「そこのお前。気に入った、お前は今日から俺の女にしてやる」
結は町には入らず、小さめの村などを経由して狩り場を目指した。
人が多ければそれだけトラブルが起こるだろうと警戒していた。
そして小さい村であれば、多少の無理難題を押し付けようとされても逃げ切れる。
新庄に話していないが、似たような事はこれまでもあったのだ。
宿をとったら、その宿が客に毒を飲ませて身ぐるみを剥ぐ、追い剥ぎ宿だった事もある。
「村の中は安全」などと、警戒を怠る理由は無かった。
「こっちの村は、前に使ったから行かない方が無難なのです」
結は加倉井の時に使った村を避けて、それ以外の村で補給を行う。
加倉井の顔をおぼえられている可能性があるなら、若返った結の顔を見て勘づくとも限らないからだ。
避けすぎるのはどうかと思われそうだが、ゴーレムを使役する少女など怪しすぎる。加倉井との関係を疑う方が普通だ。
村に行くときはゴーレムを見えない場所で待機させるなど、細かな配慮をしていた。
見た目で相手を圧倒できるゴーレムがいない事で、相手が高圧的になるかもしれないが、それでもそこまでバカな者は滅多にいないだろうと、甘く考えていた。
「そこのお前。気に入った、お前は今日から俺の女にしてやる」
結の容姿は、そこまで整っているわけではない。
しかしきれいな服を着て、肌と髪に手入れがしっかりされている、「都会の女」となると、化粧と縁遠い村娘とは格が違う美少女にも見える。
立ち寄った村の村長の息子は、一目で結を気に入り自分の女にしようと考えた。
「お断りです」
まだ15歳の、村長の息子にしてみれば、旅をしながら暮らす結は、定住者である自分よりも下の存在だ。逆らっていい者ではない。
同じ人間、そんな意識は持っていない。
自分の言うことに黙って従うべきだと、それが相手の幸せに繋がると、本気で考えていた。
「うるさい! これは決定した事だ! 女は黙って男に従えばいいんだ!!」
そして男尊女卑の考えも根付いていたので、女の結が自分の命令に逆らって面目を潰した事が信じられなかった。
これは自分が躾けないと駄目だと、彼なりの正義感と義憤にかられて、間違いを正さないといけないと考えた。
村から出た事も無い彼には、女の結に、自分の考えや立場があるとは想像できないのである。
「さあ、こっちに来い!」
村長の息子は、結の腕を掴んで自分の家に連れ込もうと考えた。
そこで結に立場を分からせるのが自分の使命だと本気で考えていた。
馬鹿な発言をされはしたが、子供相手に本気で怒るほど結は短絡的ではない。
羽虫を払うように村長の息子の手を軽く叩くと、いちいち相手にしていられないと無視をして去ろうとする。
「おい! こんな……」
あとは追い縋る男に睨みをきかせ、追いかけようとする意思を挫いた。
怪我をさせず罵詈雑言の類いも用いない。多少、男の矜持に傷を付けはしたが、至って穏当な対応であった。
結の対応はそこまで間違ったものではない。
ただ、それを理解出来ない馬鹿が居た。
それだけの話である。




