「ああ。私が人生で最も頼りにした男が残していった書だ。偽りなど、何一つ無いだろうな」
新庄から色々受け取ったシドニーは、肩を落として明後日の方を向いていた。
その目は虚ろで生気は無く、疲れ果てている様子であった。
シドニーももう若くない。
そろそろ息子に領主の任を引き継ごうかという時に、これまでの人生でも類を見ない大きな仕事を任されたからである。
「父上。いったい如何なされたのです?」
そんなシドニーに呼び出された息子、彼の後継者は、シドニーの執務室に入ると不思議そうに声をかけた。
彼は机を挟みシドニーの対面に座り、父の話を待つ。
「王都で起きた事件は把握しているな?」
「……その絡みでしたか。資金も資材も街の規模以上に送りましたが、あの強欲な連中がまだ寄越せと言ってきましたか?」
「それなら、まだマシだったのだがな」
思念体ドラゴンに王都がボロボロにされた事で、国の威信が揺らいでいる。王都の復興は最優先で行われるべきという国王の言葉により、地方からは多くの人、金、物が徴発された。
予定外の出費を強いられた地方が面白いはずもない。原因が、守護精霊などという大層な名前を与えられた使い魔を強化しようとした末の暴走なのだから尚更だ。
その不満から一部では独立の動きも見えているほどで、シドニーもその息子も、部下を宥めるのに苦労している。
それを“まだマシ”と言ったシドニーに、息子は怪訝な顔をした。
ならば、何だというのだろうかと。
息子の気持ちが分かるシドニーは、一冊の本を机の上に置いた。
それは、新庄が対思念体用にとまとめた、各種技術について書いたものだ。最先端を飛び越えた、超技術をこちらの人間に分かるよう説明している、解説書である。
今の砂漠の国にとって、爆弾のような代物であった。
「父上。これは、ここに書かれている内容は、本当の事なのですか?」
「ああ。私が人生で最も頼りにした男が残していった書だ。偽りなど、何一つ無いだろうな」
これを使えば、これを思念体ではなく人に向ければ、国を盗る事も不可能ではない。息子はあまりの内容に、自分の足が震えるのがわかった。
座っていなければ、膝から崩れ落ちていたかもしれない。
「これが、国内では、ここともう一箇所に伝えられる。
王都に伝えるには時期が悪いと、そんな理由でな」
「王都に隠してしまう事も、難しくないと?」
「ああ。これを知られれば、また下の者が煩いであろうな」
そこに、さらなる追い打ち。
親子二人は、自分たちの背中に、何か途轍もなく重い物が載せられた気がした。
彼らは元々責任ある立場だったが、この重みは、これまでとは比べ物にならないほど重かった。
「これだから、賢者様は姿を隠したのですね」
「力ある者の責務をと、騒ぐ愚か者も世の中には多い。何もしないという選択を、怠惰や臆病とする阿呆もな。
注ぐ器も無く、酒瓶を傾けてどうしようと言うのか。中身が溢れることを気にしない連中は、足元など見ないのだろう」
考えの足りない子供に危ない物は渡さない。新庄の判断はそれだけなのだ。
ただ今回は、そんな子供に危ない物を渡すような状況だと、そう言われた気がした。
手にした物の危険性が分かるなら、現状の危うさも分かる。
領主とその後継者の二人は、新庄の置き土産に頭を抱えるのであった。




