4.皇都アッセシオン
ガリエル皇国のオリジンは、大陸北西部、山岳地帯にある。六部族から成る氏族で、ガリエル山系に分散して住む高地民族だった。
160年ほど前、六部族を束ねる強力な氏族長が出た。名をアッカイード。
非常に好奇心の強い人物で、少年の頃から自分の部族の少年たちをまとめて、他の部族を訪ねたり、山を下りて平地を見に行ったりしていた。
ある年、急に気温が上がり、雪が十分に降らず家畜に疫病が生じた。その年は備蓄で凌いだが、口減らしが行われて、部族長たちに厭世観が忍び寄った。次の年は平常に戻ったものの、家畜の数も、人の数も急には戻らなかった。そして次の冬、また気温が下がらなかった。
六部族会議が招集され、部族長の息子だったアッカイードが100年ぶりの氏族長に選出された。
アッカイードは、自分の側近となった少年時代からの取り巻きを中心として、各部族から馬の数だけの青年を選んで、初冬の山を下りた。
アッカイードは最初、平地に農地を求め、植民するつもりでいたようだった。この先も気温が上がるようならば、その時に備えて平地に農耕地を拓き、そこに六部族から平地で暮らせる力を持った民を集めて新しい部族を作り、高地と平地で補い合って年を送ろうと志したようだった。
しかし、平地民は、山岳民を歓迎しなかった。土地は余っていて、人口も決して多くないのに、食料に窮している山岳民を助けるわけでもなく、事情を知っても追い払うばかりだった。農耕民族と牧畜民族の間には、何か越えがたい心理的な壁でもあるのだろうか、うまく調整してくれる人物も現れないまま、アッカイードと青年たちは追い払われ続けた。
春、山に帰れるだけ雪が消えた頃、アッカイードはひとつの村落を襲撃した。村人を全員拘束して少し離れた草原に穴を掘らせると、取り囲んで矢を射かけ全員を殺害した。その後穴にすべての死骸を埋め、上を均して跡を消した。
村に戻り、住居を探して食料を集め、静かに立ち去り山に帰った。
冬に出産した家畜が落ち着き、再び放牧されると次の冬のことで再び六部族会議が招集された。アッカイードは六部族民に対して、できるだけ多くの者が平地に降りるよう命じた。
先遣隊を出して春に殲滅した村を確保した。土木工事を行って村を拡張し、次々と部族民を受け入れていった。家畜を殺してその冬の食料に変え、山が雪に覆われるまでにおよそ半数の民が山を下りた。
牧畜民にとって農耕はさほど馴染みのあるものではなかったが、春からは農耕が行われ、なんとか定住できそうだったが、それは許されなかった。まず近隣の村々から、最後には領主から襲撃を受けたのは、ある意味当然のことだっただろう。全滅させられた村の人々にも血縁の者たちがいたのだから。
小競り合いで終わらず、本格的な戦闘になって、アッカイードたちは自分たちが非常に強いことに気が付いた。体が強く、弓が正確で、騎馬に長け、野外生活に慣れていた。1対1で引けをとることはなく、遠距離戦では弓が物を言う。百戦百勝、破竹の勢いで村々を制圧し、制圧した村から男を徴収して物資を運搬させ、少年を訓練して騎馬兵とした。
じりじりと兵を増やし、15年ほどで城塞都市を制圧する兵力を育てた。そのあとは蹂躙し放題だった。
結局最後はルースカリエ帝国に攻め入ったが、その時の兵力は山岳地帯と帝国の間のすべての都市と村から集めて育てた数万の兵力となっていた。全軍を指揮するアッカイードは、遠くから見ても異彩を放っていた。
一度ついた勢いはとどまることを知らず、大規模魔法による大量の死者を出しながらも帝都の二重城壁を破り、たったひとり末の帝姫を残して、皇帝家のすべてのメンバーを殺戮した。
皇都を制圧した後も、軍は留まることを知らなかった。ルビエ河とアルジェンタム河の間の土地を南下、ルーレ湖畔の美しい街や村を壊滅させ、さらにオームル河沿いにアルジェンタム河とオームル河の合流地点まで村も都市も蹂躙し尽くした。
一部はルビエ河を渡り、東のドナティエール城を攻めたが、領民の半数以上にフィエール平原に逃げられ、騎馬兵の大半は王弟妃に城ごと爆砕された。
また、オームル河沿いに南下した軍の一部がアルジェンタム河沿いに北上して、王都の東にある皇太子領を攻めたが、滝の半ばの岩棚に築かれた滝の城は難攻不落だった。力押しで制圧することも不可能ではないとも思われたが、アッカイードから制止が掛った。水道橋のためだ。
皇太子は、最初この水道橋を破壊することを考えた。
しかし、彼にはできなかった。ガリエルよりも王都民を苦しめ、死に至らしめることは明らかだったからだ。
