上の句レストラン(下)
やはりと言うべきか、厨房からは「からりあげられ 尾を立てるエビ〜」という、どう考えてもエビフライな下の句がきこえてきた。
老人は失敗したのだ。
着物の女店員は言う。
「これは稚拙なり。『ここにては』はココナッツソース。『終わり』は尾張なので名物エビフライ。『定まりぬ』は動きをとめるもの。つまり串ざしですね。ゆえに、ココナッツソースで和えたエビフライ串がきます」
ココナッツソースに無理がありけり。そう言ってやりたくなったが、他の客との真剣なやり取りなので、言わないのがマナーなのではないかと思った。開きかける口を閉じたまま、グッとこらえた。
フライドチキンも片付いていないうちに揚げ物が追加され、老人は「うっ」と声を出しながら胸のあたりをおさえていた。
老人が揚げ物と戦っている間に、眠そうな女が詠みにいく。
この女性はもう、かなり限界を超えているように見える。
帰らせてあげてほしい。
いつの間にか俺は、他の客をこぶしを握って応援していた。
「つけばらい お願いします たのむからぁ!」
つけばらいと言うが、なにをツケにするんだろうか。少し考えて、この女性は、レベルの高い上の句を勉強してからまた来るという決意表明をしているのだという結論に至る。
必死の懇願だ。なんとか通ってくれ。
厨房からの答えは、
「歯にひびかせて 色彩を味わう~」
俺は、出て来る料理がわかってしまった。
「ぬか漬けだ」
あっていた。女は泣きながら机に突っ伏した。「つけばらい」は、漬けて払う。つまり、漬けてあったところから取り出し、まわりについたぬかを払いとるってことだ。
そこに、さらに着物の女店員がきいてもいないのに付け加えてきた。
「ええ。次の『お願いします』は、音ねがいしますというわけでですね。つまり、ぬか漬けをまるかじりする音を欲しています。『たのむから』は、倒置法であり、カラーをたのむ。つまり、キュウリの緑、人参のオレンジ、ナスの紫など、色付き野菜が丸ごと出てくることになります」
ああ言えばこう言う。
無理めな解釈も当然のように返してくる。ツッコミ待ちをしてると思われても仕方ないレベルだぞ。
とんでもない店だな。
でも、だからこそ、みんな、本気で必死に帰ろうとしている。
俺も頑張らないと。
しかし、これは本当に大変だぞ。すくなくとも、帰りたい意志を五・七・五にしただけでは、永遠に帰れない。
鉛筆を拾い上げ、紙を手に取る。気合をいれて、手を動かす。
俺が句を完成させる前に、揚げ物食わされていた老人が手を挙げた。さっきよりも、ちょっとだけ腕を曲げた挙手だった。
ついに我慢の限界を迎え、上の句に並々ならぬ怒りをぶちまけた。
「火を放ち すべて壊して 出でんかなー!」
完全にヤケクソである。許されない放火宣言である。もちろん、本当にやるわけではないんだろうが、燃やしてしまいたいほどに腹が立っているのだろう。しかし、やはりね、そんな句に返ってくるのが、優しいものであるはずがなく、
「肉汁爆弾 ハンバーグがくる~」
メニュー名返しとはな。絶望が過ぎるぜ。
球形の肉団子が運ばれてきたとき、老人は、口をおさえたが、覚悟を決めてナイフを落とす。肉汁が鉄板の上に広がった。
老人は、「なんだこれ ちくしょううまい とまらない」とキレ気味の大きな声を出し、泣きながら食っていた。そしたら、老人は何も注文していないのに、下の句が返ってきてしまった。
「ほろり溶けゆき つぎつぎ消ゆる~」
何が出てきたかといえば、またしても揚げ物。
ポテトフライ。
しかも大声に比例するかのように、大盛りだった。特盛りと言ってもいい。ハンバーグと相性抜群なんだが、老人の手は止まってしまった。手に持ったポテトフライが、ぽきりと折れた。
ふと周囲を見回すと、みんな苦しんでいた。カエル唐揚げ精進フルコース男も、あまりの満腹にフゥフゥと深い呼吸をしながら椅子に横たわっていて、眠そうな女は今にも気を失いそうだった。
やがて、女が前後にふらふらしながら挙手し、絞り出すように、詠んだ。
「あたたかい ふとんで眠る 夢をみる……」
ピンときた。これは卵とじされた何かが出て来るぞ!
