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16.エステルの侍女

 エイプリルとエルが、エステルを伴ったフィリップスを見たのは偶然だった。

 その日、エイプリルは竜騎士団訓練場でエルを相手に組手を行い、すっかり顔なじみになったメリー王女殿下の女性護衛騎士たちとも剣技を磨き合った。

 帰寮時間となって、護衛騎士の更衣室で着衣を改めていた。2階にあるその部屋から、目の下を学園の方に向かうオープンの軽馬車が見えた。


「フィリップスさまにございます」

「そうねぇ、笑っていらっしゃるわねぇ」

「お隣は、サマビル侯爵家のエステルさま」

「そうねぇ。

 ねえ、エル、エステルさまの侍女、あれ、見たことあるわ」

「え?」

「あのグレイのドレスをレモンイエローに変えて、白い被り物を被せてごらんなさい。肩のライン、手の組み方」

「え?マイ・レイディ、もしかして?」

「ええ、どう思う? 歩いているところを見れば、もっとはっきりするわ」

「アニーに見せましょう」

「そうね、ミリアムはもっと近くで見たし。急ぎましょう」


 姫君の移動というのは少々時間がかかる。

 結局その日は、エステルの侍女を確認することはできなかった。



 しばらく経ったある日、ミリアムは講義が終わった学寮の廊下で、フレデリックに話しかけているエステルを見つけた。エイプリルから話を聞いていたので、エステルの侍女を目の端にとらえた。

 ミリアムは迷わずエステルに近寄り、話しかけた。

「エステルさま、ごきげんよう」

「レイディ・カッサンドラ、ごきげんよう」

「わたくしの婚約者に何かご用でも?」

 家格が上の令嬢の婚約者に、第三者の立会いなしで話しかけているのだ。失礼を詫びる以外に言い訳はできないはずなのだが。

「わが母、サマビル侯爵夫人は、ご存じかと思いますがフィリップス殿下の乳母でございます。この度、殿下の補佐となられましたマールさま、ライフェルドさまと親しくお話ししたいと、ご都合をお伺いしておりました」


 これは、あり得るかも、とミリアムは思った。

 殿下の乳母が、殿下の初めての部下に会ってみたいと思うのはそれほど変なことではない。

 しかし。

 どこかの社交パーティーでもいいし、何だったらサマビル家で小人数の親しいパーティーを開いて、殿下とエイプリル、ミリアムとフレデリック、フローラとオーギュストを招いてもいい。というか、それが貴族として自然なやり方だ。


 不自然さを感じながらも、ミリアムは引き下がった。

「そうでしたのね、フレデリック、失礼しましたわ。

 エステルさま、侯爵夫人は殿下を思っておられる立派なご婦人でいらっしゃるのね」

「ありがとうございます」


 ミリアムは十分な淑女教育を受けた上位貴族で、興奮や緊張を態度に出すことはなかったが、エイプリルを見つけた時には不快さが表情に出てしまっていた。

「エイプリル」

 エイプリルにはミリアムからにじみ出る不安感と、侍女の落ち着きのなさがすぐに感じ取れた。

「ミリアム、わたくしの部屋で話しましょう」

「そうね、わかったわ」

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