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守護者の剣 - 男を動かすのは情か理屈か -  作者: 佐藤太郎
第3章 帰郷 そして....
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第69話 機能性ディスペプシア

―フルクハイムの空に、今季最初の白銀が舞い降りていた。


 落日の紺青が混じる空の下、錆びついたガス灯のオレンジと、普及し始めたばかりの電灯の冷ややかな白光が、石畳の上に淡いコントラストを描き出している。


「ではお父様、お母様。 これにて失礼いたしますわ!」


―ローズマリアの凛とした声が、重厚な門扉に響く。


「うむ。良い1日だったぞ、我が娘よ...そして、青年。」


―ベアトリクスは獲物を狙う鷹のような眼光で、そう断ずる。


「はい、軍曹殿!」


「よろしい、貴殿の返事は実に清々しいな。」


―ベアトリクスは満足げに頷くと、視線を夫へと落とした。


「お前も何か言い残すことはあるか、イザーク?」


「タス...ケ...テ...」


「ふむ、感極まって言葉も出ないようだな。 さらばだ、娘よ!  荷は既に送ったぞ!」


―荒々しい号令とは裏腹に、鉄の扉は貴婦人の手によるものかのように優雅な音を立てて閉じられた。


 暖炉の"パチリ"と爆ぜる音がする。


 直後、扉の奥から"孫より先に、新たな"子"を見たいか、イザーク?"という澄んだ声と絶望に満ちた絶叫が重なって聞こえてきたが、二人はそれを、あえて意識の外へ放り出した。


 十字路で滑り込んできたバスに乗り込む。


 車窓を流れていくのは、大賢者が未だ注力している"硝子張りのビル群"という異質な文明の欠片だ。


「フレッド、駅に行く前に寄りたいところがあるの。」


―ローズが車内のワイヤを握り、悪戯っぽく微笑む。


「寄りたいところ? 」


「あなた、ディナーの予定は忘れちゃった?」


「あぁ、そう言えば、まだディナーを取ってなかったね。」


(今夜は、ニレの芳醇な樹液で乾杯するのも悪くないかもしれないな)


「へ?」


―思考がローズの素っ頓狂な声に遮られる。


「樹液で乾杯って...あなた、いつからハイエルフになったのよ?」


「あれ、口に出ていたかな?」


―フレッドは苦笑しつつ、内心で首を捻った。


 近頃、彼の思考は妙に"エルフ寄り"に変質しているのだが、当の本人には分かりにくい。

 

 思考が無為に加速する中、ローズがワイヤを引き、バスを止める。


「着いたわよ、フレッド。 ここが大賢者より伝うる"神の味"の集積地、ハンバーガー通りよ!」


―ローズが指し示したのは古風な石畳の両脇に、ぎらぎらとした看板が並ぶ路地だった。


 前髪を下ろしていることも相まって、"キャッキャ"と喜ぶローズは、フレッドの目に子供の様に映った。


「"マックロドナルド"は大賢者スコバヤシサンと、炭鉱帰りで年中煤まみれだったドナルド青年が、たった一つの鉄板から始めた伝説の店なのよ!」


―何やら早口でまくし立てるローズに引きずられ、フレッドは店のドアを開く。


 カウンターの奥では、顔を煤で汚した男が客など存在しないかのように鉄板を睨みつけていた。


「炭火粗挽きバーガーセット、コーラ・ピクルス・フリーダムフライ・シャトーブリアンマシマシ...あと、ゴマは抜いて頂戴。」


―ローズの怒涛の注文に、男は視線すら上げない。


 ただ顎で"勝手に座れ"と合図するだけだ。


 愛想という概念を炭と一緒に焼き切ったかのような、究極のドライ(効率主義)


 フレッドは、その無愛想さを"職人のプライド"として受け入れ、メニューの端を指差した。


「このチーズバーガーハピー(harpy)セットを1つ...以上で。」


―刹那、男は肉塊を鉄板に叩きつけた。


 油の躍る暴力的な咆哮が店内に響き渡る。


 しかし、その肉の焼ける聖域に、闖入者の足音が混じった。


「野蛮な煙だ。 貴公は相変わらず、素材を焦がすことに心血を注いでいるようだね、ドナルド青年。」


―入り口に立っていたのは、白磁のようなタキシードを纏った老紳士であった。


 背後に控える騎士達が持つ銀のトレイには、黄金色に輝く"鶏の脚"が掲げられていた。


「挟む必要などない。我らが提供する11番目のハーブ、そしてこの"黄金の衣"こそが、この街に必要な唯一の秩序なのだよ。」


「ボケの薬なら、病院で買ってきやがれ!」


―男(あるいは大将)のヘラが鉄板を叩き、2人の間に火花が散る。


 カーネルが指を鳴らした瞬間、騎士たちが香炉からスパイスの粉塵を撒き散らした。


 店内は一瞬にして、炭火の脂と11種のハーブが殴り合う"聖戦"の場と化したのだ。


「フレッド、撤退よ!  ここでお喋りを続けるなら、(たちま)ち油の餌食になるわ!」


「全くだ...理屈が通じる相手じゃない!」


―2人は完成したばかりの熱い包みと代金をカウンターに叩きつけるように置くと、油の暴風域から脱出した。


「はぁ、はぁ...散々なディナーだったわね。」


「いいさ。 この"戦利品"は、列車の個室でゆっくりと頂こう。」


―手に残る熱量と、鼻をくすぐる"ジャンク"な香りに苦笑いしながら、2人は駅への道を急ぐ。


 雪の祝福を受けるフルクハイムを背に、蒸気機関車の汽笛が夜の帳を切り裂いた。

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