さすがに女の人がかわいそうだ。店のルールが許すなら。かわりに俺が食べてやってもいいなと覚悟した。
そして、盆にのせられて運ばれてきたのは、どんぶりサイズの大きな……
まくら。
どんぶり型に見える枕だった。親子丼が描かれた布を縫い合わせ、中に綿を詰めたもののようだ。
横になるか机に伏して寝ろってことか。料理じゃないんかい。いや一番欲しかったものだろうけど。
俺は、心配になって小声で着物の女店員にたずねた。
「ひょっとして、閉店時まで、寝かされる?」
小声で返って来たのは、「24時間営業ですよ~」だった。
俺は今、地獄を見ている。とんでもない店だよ。
どうやったら帰れるんだろうか。ヒントがほしい。ここに来てからというもの、他の客が帰ろうと詠んだ句をいくつも見てきたが、どれもが惜しくも何ともない。
何か根本的に攻略法を間違っている気がする。
考えるんだ。
俺が店側で客に対して嫌がらせをするとしても、何か抜け道を設定するはずだ。
お勘定の詠みを通す条件をつくるとして、もしも俺が店主だったらどこを妥協する?
少なくともストレートに帰りたいと言うだけでは通せない。
飲食店では、帰る前にまず何をする?
俺ならば、ごちそうさまでしたと言う。おいしかったですと言う。
ならば、それを五・七・五に組み込めば――。
しかし、この未来は、ろくに挨拶できない人間ばかりだ。ここの着物の女店員だけは、ちゃんと挨拶できたけれど、厨房の人はどうだろうか。
それに、お礼を言って許されるなんていうのは、この厳しい店では甘えとして処理されて、スイーツが出てきてしまうかもしれない。ストレートな帰宅願望を口にするのと大して変わらない評価になるのが目に見えている。
ひねりをきかせるのが、この店の標準のように思える。
たとえば、鍋料理からの、締めのうどんからの、お勘定。そういうコンボで帰宅を許可するとか。
たとえば、食後のデザートになり得るものを食べた後に、お勘定の詠みが通る確率を上げるとか。
直接帰りたいと言うのではなく、帰る流れを作り出す。
これだ。
俺は意を決して、鉛筆を走らせた。
そして、店員に手渡し、詠んでもらう。
「どんぶりに しろいごはんに だしをかけ~」
どうだ。
少し間があって、厨房から満足げな声が届いた。
「レジは出口の そばに候~」
きたぁ。
現代日本のある特定の地域では、お茶漬けを出すと帰れという意味であると聞く。真偽はよくわからないが、誰もが知っているレベルの有名な噂だ。
今回の勝利の秘訣は、自分で詠まなかったことだ。お茶漬けを自分で注文するのでなく、店員に詠ませることにより、店側がすすんでお茶漬けを出すという展開を組み立てることができる。
俺は立ち上がり、レジに向かおうとした。
着物の女店員に腕を掴まれた。
いや、まさか、なにかルール違反をして、退店が無効になったとか?
俺はゴクリと喉をならした。
着物の女店員は、やわらかく微笑みながら、「お会計、お茶漬けのあと、おあずかり~」と言ってきた。
俺は、「失礼なことをお許し願う~」と返し、再び椅子に座った。
お茶漬けが来て、すこし冷ましてからかきこむ。
うめえなあ。最高にうめえ、茶漬けだな。こんな涙が、出るもんなのか。
俺が席を立つと、老人、眠そうな女、カエル唐揚げ精進料理の人、肥満気味の男性をはじめとする客たちが立ち上がり、パチパチパチと手を叩き始めた。
未来でも拍手というのは残っていたようだ。
俺は片足だけ突っ込んだ地獄から這い上がった。
のれんを手の甲で押しのけたとき、外はもう深夜だった。




