようと思い、電話をさがした。


 見つからず、しばらくすると、鍵をしめたはずの扉が、勢いよく開いた。


 触角を揺らしながら、フロントにいたのとは別の中年女性が、無言のまま入って来た。


 ルームサービス担当の人だと思われる。呼ばれる前から出て来るとは、実に仕事熱心だ。


 触角おばさんはこう言った。


「流しそうめんだよ」


「見りゃわかるが」


「流しそうめん装置をね、全部屋をぶち抜いて貫通させてあるのさ」


「衛生感覚、崩壊してない?」


「完璧な抗菌箸があるから大丈夫よ」


「ずいぶん変な宿だな」


 俺が言ったとき、触角女は目を見開き、口元に手を当てて、


「え? ついていない宿泊施設がある? それは違法で営業できないはず。どこのホテルか教えてもらえる?」


「変な未来すぎるだろ。流しそうめんをクーラーがわりに完備するなよ」


「冬にはお湯が流れます」


「暖房にもなるからって許されないだろ」


 俺がついついツッコミを入れてしまったとき、触角女は俺の背後にある、半円筒型の竹を指さした。


 振り返ると、何か灰色のひも状のものが流れていた。


「ああ来た、ほらっ。おそばおそば。あー、おにいさん鈍くさいねぇ。そんなんじゃ、この街で暮らしていけないよ」


「暮らしていきたくないよ。帰りたいんだよ。何なんだよ。どうすりゃいいんだよ」


「悲しいこと言わないで。あなたのツッコミは貴重よ」


「いやこんなところで求められてもしょうがないんだ。自分の世界に帰りたいんだよ」


「あっ、ほらまた来た! キャッチキャッチ!」


「キャッチキャッチじゃないよ。お箸がないんだよ!」


「お持ちでない? マイ箸」


「必須アイテムになる未来って何なの?」


「流しそうめんのために複数持ちする人もいるくらいよ」


「もっと他に備えるべきことあるだろ。未来はそんなに平和なのかよ」


「でも流しそうめん食べられないと、おなかがすかない?」


「なんなら食べてもすぐおなかすくよ。腹に溜まらないんだよ、素麺は」


「箸も持って歩かないマナー違反者のくせに文句ばっかり」


「……そういうものなんだなこの未来は。じゃあ悪かったよ。箸を貸してもらいたいよ」


 触角おばさんは、触角のついた頭に手を伸ばした。


 触角をとる。それをこすってピンと伸ばした 。


「お使いください」と差し出してきた。


「ええええ、それマイ箸だったの?」


「スマホ兼、マイ箸なのよ」


「変な組み合わせだな。俺なら兼用は気兼ねするから、複数持ちで使い分けるかな」


「でしょうね」


「なんか汚そうな自覚あるんだ」


 そのとき、触角を外した触角おばさんは、いきなり俺の背後を指さした。


「すごい! きたよきたよ、ところてんだよ、激レア!」


 ところてんか。


「さっきレストランで食ったから別にいらないけども」


「ところてんをスルーするなんて!」


 たしかにね、ところてんってのは、流れてるのがよく似合うタイプの食べ物だけど、透明すぎてキャッチ難しすぎる。


 ん? あれ?


 俺は違和感をおぼえた。水と見分けがつかないくらい透明で、流れていくものが、そんな遠くから視認できるものだろうか。


「ていうか何で見えるんだよ。視力高すぎだろ」


 俺が追及しようとしたら、おばさんはあっさりと、「うん、あたしがボタン押して流してんの」と言ってリモコンを見せつけてきた。リモコンには多くのボタンがあり、何種類も登録されているようだ。


「隠せ最後まで。ていうか、おばさんあれでしょ、都合悪い流れになったら何か流してるでしょ」


「ところでぇん」


「変な話題の変え方をするな」


「次、何がくると思う?」


 ラーメン、春雨、きしめん、ビーフン、麺状のものを思い浮かべる。


 いや、このホテルは一筋縄ではいかない。必ず罠を仕掛けてくる。


「わかった。細うどんだな。ついに普通にそうめんが来たと思わせて、細いうどんでした、みたいなオチを用意してるんだろ?」


 触角おばさんはボタンを押した。


「うなぎっ?」


「これなら箸じゃない方がむしろイケるでしょ。国産だよ!」


「生産地の問題じゃないよ」


 いきなりニュルニュルした細長い生き物が水を飛び散らせながら流れてきても、すぐに反応できるはずもなく、ウナギは隣の部屋へと流れていった。


「はい次」


 またボタンが押された。


 茶色い水が流れ出した。甘い匂いがした。少し遅れて、黒くて丸い粒々が茶色い水と一緒に浮いたり沈んだりしながら流れていく。


 触角おばさんは朗らかに言う。


「わぁい。絶賛大流行り中のタピオカミルクティーだぁ」


「もう箸使わせる気ないじゃん!」


「糖質とカロリー、めっちゃ高いことは保証できるよ」


「味の保証もしてよ!」


「タピる?」


「タピらないよ。一過性のブームだったよ。また流行るとか絶対にないと思ってたよ!」


「ホットがよかった?」


「そういう問題じゃないんだよ。流しそうめんでタピオカミルクティーが流れてるの見たことないよ。そもそもタピオカミルクティー流すって何だよ。掃除も大変だよ。お金の使い方おかしいよ」


「ええまあ、下流なので」


「ていうか言っていいか? さっきから素麺がひとつも流れてこないんだけども」


「ええまあ、下流なので」


「上流だと何が流れてるんだ?」


「何だと思う?」


「この流れだったら普通に素麺だろ。上流ですべての上等な素麺を消費してるんだろ。素麺が途中でなくなったら、そこで変なものを流してるんだろ」


「惜しい」


 外れなのか。上流っぽいといえば、どういうものだろう。


 そこで俺はひらめいた。この世界だったら、こういうことをやってくるんじゃないか。


「上の句、だろ?」


 俺は格好つけてそう言った。


「は? なにそれ」


「ちがうんかい。自信あったのに」


「もう一回やりますね。何が流れてくるんでしょーか」


「わかった。じゃあ、あれだ。あの、素麺の、ほら、色がついてるやつ」


 どうだ。妙に納得感があるだろう。色付きの特別感は俺だけじゃなく、みんな好きだろ。


「はずれ」


「これもだめか」


「はい時間切れ」


「正解は?」


「小麦粉100パーセントでした」


「素麺の前世とはな。部屋のなか粉だらけだろ。麺作りからかよ。誰が泊まるんだよ」


 流しそうめん設備が季節問わずに充実した宿泊施設はどう考えてもおかしい。


「ていうか食い物で遊びすぎだろ。いくらなんでも。豊かすぎて心が限りなく貧しくなってる未来いやだよ。帰りたいよ」


 触角おばさんはフフフと満足げに笑うだけだった。


 ルームサービス触角おばさんが去ったあと、慣れない水の音がうるさくて、よく眠れなかった。



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