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守護者の剣 - 男を動かすのは情か理屈か -  作者: 佐藤太郎
第3章 帰郷 そして....
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第58話 ジャケットと薔薇

―早朝の冒険者ギルド...


 そこには、印字紙の伝言に狂喜を撒き散らす一人の"エルフ?"がいた。


「これ程まで...これ程までに、電信に心躍らされたのは、初めてだ!」


ついに、待ちわびていた(とき)が来たのだ!



      ――"ジャケット"!――



それはマナーのビッグバンにして、紳士の原点。



      ――"ジャケット"!――



それなしに美学を語る者は沙羅双樹にでも転生して、功徳を積めば良い!


      ――"ジャケット"!――



それは宇宙の根幹であり、知性体の脳幹である!



だが、今までの僕はどうだっただろうか?


鏡に映る自分を見るたび、僕は絶望の淵に立たされていた。


シャツ、ベスト、タイ、そしてトラウザーズ...


決定的な欠落がある。


そう、ジャケットだ!


衣服は、不確定で傲慢な肉体の境界線を一つモールド()へと落とし込んでくれる。


ジャケットはその筆頭にして、(かなめ)...


肉体という曖昧な"ボルト"に、シャツという"ワッシャー"を重ね、それらを締め上げる最後の"ナット"こそがジャケットなのだ!


「懐中時計...ポケットチーフがあれば、真秀(まほ)らなり...」


「なんだ? 大人の店の話なら...聞くぜッ!」


―"キリッ"という擬音を当てたくなるほど良い顔で...そして、鼻の下を伸ばすサイモン。


 周囲の冒険者たちが引き攣った顔で距離を置くのも無理はない。


「いいや、そんな下劣なものじゃないさ。

 僕は掴みに行くんだ...ファッションを彩るメインディッシュを!」


―そう言い放つと、彼は舞いに近い足取りでテーラーへとその身を躍らせた。



........................................



「おぉ、それが例の"ダブルブレスト"ものかね?」


―フレッドは紳士として数分程の挨拶や用件を済ますと、すぐさま本題へと切り込んだ。


 彼の視線はテーラーの瞳を通過し、背後のデスクに鎮座する"それ"に固定されている。


「いかがでしょうか、サー・アルフレッド....このラペルのロール、この留め具の力強くも(しゅく)たる様!

 あなた様の偏執...失礼、慧眼(けいがん)に適いましょうか?」


―テーラーもまた、この様な狂った客に慣れきっていた。


 差し出されたジャケットの襟元を見て、フレッドは感極まって膝をつきそうになる。


 オーラに当てられたのだろう...八刺(はざ)しの(ざえ)より漂う並々ならぬオーラに。


「あぁ、素晴らしい...!  ヴェルデ(深緑)の遊び心を忘れず....且つ、これ程の品格を示すとは!」


「えぇ、生地もキャバルリー・ツイルですので、例え荒野でも使用出来るでしょう!」


「あぁ、感嘆の(ことば)しか浮かばない!

 この重量...このシルエット!  完璧だ!」


「でしたら、サー...ご注文のドレスシャツに加え、このクレリックもいかがでしょうか?

 重厚な胸元から覗かせる純白のカラー...その身頃は紺のストライプ! 」


「なんと心憎い提案か...頂こう! 加えて、そのポケットチーフも頼む。」


―彼の熱を帯びた視線が、棚に置かれた純白のシルクを射貫く。


「おぉ、これに目を付けられますか...これは東洋から取り寄せたシルクを当工房の職人が丹念に織り上げたもの...重厚な鎧に、一輪の花を添えたいと!」


「是非頂こう!  いみじうよし!  麿は仮縫いの時点で気づいていた...()れ、逸品なり!」


「ではこちらへ、サー...至福の"試着"の時間でございます。」


―二人の男は、鏡の置かれた試着室へと吸い込まれるように消えていった...




..........





この重厚な重なり...


冬の寒さも厳しくなってきたし、公園暮らしに最適だ!


―仕立て屋を後にした彼...


 だが、未だその興奮は冷めていなかった。


「この防風、防寒性...真冬前に手に入れられて良かった。」


もう木の上...枝葉のベッドじゃないと、眠れない体になってしまったからな。


あのオーク特有の力強い樹皮...


ゴツゴツとした武骨さがまた良い!


そして、それと一体化する様な感覚...


樹液が付くのは玉に瑕だけど、樹皮を背で受け止める時のあの快感と言ったら...!


くぅ...堪らん!


ローズの宿に泊めてもらっても、気付いたら木の上なわけだ。


うん。



「そこに、さっき買った白の中折れ帽も合わせれば...あな、いとをかし! って...ん?」


―冗漫に語っていた彼だったが、目にした光景に言葉を止める。


「ローズ、これは...?」


「あぁ、フレッド(あなた)...」


官帽に葉巻きのストームコート集団...


路肩には、4ドアの流線型蒸気自動車...


しかも、ケースを持ってローズの宿から...?


