6.約束
まだ浅い眠りの底から、ふいに意識が引き上げられた。
部屋に朝日が差し込んでいるが、まだ瞼が重い。
寝返りを打ち、このまま二度寝に落ちようとした、その時。
――コンコン。
遠慮がちに響いたノックの音。
「……ルーク、起きてる?」
扉越しに聞こえた小さな声に、一気に覚醒した。
ダリアだ。
「い、今行き――行く!」
ベッドから跳ね起き、一瞬鏡を見てぼさぼさの焦茶の髪をとく。
10秒のロス。
慌てて扉へ向かおうとして、
「いっ…………!」
テーブルの足にがつんと躓く痛みに跳ねながら扉へ向かい、開ける前に息を整えた。
「――おはよう」
何事もなかったように扉を開けると、ダリアと、その一歩後ろにメルティが控えていた。
「ルーク、おはよう」
昨日の夜更かしを感じさせない、ダリアの柔らかい表情。
起きた時、時計は7時を指していた。
メルティがいるため余計なことは言わないが、ダリアと別れてからまだ4時間しか経っていない。
着替え、髪のセット等様々なことを考えると、ほぼ眠れていないだろう。
それなのに、まったく眠そうな様子がない。
俺の表情を見て、何かを察したらしいダリアが一瞬申し訳なさそうに目を細める。
「ごめんなさい。まだ眠たかった?」
「いや、大丈夫だよ」
「だって、隈ができてる。もしかして、貴方も眠れなかった?」
「そんなことない。わりとすぐ――」
否定しようとして、ふと引っかかる。
貴方も?
「……ダリアは、眠れなかった?」
「え? わたしは平――」
「だって、さっき『貴方も』って」
「あ」
俺の言葉に、ダリアの視線がわずかに泳ぐ。
言おうか迷うように引き結ばれた唇は、ようやく観念したように開いた。
「あの……実はわたし、この城に来てから眠れてないの」
「え……。ずっと?」
「そう」
「7日間も?」
「ええ」
「っどうしてそれを早く言わないんだ」
思わず荒くなった声に、ダリアは首を横に振る。
「眠れてないけど、それだけなの。
疲れとかもなくて……えっと、面白いでしょ?」
「どこが面白いんだよ!」
胸の奥が、小さく軋む。
眠れない夜。
まして、こんなところで。攫われた身で。不安にならないわけがない。
「何度も言うけど、ここは魔王城だぞ。
魔族はマイナスの気を喰う。
疲れはない気がしてるだけで、代わりに何か奪われているかもしれない。
ダリア、やっぱりもう帰った方が――」
「大丈夫だから!
ね、今日はメルティがクッキーパンを作ってくれたのよ。
朝ごはんに行きましょ。」
「あ、ちょっ……」
着いてきて、と廊下を走っていく背中を慌てて追う。
さっきの話が本当なら、面白いで済ますには軽すぎた。
実害は出ていないようだが、分からないところで何か起きているかもしれない。
魔王は魔族の長という。
疲れはない、というのが引っかかるが、本人も気づかない内に精神力を吸い取り、体力さえ奪って、絞り取るように殺していくつもりかもしれない。
眠れない夜はどれだけ長く、孤独だろうか。
「……そうか」
ふと、思いあたる。
だから彼女は、昨夜俺の部屋に来たのかもしれない。
いつ帰ってくるかもしれない魔王。
不眠の呪い。
夜は長い。襲ってくる恐怖を、紛らわしたかったのかもしれない。
「――ルーク様」
「ひい!」
突然隣からかけられた声に、変な声が出た。
俺は声の主へ視線を移す。
メルティの目が、呆れたように「静かにしてください」と言っていた。
「っ」
俺のせいじゃない。
昨日といい、メルティは気配を消すのが異常に上手すぎるのだ。
魔力量を測れるわ、魔族がうじゃうじゃいる外にも出入りするわ、計り知れないメルティのポテンシャルに脅威を感じる。
「な、なんだよ」
「ちょっと……」
「何」
ダリアにはあまり聞かれたくないらしい。
