9.宮廷舞踏会
フィエール伯爵家とカリス侯爵家の馬車列が王都へと進む。
時は刈穂月、1年にあまり寒暖の差がない恵まれた王都周辺でも、春撒き小麦の収穫が行われている。馬車列は麦穂の波や、リンゴ農園の赤い実を横に見ながら進み、王都城壁をくぐった。
伯爵家も侯爵家も国土防衛が第一の仕事だから、長く領地を空けることはできない。
到着した次の日には伯爵がエイプリルを伴って王宮に上がり、王家に挨拶した。
王家は、両陛下、王太子、同妃、メリー王女、夫君のケリー公、ジョージ王子、同妃、フィリップス王子が揃って迎えた。
伯爵家からは両陛下はじめ王家のメンバー全員に、防御魔法の魔晶石を組込んだマントや扇が贈られ、婚約者であるフィリップスには駿馬と馬具一式の目録が渡された。
王家からは、伯爵家から侯爵家への昇叙が、エイプリルには新しい侯爵紋の入った、2人乗りの軽馬車が贈られた。
「王子妃となった時には付け替えよ」
という言葉とともに、新しい王子妃紋の目録も添付されていた。
フィリップスからエイプリルには、ダイアのネックレスが贈られた。
エイプリルからフィリップスには、エイプリル渾身の王子マントが贈られたことは言うまでもない。ちなみに、エイプリルが王都へ出発してしまったので、最後は馬車に揺られてきた侍女と小間使いたちが宿泊した宿で必死に仕上げたのだった。
日を置かずに、宮廷舞踏会が開催された。
この日のためにデビュタントを待っていた、貴族の子女たちが宮廷の大広間に集まる。
デビュタントは、男子は白のシャツに家紋の入ったクラバット、その上から頸飾(首に掛ける勲章)を持つものはそれを着ける。ジャケットとパンツの形に決まりはないが、黒と決められている。
女子は白のドレスだ。袖丈は肩を覆うほど、丈は足首まで。ロンググローブをつけ、髪を結いあげる。
付き添いは、男子の場合は母、叔母、姉など、貴族女性。少なくともレイディと呼ばれる地位にいなくてはならない。女子は父、伯父、兄など。爵位を持つ者限定だ。付き添いの衣服については、男性は黒を着てはならず、女性は白を着てはならない。
爵位が下の者から順次入場し、入場時に名が呼ばれる。
「フィエール侯爵令嬢。エイプリル・ラ・フィエールさま」
広間が少しざわめいた。この日はまだ、フィエール家の昇叙を知らない貴族がいた。
両陛下と王家のメンバー全員が入場し、王の言葉とともにデビュタントの輪舞となった。
内側に今日初めて王宮舞踏会に参加した子息たちが輪を作り、外側に令嬢たちが輪を作る。お互いに手を取るが、この日は男子がふたり足らず、フィリップスとフレデリック・マールが内側の輪に入った。
宮廷舞踏会に初めて参加する初々しい姿を見れば、老練な貴族たちの胸にも若い日の甘いひと時がよみがえる。
決められた一連のステップを踏むと、令嬢をくるりと回らせて、ひとり先へと進ませる。次の令嬢の手を取り、軽く持ち上げる。令嬢は右手を預け、左手でスカート部分を少し持ち上げながら軽く膝を折る。そのあとなら相手に名を聞いてもいい。顔をあげて微笑みを交わし、手を取り合ってステップを踏む。
ダンスの最後に、お互いに礼をする。
付き添いが輪の中に迎えに入り、爵位の順に案内されて王家への挨拶が始まる。
最初は、特別扱いでフィリップスに手を取られたエイプリルだ。
静かに両陛下の前に進み、最上級の礼をする。王と王妃から祝福の言葉を受ければ、この日の最も大切な部分は終わる。
緊張から少し解放され、令嬢たちは脇に控えた侍従からサテンの布で作った花を受け取る。花にはピンが付いていて、衣服に付けられるようになっている。
この日までに婚約が調っている令嬢は、婚約者の胸に自分の手でこの花をつける。
エイプリルはフィリップスの左の胸にきちんと花をつけた。
婚約が調っていない令嬢は、付き添いの父や兄につけてもいいし、輪舞の相手に捧げてもいい。捧げられたら受け取るのが礼儀ではあるが、婚約が調っている場合には受けることができないから、その印に胸のポケットに婚約者が刺した刺繍のあるポケットチーフを差すのが習わしだ。
広間のあちこちで、頬を赤く染めたやりとりがあり、場が暖かい雰囲気に包まれる。
この後は付き添いの参加も許されて、ワルツ、カドリールと続いていくのだが、広間の隅で面白いことが起こった。両陛下への挨拶が続く中での小さな出来事だったので、気づかない人も多かった。
カリス侯爵家のマリエは、エイプリルのデビュタントを待って、この日一緒に王宮舞踏会に参加していた。付き添いは父侯爵だ。
マリエは、侯爵に連れられて挨拶を終えると、手にサテンの花を持ったまま父に話しかけた。カリス候は「え?」という顔つきをしたが、ぐっと口を結び笑い声を押さえたように見えた。すぐに唇が「いいよ」と形作られると、マリエは広間の壁際に目を走らせ、立ち会っている官吏の中からひとりの王宮高官を認めた。
よし、と一度手を握りしめて気合を入れると、高官に歩み寄り、手にした花を捧げた。
捧げられた方は驚くかと思われたのに、にこやかに花を受け取った。マリエが胸に付けることはなかったが、受け取った花を自分で胸に付けたのだった。
マリエが誰に花を捧げるかと、その姿を目で追っていたエイプリルの目は零れ落ちそうに見開らかれていた。思わず父の姿を探し、カリス候に囁かれて驚いている顔を見て、なんとか落ち着きを取り戻した。
マリエが花を捧げた相手は、エイプリルの兄、マクニール子爵だったのだ。
マクニール子爵は、何事もなかったように壁際に佇立していた。なかなか心臓は強いようだ。
エイプリルは頬を染めながら小走りで帰ってきたマリエの肩を抱き寄せて囁いた。
「後でたっぷり聞かせてもらうわよ、お・ね・え・さ・ま」
フィエール辺境伯家が、侯爵家に昇叙してしまいました。
しれっと、軽く、婚約破棄してもらえればいいのですが、なかなかそれができません。練りに練っているうちに・・・ 長姫が王弟妃で、二姫が王子妃になるのに、伯爵のままではどうも落ち着きが悪くて、こんなことに。
王子に貴族の姫との婚約を破棄させるのは本当に大変です~。




