「今度、美味い酒でも持って来てくれよ」
加倉井を探しているというフリをしつつ、周囲に「加倉井に何かがあったかもしれない」という情報をばら撒いた新庄は、しばらく仕事を休んだため、その間に溜まった仕事を片付けることにした。
「なにも、こんな時に仕事をしなくても……」
「自分の足で探しまわって、それで見つからなかったんですよね。
真姫奈が行ったはずの場所には大きな崩落がありましたが、そこに真姫奈の死体はありませんでした。
なら、真姫菜ならきっとどこかで生きているだろうし、いつか帰ってくると信じます。俺は俺で、今の居場所を守るために頑張るだけですよ。
それに、こうして働いている方が気が紛れますからね」
周囲は新庄を心配するが、加倉井の生存を信じているといったふうを装い、新庄は仕事を熟していく。
新人を鍛え、電気工学の基本的な情報を叩き込み、機械加工の技術向上の手助けをする。
そんな新庄の事を、周囲は仕事に没頭して不安を振り切ろうとしているように見ていた。
そうして、しばらく時が過ぎた。
「結。設定は覚えたか? 本当に大丈夫だな?」
「祐おじさん。大丈夫ですよ」
結は、新庄の親類を名乗るため、呼び方を「祐おじさん」に変更した。
身内だと言うなら、これまでの「新庄さん」では違和感しかないからだ。今の結だって「新庄さん」である。だったら「新庄さん」などとは呼ばないだろう。
呼び名を変えた理由の一つは、そうする事で周囲の印象が変わるからだ。
同じ呼び方をしていれば気が付く人間も出てくるし、秘密がバレてしまう。
それでも見た目が見た目なので気が付く者も出てくるかもしれないが、何もしないよりはよほど良いだろう。
今の結は、新庄の親戚がこちらに来てから産んだ娘という事になっている。
だから今まで居た事も知らない相手であり、親から渡されたという手紙で身元が判明したが、本当に身内なのかどうかは分からない。
疎遠な相手であるという事にして、やや距離が不安定な関係なのだと説明する事で、たまに何か演技をミスしても誤魔化すつもりである。
実際の人間関係は、状況や場の雰囲気、その時々のやり取りで不安定になる事もあるから、多少の誤差は受け入れられるだろう。あとは強気で押し切るだけだ。
新庄は、シドニーやオズワルド、ロンといった、『復活のアンク』を渡した相手には本当の事を話し、秘密の共有を行った。
こういった秘密は知っている人間が少ないほど隠しやすいと考えるよりも、ある程度事情を知った政治力のある人間を数人巻き込み、チームで情報を隠蔽した方が上手く隠せるものだ。
新庄はシドニーらを巻き込み、設定を公然の事実となるように手配する。
「おお、久しぶりだな、新庄。
ん? その娘は……加倉井の娘か何かか?」
「あー。ちょっと大きい声では言えないんですけど」
説明を受けた側は、とても面倒な事になったではないかと、恨みがましい視線を新庄に向ける。
彼らは権力者だからこそ、持ち込まれたネタの厄介さをよく分かっていた。
「いくらなんでも、こんな事に巻き込むのは酷いと思わないのか?」
「こういった厄介な時に、助けてくれそうな人と思い出すのが友人なんだと思うな」
「はぁ。仕方のない奴だな」
巻き込まれた者たちは堪ったものではないという顔をするが、新庄と関わったものの定めだと、諦め交じりの感情で状況を受け入れる。
新庄との関係は相応の利益があるし、こんなところで縁を切るのは勿体ないと分っていた。
それに、付き合いも長いので多少の事では動じなくなっていたのである。
「よろしく頼むよ、みんな」
「今度、美味い酒でも持って来てくれよ」
新庄の友人たちは、嫌な顔をしつつも手を貸してくれるようだった。