メルティに合わせて立ち止まると、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「さっきの件、ダリア様はああ仰っておられますが、やはり眠れないのはお辛いようなのです」
「まあ、そりゃあな。急に七日も眠れなかったら、戸惑うに決まってる」
「………そう、ですよね」
メルティが考え込むように、下を向く。
その様子だと、メルティは問題なく眠れているのだろう。
そもそも、なんの対策もなく魔王城で寝ること自体恐怖だと思うが、そんな様子もない。
城内にはわずかな邪気があるものの、雰囲気は宮殿や高級宿のようだから致し方ないのかもしれない。
「俺もお前も寝れてるなら、城の作用ってことはなさそうだよな。
ダリア自身に、魔王が呪いをかけてるっていう線が濃いとは思うけど……」
「呪い……ですか」
メルティがショックを受けた顔をする。
不在の魔王。
しかし、呪いの力でじわじわ殺すつもりだとしたら、やはり不在だとしても油断できない。
ダリアが魔王に攫われたと聞いた時、正直信じられなかった。
魔族は魔力量のない者に興味は示さない。
以前、資料ではダリアは魔法が使えないと書いてあった。
なら、どうして。
そもそも、魔王がダリアを攫った訳さえ分からない。魔王の考えなんて知る由もないが。
「とにかく、できるところから少し調べてみないとな」
メルティに声をかけ、俺は離れたダリアの背を――追おうとしたら、首根っこを掴まれた。
「話はまだあります」
「……え?」
表情を一つも逃さんとばかりの、紫の瞳。
固唾を飲み、思わず身構える。
「な、何」
「ここに来てから、ダリア様は毎晩わたしをカードゲームに誘ってくれていました。
少しの時間ではあれ、わたしはその時間を大切にしていた。
けれど、昨夜はお声がかからなかった。あなた、何かご存知ですか?」
ひく、と頬が引きつった。
流れそうになった冷汗をなんとか止めた自分をほめてあげたい。
「さあ。ダリアの部屋に行ってみたりしなかったのか?」
「……行っては、みたのですが……」
含みのある言い方だった。
信頼関係があるとはいえ、ダリアは公爵令嬢でメルティは侍女。呼ばれてもないのにダリアの部屋を開けるのは無理なのだろう。
「まあ、知らないならいいのです」
と言いながら、完全に俺を疑っている瞳。
居たたまれず、つい口が開く。
「俺を疑ってたなら、俺の部屋に来てみれば良かっただろ」
「馬鹿なのですか。
あなたは仮にもダリア様の婚約者。そんな人の部屋に、夜行けるわけないでしょう」
「普通ならな。
けど、お前ってダリアがいなきゃ真っ先に俺の部屋に来そうじゃん」
低く返すと、メルティはぎろりと俺を見る。
「……本当は、どれだけそうしたかったか。
我慢して差し上げたわたしをほめていただきたいです」
ぴり、と張りつめた空気。
本当は全部知っていて責められているのではないかと錯覚する。
しかし、ダリアが長年一緒にいるメルティではなく、俺を選んで昨夜来てくれたのだと思うと、つい口が緩んだ
「二人とも早く! 何してるの?」
いつの間にかダリアと距離がかなり開いてしまっていたらしい。
「申し訳ありません」
ダリアの手招きに誘われたメルティが、走り去る。
その間際。
「ルーク様。
――あなたとダリア様の距離が急に近くなったわけも、後でしっかり聞かせてくださいね」
「あ……」
ため口と呼び捨てのことを言っているのだろう。
やっぱりメルティの前では様付け敬語でいくんだったか。
けれど、そうしたらダリアが怒りそうだ。
どちらにせよ、叱られることを避けられない未来に苦笑する。
「………ですよね」
この城が、居心地がいい場所だけでは済まないことを、俺は少しずつ思い知らされていた。
次回2/23投稿予定です。
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