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8.お館さま

8.お館さま


 今日もおとなしく嫁入り道具の王子マントに刺繍をしていたエイプリルの私室に ノックが3回届いた。

「お館さまよりメッセージでございます」

「ロイか、入りなさい」

「次姫さま、エルさま、お館さまが、執務室へおふたりで来るようにとの仰せです」

 エルがエイプリルを見て、確認する。

「今ですか」

「そのように」


「来たか」

「父上、エルも一緒ですか?」

「そうだ。そこへ座りなさい」

 エイプリルは執務室左寄りのソファに腰を下ろしエルは背後に立つ。伯爵はその正面に座った。

 同室していた執事がタイミングを読んで扉を開けると、お茶の用意を整えたカートを押して、アニーが入室してきた。 ティーカップを並べ退出しようとすると執事が手まねで制し、アニーは執事とともに壁際に立って待機することになった。


「姫よ、メリーアンより話は聞いたな」

「はい、媚薬とその効果、なぜ市井に普及してはならないかご説明がありました」

「うむ。では、ジョーイについて説明しよう」

 伯爵は娘にというよりも、部下にするように淡々と経緯を説明した。エイプリルと護衛たちの理解と大きな食い違いはない。


「この度のそなたたちは、知らぬこととはいえ立派な功績をあげた」

「父上、ありがとうございます」

「褒美を与える。アニーをそなた専属の小間使いとする」

「え?」

 伯爵はとても珍しいことだが、娘にほほえみを見せた。いかついカイザー髭の顔が、ほほえむととても和らぐことをエイプリルは久しぶりに思い出した。

 アニーは痙攣をおこしそうな顔で執事を見上げたが、執事は頷くだけだった。


 執事がゆっくりとエイプリルに近寄り、伯爵の立場では言えないことを説明した。

「次姫さま、アニーを王都にお連れになってよい、ということでございます」

 エイプリルは頷いて執事に理解を伝えた。


「父上、感謝いたします」

「うむ。 エルよ」

「はい」

 エルはビクッとしないために全力を出した。直接話しかけられるなど何年ぶりだろう。エイプリルの侍女に任じられた時以来ではないだろうか。

「この度はご苦労であった。この先も姫の守りを固くせよ。配下の者、3人の騎士には別に報酬を与える。よくやった」

「ありがたき仰せにございます」

「おまえにはこれを与える」


 執事から銀盆にのせて差し出されたビロード張りの箱を開けると、同じ意匠の金の鎖が2本輝いていた。え?っと、思わずお館さまの顔を直視してしまった。

 お館さまは知らんふりをしていたけれども、それはエルと連れ合いの為であることは明らかだった。エルは、ただ黙って頭を下げた。


 次の朝駆けの日、エイプリルは4人の護衛に説明して、朗らかな笑い声をあげた。

 エイプリルは、父が単なる旅行記の、しかも酔っ払いの喧嘩部分を読んでくれたことがうれしかった。そして、そのなかから人相書きを見つけ出したことに感心させられた。上に立つ者はこうなのだと学習したといってもいい。

 伯爵からすれば、エイプリルが戦姫メリーアンの血を濃く引いており、優秀な遊撃隊を率いる指揮官であることが重要だった。さらに姫が、何を見て何を知ったかということは、未来の王子妃を養育している立場からは軽く見ることはできない、ということなのだった。



 もし、伯爵が娘のレポートの中からジョーイを見つけ出すことができなかったら、エイプリルはどうしただろうか?

 エイプリルはおそらく何もしなかっただろう。治世に口出ししない姫という立場を守ることは、要注意程度に回された人相書きの男の情報よりもはるかに重い。ただ、そうなればエルが伯爵の諜報担当者に耳打ちすることになっただろう。それは、伯爵にとってあまり名誉なこととは言えない。だからこそ、エイプリルは「めったにないほどのご機嫌」だったのだ。


サリア城下の花まつりはここまでです。エイプリルと辺境伯家、守護騎士たちの紹介部分でもありました。

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