「きっと、嘘ばかりなのですよ」
抱えている問題は数多いが、それらを新庄は問題視していない。
何故なら、目に見えた問題であれば、対策を立てて一つ一つ解決すれば済むからだ。
それよりも、目に見えずいつ起こるか分からない問題の方が怖い。
目に見えない問題は対策されずに放置されるので、発覚したときには手遅れである事が多い。
だから新庄は「何かあるかもしれない」の精神で問題対策ができる冗長を作っておく。
管理サイドで出来るのはそれぐらいだ。
人や予算にゆとりがあれば、何かあっても穴埋めは出来る。
ただ、人にゆとりを作り過ぎれば余剰人員が遊んでしまうし、お金にゆとりを作るのはそれだけ成長速度を鈍化させる。
そこは見極める目、バランス感覚が大事で、ゆとりを作っても作り過ぎないようにしないといけなかった。
結局、何をするにも完璧な正解など無く、暗闇を手探りで進んでいくようなものだ。
成功するかしないかは横に置いて、出口を目指して前に進むしかないのである。
それをできる事が新庄の強みであった。
「なんでそこまでするのですか?」
色々と動き回っている新庄。
加倉井は、新庄がそこまでする理由が分からず、思わずストレートに聞いてしまった。
新庄がやっている電気関連事業は、そこまで頑張ってやってみせる価値があるかどうか疑問であった。
いつか人が増えて自然と技術力が向上し、蒔いた種が芽吹くように広めた知識が形になるような方法でも構わないのではないかと考えている。
新庄が金銭や社会的な地位を求めているならまだ分かるのだが、新庄がそういったものに興味を示すとは思えなかった。
だったら、なんでここまで頑張るのだろう?
そこまでして新庄が手に入れたい未来がどんなものなのか、加倉井はどれだけ考えても分からない。
「ん? 暇つぶし、生活の張り、ただの趣味。これはそういったものだよ。
ただ単に、やるからには真剣にやった方が面白いってだけかな」
しかし、返って来た答えは加倉井の斜め下を突き抜けた。
大金を投じ、少なくない時間を使い、多くの人を巻き込み行う大事業。
それが「暇つぶし」と言われれば、加倉井であっても信じられないようなものを見る目で新庄を見てしまう。
「本当に、それだけなのですか?」
「細かい理由を言い出すと、色々とあるよ。蒸気機関車は早めに終わらせておかないと、環境破壊が進むからね。下手をすると、神罰対象になりかねない。
まぁ、大気汚染が本当に神罰に設定されているかどうかは知らないけどね。警戒しておくに越した事は無いだろう。あれを作ったのが、同じ転移者仲間だって言うなら、仲間の尻拭いみたいなものだね。
それに、魔石関連で色々と問題が見え始めているし、モンスターと人の共生関係がここまで崩れると、何が起こるか予測もできない。
なら、どこかでバランスを取らないと揺り返しが来るんじゃないかなって怖さもある」
「それでも、メインは暇つぶし、ですか?」
「まあね。何かに追われていないうちにやっておきたい事を考えると、将来のためにも電気関連事業が最初に思いついたんだよなぁ。
ほら、トランジスタとかできれば、計算機ぐらいなら生きている間に見れるかもよ? ちょっと見てみたくないかな?」
国を動かす勢いで新庄は精力的に働いてみせた。
ならば相応の、大きな目的があると加倉井は思っていた。
だが、新庄はそこまで大きな未来を見ているようには見えない事を言っている。どこか衝動的で、刹那的な発言をする。
先の先まで見据えた事業を行っている姿と目の前の新庄がうまく重ならず、加倉井はどちらが本当の新庄なのかと頭が痛くなってきた。
「長年働いていたからか、こうやって働いていないと落ち着かないっていうのはあるよ。
昔みたいに物産展でも開ければいいのかもしれないけど、こっちで同じ事は出来ないからね。それはもう受け入れるしかない。
だから、今の自分に出来る事をやるしかないんだ。自分の世代で辿り着けない事が分かっていても、それでも前に進まない理由にはならないからね」
「よく分からないのです……」
「こればっかりは、20年近く働いていた人間の気持ちだからね。同年代にしか分からないし、同年代でも分からないかもしれないような話さ」
新庄の言う「暇つぶし」発言が真実だとは、加倉井は思っていない。
何か口にしたくないような理由があり、それを誤魔化すために色々と言っているように見えた。
「きっと、嘘ばかりなのですよ」
嘘吐きは口数が多くなる。
普段以上に饒舌な新庄は何を隠しているのだろう?
それを本能的に理解している加倉井は、煙に巻こうとする新庄をじっと見る。
どこか後悔するようなその姿の意味を見通そうとしていた。




