2
「……最近、おかしくないか」
ここ1ヶ月ほど、部下のドロシーの様子が少し変だ。
いや、元々変な奴ではあるが、なんだかこう……、嫌な違和感がある。
メイド副長フリアは、次の仕事に向かって去って行くドロシーの背を視線で追いながら、首を傾げた。
ドロシーは、この屋敷にいる8人のメイドの中で、5番目に長い。
真面目な仕事ぶりで、持ち前の明るさとひたむきさもあり、今ではメイド長・メイド副長と共に1班として最前線で公爵様や公爵令息様にお仕えしていた。
「あいつ、あんなに神経質だったか?」
元々仕事は丁寧だったが、今は丁寧というより、神経質だ。時間がかかり過ぎている。
本人に伝えても困ったように「すみません、気をつけます」と言うばかりだ。当人が一番戸惑っているということが手に取るように分かるから、フリアもそれ以上何も言えずにいる。
それに、話しかけられると元気に振る舞うが、元気に振る舞うのも疲れるのか、一人で行動したがることが多くなった。なんだかとても疲れていそうだ、とフリアは心配になった。
隣にいたメイド長ジェーンも、すぐに「調子が悪いんだわ」と強く頷いた。
「1回話を聞くか」
「そうね」
こうして、2人はその日のうちにドロシーを呼び、解雇になるかも、という話を聞くことになったのである。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「か、解雇~~~~~?」
「それは、本当に聞き間違いじゃないのね、ドーリー」
ドロシーは項垂れながら小さく頷いた。
「もう……思い当たる節が多すぎて……何が原因か分からなくなっちゃって……」
原因を考えているうちに、どんどんドツボに嵌まっていき、部屋の隅の埃まで気になるようになってしまったらしい。
「ごめんね、ドーリー。リザルト様のお部屋で仕事するの辛かったでしょう」
「いえ……、それが、ご主人様、ここのところ沢山話しかけて下さるんです。多分、もうすぐ辞める私への優しさだと思うんですけど。ご主人様と話している間は、私もつい楽しくなっちゃって。それを励みに、今頑張れているんです」
「そうなの……」
ドロシーが元々❤ご主人様BIG LOVE❤であることは、この屋敷にいるメイドは全員が知っている。確かに、ドロシーが公爵令息様に話しかけられ、無条件に嬉しくなってしまうことについては、想像に難くなかった。
「仕事に支障を来していて申し訳ありません」
「いや、元気のない原因が分かって良かった。しかし……」
ドロシーの聞き間違いではなかろうか。
確かにそそっかしいところはあるが、解雇されるようなことはなかったはずだ。
フリアは足を組み、頬杖をついた。
メイドとして完全にアウトな姿勢だが、面倒事を考えるとき、無意識にやってしまう。
(解雇か……仕事が原因ではないとすれば)
ドロシーが無意識にやったことが、偶然リザルト様の気に障ったのか。
あるいは……。
フリアとジェーンは目を合わせた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ドロシーを先に帰し、フリアとジェーンは「ふぅ……」と息を吐いた。
「ジェーン、私は分かってしまったよ」
「フリア、私もよ」
「答え合わせしようか」
長年可愛がってきた娘を嫁に出すような気持ちだった。
無事答えを一致させて二人は笑った。
「元々怪しかったもんな、ご主人様。優しいのは認めるけど、ドロシーに好き勝手させすぎで。普通はああはならん。まあ、本人達がそれで幸せならいいんだけど。とりあえず、これからドロシーをどうフォローするかだな」
「平気よ。私が『遠回しなアプローチをしていないで、さっさと告りなさい』ってリザルト様に言っておくわ」
「メイド長の権力こっわ……」
「寂しくなるわ……。新しいメイド雇う準備しなくちゃ」
公爵令息様から色とりどりのガーベラの花を12本受け取り、ドロシーが解雇の真意を知ったのは、それからすぐのことだった。