「戦争。穏当に終わらようと手を貸したってのに恨まれるとか、ホント、ロクでもないっすね」
新庄は電車の知識を広める。
結は魔術の知識を広める。
二人の活動は地味で、大勢からは何をしているか分からない。
教え子たちにしかその活動が認知されない。
それで二人が満足しているので、評判は何も変わらない。
新庄は砂漠の国で水不足解消の手助けをした『オアシスの賢者』という、国の人気者だ。特に恩恵を受けたシドニーの町では信者のような者もいる。
ただ、未亡人たちを金銭的に保護しても、それ以上の事をせず、連れ子たちの父親を演じない事への不満がある。
王都では、先王の時代に襲撃された経験から、その後の戦争協力に感謝するより、恐怖し、恨む者もいる。
そして周辺国からは、当たり前の様に嫌われていた。
化粧品関連は毎年多額の貿易赤字を産み出しているし、攻め込んだところで返り討ちに遭う。それらはだいたい新庄が原因だ。
最近は暴走した国を相手にするとき、食料支援をしたので多少は感謝されたが、その貢献を知られていないので、世間の評判は悪いままだ。
新庄は都合のいい様に使われたくなくて、わざと評判をあげていない。
どちらかと言えば、他国には悪評が広まるように意図して動いていた。
それで自分が呪われている事に気が付いている。魔王になる条件を満たしつつある事に気が付いている。
だが、だからどうしようかと、取り立てて対策を持ち合わせていなかった。
「実行が可能である事と、実行したい事とは違うからね」
「結ちゃん、マジで新庄さんの事を心配してるんすよ。あんま、ワガママ言わねぇで欲しいんすけど」
「いや、名前の売り方が世界規模になると、さすがに難しいんだって。
国をいくつか絞って、そこに恩を売る形に持っていっても、それでも先行した悪評が邪魔をするからね。しかも、砂漠の国の評判は間違いなく落ちるし」
「……何をやる気なんすか?」
「いやいや。自分の国の英雄が他国で活躍するのって、思った以上に嫌われるよ? 『それより先に、こっちをどうにかしろ!』って」
「あー。確かに」
「それに、恩恵ってゼロサムゲームだから。どこかの国が潤った分、よその国が割りを食うんだ。
ただの食料支援だけでも、影響を大きくしようとすればそれだけ反動も大きくなる。破滅する人が出る。
規模が大きくなればなるほど、好かれるのは大変なんだよ。嫌われるのは簡単なのにね」
新庄は打てる手に即効性を求めれば、悪化する未来しか存在しない事を知っている。
かといって草の根活動の様に地道な活動をすれば、それだけで人生が終わりかねないのも分かっている。
正しく生きるだけで幸せになれるなど、どれだけの幸運が重なればそんな未来がやって来るのだろう?
柵無く生きていく、そんな小さなワガママを通したくて、途轍もない遠回りをしている。
重ねた妥協が重圧となった。
同じ妥協をするにしても、組織に従う荻たちの方がよほど上手く立ち回り、幸せに生きている。
組織に使われ、自分達も組織を使う。
年下の彼らの方が、大人で社会人だった。
「戦争。穏当に終わらようと手を貸したってのに恨まれるとか、ホント、ロクでもないっすね」
「まったくだ。戦争をするだなんて、何を考えてたんだろうな。きっと、俺たちには理解できない事だよ」
新庄と荻は、揃ってため息を吐いた。