「ローズ、彼らは...?」


「その...外は寒いわ。

 取り敢えず中で、お話しましょう?」


「え? あぁ...そうだね...」


―彼女に手を引かれるまま、彼は建物へと入る。


 だが、その中に広がっていた雑貨の山は見当たらず、代わりに10箱ほどのスーツケースのみが佇んでいた。


 しかしそれらも革手袋に掴まれ、ついには1箱になってしまった。


「えっと、その...まず彼らは大丈夫よ。

 お父様から派遣されて来たエージェントだから。」


「お父様...? 派遣されて...?」


「ちょっと前、私がお父様宛に手紙を書いたじゃない?」


「うん、そうだね... ん? まさか...」


「今日、その返事が返って来たの。」


「そろそろ帰って来い、って?」


「えぇ...何でも"新しい鉄道路線が開通するから、その祝賀会のために帰って来い"って...」


「いつエールに...戻って...来る予定なの?」


「それは、分からないわ。 すぐ帰って来れるかも知れないし、ずっとかも知れない....」


「.........」


「それでね、その...!」


―その言葉に、今までの重苦しい空気が変わった。


「私と...一緒に来てくれない?」


―どこか恥じらう様な...そしてまた、焦りの込められた声が響く。


 しかし彼がすぐに返答することはなかった。


 その場は再びの沈黙に染められる。



「......僕にも生活の基盤があるんだ。 そう簡単には移れないよ。」


「そんな...いいえ、あなたも忙しいものね...ごめんなさい、突然こんな話しちゃ...「でも!」」


「へ?」


「でも、少し考えさせて欲しい...」


―彼の言葉には"いつにない"熱が込められていた。


「あなた....」


「出立は、今日? 明日?」


「ちょっと待って、お父様から切符をもらってるから...」


―彼女はバッグを物色し、目的を探し当てるとテーブルの上にそっと置いた。


(明日の9時丁度...エール中央駅、至フルクハイムの汽車...5番ホームか。)



「分かった、ありがとう...」


駄目だな、暗い雰囲気にしてしまった...


「もう、昼とは呼べない時間だし...間食はどう?」


「え? 間食?」


「何か作るよ。 何が食べたい?」


「うーん...じゃあ、"シュネーバル"と言ったかしら? それが良いわ。」


「ハハッ、それだと結構時間が掛かるよ。」


「良いじゃない、その方がゆっくりと居られるもの。」


「ああ...ところで調理器具はどこかな?」


「もうレストランとかで済ますつもりだったからパッキングしちゃったけど、今残ってるものに入ってるわ。

 あっ、私の下着見ないでよ?」


「調理器具と下着を一緒に入れるかな...?

 そもそも洗濯だって僕がやってきたじゃないか?」


そこにインセンティブなど存在しない。


ユティル換算したら圧倒的マイナスだ。


僕がローズに関して興味あるのはヒトであって、モノではないからだ。



「もぉ...それはそれ、これはこれよ!!」


「無給で家事全般を押し付けられる身にもなってくれ...僕はローズの通い(づま)か何かか?」


「失礼ね...朝はちゃんとやってるじゃない。」


「シーツを蹴飛ばして、ネグリジェ姿で僕が買ってきたパンやハムを食い散らかし、且つ洗い物は残す...どこの誰だろうなぁ?」


「うぐッ!」


「でも薔薇の様に力強くも可憐で、スギの如く実直な人...僕はその人のことを大切に(おも)ってるよ。」


「あなた...!! ふふっ、勘違いしちゃう乙女も出てきそうな殺し文句ね。」


「それは、お褒めに預かり光栄だね。」


「ねぇ、あなた? 私、ちょっと寒いの...」


「それは今すぐ温めないとね。」


「ええ、今すぐ温めて欲しいわね...お願い出来て、エルフの紳士様?」


「貴女がそうおっしゃるなら...」


―彼女は彼の腰に腕を回し、ラペルのVゾーン...その先のネクタイを乱し、シャツの身頃へと額を擦りつける。


 彼女の指が仕立てたばかりのラペルを強く握りしめ、せっかくのプレスが形を崩す。


だが、今の彼にはそれがどうでも良いことに思えた。


 完璧なシルエットのジャケットを纏い、紳士の原点に立ち返ったはずの彼はその実、ただ野に咲く1輪の薔薇に惑わされる1人の男に過ぎなかった。


 彼は一切の抵抗をせず、ただ受け入れるのみである。


「あなたの胸板...エルフなのに結構分厚いわよね。

 それに良い香りがする。」


「本物の薔薇みたいな香りで、ずっと抱きしめていたい...

 それにローズだって逞しい体じゃないか?」


「あら、失礼なお人ね?」


「それは済まないね、ローズマリア...」


「いいえ、それで良いのよアルフレッド。

 そのままのあなたが良いの...」


「純白のコードや教会にミサ...いつか一緒に見よう?」


「ええ、腕を組んで見ましょう。」




―甘い香りが部屋に漂う。


 だが、それでも冬の足音に部屋の冷たさは消えない。


 刻一刻と水瓶(実家)は準備されているのだった...

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