死都となった帝都を取り戻しても「帰った」ことにはならない。父皇帝の最後の命令は「事態が収まるまで帰ってはならぬ」だったのだ。「事態が収ま」ったら、王都に帰らねばならない。
皇帝は死し、ルースカリエ第44代皇帝、ギボン5世となった彼には、決してできないことだった。
同様に、アッカイードにも水道橋を破壊することはできず、皇太子が破壊するかもしれないと思うと、皇太子領を攻めることも又できなかった。手に入れた1000年帝国の帝都を死都と変えるよりも、皇太子、いや、名ばかりの皇帝を小さな領に押し込めて水の番をさせるほうが良かった。
わずか13歳の身代わり帝姫を皇妃に据え、アッカイードはガリエル皇国を建てた。
帝都の名をアッセシオンと改め、六部族を上位貴族に据えて帝国の城塞都市を割り当てた。
皇妃は形式上のものではあっても、ルースカリエ帝国の血筋を吸収したという形は必要だったから、男子を得るまで皇妃の役目は終わらなかった。
カンディステラ姫の乳姉妹は、自分が身代わりと知られ、姫の行方を探られることを恐れ、従順に皇妃の役目をこなした。身代わりであることを知る、ごく身近な侍女たちは全員殺害されていたから、最後まで明かされることはなかった。
乳姉妹はその名を知られることもなく、皇妃として死んだ。
アッカイードの後は身代わり皇妃の産んだ男子が継ぎ、この時ガリエル皇国は四代目。若い皇帝は皇都の衰退を憂いていた。
「のう、皇都の民はずいぶん減ったのではないか」
公国と王国の15年に及ぶ移民作戦は、ガリエルのおざなりな対抗手段を楽にかいくぐり、有効に働いていた。
「はい、そのようにございます」
「どこに行っておる」
「は、真に申し上げにくいことにございますが」
「かまわぬ」
「ベニステラ公国とのことでございます」
「滝の城か」
「はい。
東の港から船でドナティエールへ移動しております様子」
「船」
「はい。滝の城に入った者は滝の下の洞穴を抜け、運河を通って港に至ります。アルジェンタム河を渡る者もおりますとか」
「あの大河を渡るのか」
「はい、公国の者が迎えに来るとやら。
東の港からは船で南を大きく回り込み、中継の町を経て、ドナティエールのフィエール領、馬蹄湾に移動しております。
川船でアルジェンタム河を下り、デルタで救助される者もおりますとか」
ガリエルは、侵略する国についての事前情報収集を怠り、その結果占領手法を誤り、統治が落ち着いてからも占領した国の文化を蔑み、帝国が育ててきた特殊な魔法についておざなりな調査しかしなかった。
市民も、中級以上の魔法を使う者たちは王都で教育を受けて故郷に帰るから、横暴なガリエル民に反発して積極的に移民していった。
物理に頼り切った力攻めの侵略は、その時はうまくいっても統治に入った時に失政する。
南から徐々に民が減り、原因を調べると大量の逃亡者が出ていた。城塞都市を任された統治者たちは旧帝国民に対して横暴で、城塞都市から逃げ出す者は多かった。そこへベニステラから支援が出るようになった。
少数であるだけでなく、融和的な支配制度を選択しなかったガリエル上位貴族は、150年たっても魔法を十分理解していなかった。せいぜい竈に火を入れるとか、風呂に入る代わりに体を清める、簡単なケガを直す程度の、自分たちでも練習すれば使えるようになる生活魔法、便利以上のことはできないと思っていた。帝都攻略の時に大規模魔法で大量の死者を出したのに、その使い手は全部潰したことになっていた。視線遮断、重力制御、睡眠などの中位以上の魔法については理解が十分でないから、逃亡を阻止することができなかった。
間諜を紛れ込ませ移民船の航路を辿ると、アルジェンタム河の河口沖合を横切ることがわかった。アルジェンタム河を下って河口沖で移民船を捕獲しようとしたが、移民船に必ず乗るようになった風使いに押し戻された。
河口から西に進んで、中継地を襲って潰そうとしたが、ここにも風使いがいて、はるか沖まで追い払われた。さすがに何度か絶好のタイミングで風が吹くのを見て、どうも妙な魔法があるらしい、と考える指揮官が出始めたが、帝都の焼き討ちで書籍の多くが失われ、手掛かりがなかった。
「最近まではこれほどではなかったように思う」
「さようにございます。調べによりますと、ドナティエールの第三王子がベニステラに行きましてより、移動が多くなりましてございます」
「なんと。ドナティエールの第三王子と言えば、父上から姉君の婿にと言うてやったに、厚かましくも断りおった、あの駄犬であるか」
「さようにございます」
「遠征軍を組織せよ。将軍を呼べ」
「御意」




