15.奇襲
夜に入り、姫隊は砦の地下室でトンネルへの結界を解き、広間へ向かっていた。およそ半ばまで来たあたりでエイプリルが馬を降りて、ジョットレイを呼んだ。
「ここに、結界の魔晶具を置いておきます。
ひとりで逃げることになったら、ここでこれを作動させなさい。
追ってくるものを一時止めてくれます。稼いだ時間でトンネルを埋めるのです」
「了解しました」
ジョットレイは静かに頷いた。
広間への入り口は、結界で塞がれ、結界には広間側から目くらましが掛けてある。トンネル側からは広間が見える。
広間には、軽装騎兵が2列に並んでいた。工兵隊がフィエール側の出口を塞いだ最後の石垣を崩して道を開くのを待っているのだ。予想通り数は30ほど、列の左側の兵が左手袋を外して魔晶石を握っている。
エイプリルが直前のブリーフィングを始める。
「結界を解いたら、録音の魔晶具を放り込みます。ひどい音が響くので、すぐに防音の結界を張ります。エル、いいですね」
「はい」
「音は一瞬です。馬が棹立ちになって列が乱れますから、その隙に外に出ます。
キャメロン、ミカエル、左です。ラドクリフ、シュリ右です」
4人が頷く。ミカエルとシュリは緊張で顔が白っぽくなっている。
「視線遮断を掛けますから、手を繋ぎなさい。
トンネルまで行ったら、後は結界を張って守るだけです。中はわたくしに任せなさい」
「ジョットレイ、7人が外に出たら、すぐに結界を展開。
外からエルが目くらましを掛けます。中からは見えますが、何を見ても動揺しない。
絶対に結界を解かない、いいですね。
終わったら、エルが解除の合図をします。それまで待つのです」
「はい。武運をお祈りします」
エルが珍しく口を出した。ジョットレイの乳母だったのだから、気持ちは手に取るようにわかる。
「ジョリー、心配しなくていいの、見ればすぐにわかる、姫隊が奇襲を失敗することなんてない」
「エル」
「マイ・レイディ、これだけは。待たされる者が一番つらいのです」
「そうね。ジョットレイ、待つことを最初に学ぶことができて幸運だったと思えるようになりなさい」
「母上、その未来をお見せしたいです。必ずお帰りください」
「もちろん帰るわよ」
エイプリルはジョットレイを軽く抱き寄せたが、息子の方が背が高くなっているので抱き着くように見えた。
エイプリルとコーエンが先頭に立ち、後ろ右手にラドクリフとシュリ、左手にキャメロンとミカエルが手を繋いで準備を整えた。エルが結界ギリギリで準備する。
「ラドクリフ組とキャメロン組、視線遮断」
4人が魔晶具を握る。フイと姿が消える。
「エル、結界解除」
結界が解除されて、エイプリルとコーエンが録音の魔晶具を投げる。すぐに音声遮断の結界が張られる。
広間に並んでいた馬が、轟音に驚いて棹立ちになる。音声が遮断されているので、無音の映画を見るようだ。
「エル、結界解除、ラドクリフ、キャメロン、行きなさい」
視線遮断を掛けたら声を出さないのが普通なので、4人は黙って持ち場へ向かった。
「ジョットレイ、すぐに結界を立ちあげなさい。
出ます」
ラドクリフ組がガリエル側トンネルに着いた時には、トンネル側の馬は驚いてガリエル側に向きを変えて逃げようとしており、邪魔するものはなく直ちに結界を立ち上げさせた。
キャメロン組の方は少し苦戦した。ミカエルの手を引き、壁沿いをフィエール側トンネルに向かうが、馬はフィエール側に頭を向けて整列していたので、暴れる馬が前進して来て何度か前を遮られる。ラドクリフ組に遅れてたどり着き、広間側の馬がトンネル内に逃げ込もうとするのを押さえる兵を見ながら、ちょうど馬がトンネルの前を横にふさいだタイミングで走り出て結界を発動することができた。
役に立たなかったミカエルが気落ちするのは目に見えていたので、「防御を掛けたら魔晶具の前に座って動くな」と命じて、座るミカエルの真ん前で双剣を構えた。
広間へエイプリル、コーエン、エルが飛び出す。ジョットレイが結界を立ち上げ、エルが一瞬立ち止まって、結界前に壁の色と同じ目くらましを、自分に視線遮断を掛ける。
エイプリルは最初から、睡眠を撃ち続けた。エイプリルの魔法の指向性は極上で、ピンポイントで次々に兵の顔面に睡眠を打ち込み、まだ馬を制御できていた騎兵も次々と落馬していく。
コーエンは、エイプリルの傍から離れず、近寄る馬の脚に剣を当て怯ませ、上から来る剣を受けて逸らし、指揮官の防御に徹した。
エイプリルが戦端を開いたので、ラドクリフとキャメロンも視線遮断を解除し、シュリとミカエルの前から一歩も動かず、馬の首を浅く斬って怯ませた。
轟音と暴れる馬の制御でまともに戦える兵はいない。まだ馬に乗っている兵が近づくと、太股に剣を突きこんだ。これで馬の制御はできなくなる。
エルは視線遮断を解除しないまま、乗り手を振り落とした馬に飛びついて乗り、他の馬に近付いては睡眠の魔晶石を押し付けた。すべての馬と乗り手が昏倒するまでに、さほど時間はかからなかった。
「終了!」
エイプリルの声が響いた。
「エル、結界解除、ブローで空気を送りなさい、息が詰まる」
エルは返事をする余裕もなく視線遮断を解除、馬に乗ったままジョットレイの張る結界に接近、合図をして結界を解除させた。瞬間、新鮮な空気に晒されて咳き込む。エルの運動量が一番多かった、よく持ったものだ。
「ジョリー、ブロー」
と、何とか声を出した。




