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原初の精霊

「劣化防止魔法とは、食材などの劣化速度を遅らせる魔法だ。どういった現象を引き起こすことでそれを実現しているのかと言うと、簡単に言えば、対象に指定した物の時間の経過を遅らせている。ただ、この時間を遅らせるという現象を操れる精霊は限定されていて、主に“原初の精霊”と呼ばれる精霊たちがその力を持っている」


 セレストの説明に、ヒューティリアは必死についていこうと頭を働かせた。

 しかし時間を操るという時点で理解の範疇を越えており、理解できない情報が思考の邪魔をして、他の情報までもがうまく頭に入ってこない。


(時間を操るという点に関しては、考えてもわかるわけがないからそういう力を持つ精霊がいるんだって思っておこう。今はそれ以上は考えない。それより今重要なのは──原初の精霊)


 そう結論を出すと、ヒューティリアはセレストに問いかけた。


「その“原初の精霊”ってどういう精霊なの? 森の精霊たちや、渡りの精霊たちとは違うの?」

「まるで違うな。そう言えば、お前に精霊や妖精たちがどういう存在なのか、詳しく説明したことはなかったか……」


 そう前置いて、セレストは精霊や妖精について説明し始める。


「精霊も妖精も、世界の至る場所に存在し、彼らはこの世界が造られた時から存在する種族だと言われている。その精霊や妖精に仇を成すと、いずれ災いが降りかかるという言い伝えもある」

「災い……」

「ああ。ソルシスの故郷が滅びたのも精霊か妖精に仇を成したからだと言われているな。だからこそ、精霊や妖精の怒りを買う行為である精霊狩りや妖精狩りを犯した者には、死刑を含めた厳罰が設けられている」


 淡々と語られる内容に、ヒューティリアは真剣な表情で頷きながら耳を傾けた。


「多く存在する精霊や妖精のうち、特定の地に住まう精霊や妖精には長が存在する。これは知ってるな?」


 問われて頷く。絵本の『森の中のヒュー』にも精霊や妖精の長が登場していた。


「長がいる地の精霊や妖精たちは長を頂点として記憶の一部を共有していて、過去から現在までその地で起きた大きな出来事は皆が知っている。そして各地の長の記憶と渡りの精霊や妖精の記憶は、それぞれ精霊王や妖精王の元で集約され、取捨選択され、各種族全体でも共有される」


 ここまでは大丈夫かと問う視線を向けられ、ヒューティリアは再度頷いた。


「流れの精霊や妖精に関しては……何らかの力に特化している者が多く、大体が突然変異で生まれた者たちだと言われている。単独で行動し、その力も特定の地に住まう精霊や妖精よりも遥かに強い」


 ここはあまり説明することがないのだろう。

 簡潔に説明し終えると、セレストは「ここからが本題だ」と告げた。

 ヒューティリアも居住まいを正す。


「原初の精霊と原初の妖精。彼らはその名が示す通り、この世界の始まりから存在する別格の精霊や妖精だ。精霊王や妖精王は現存する精霊や妖精の中で最も強い力を持つ者がなる慣習があるが、原初の精霊や妖精はそういった枠組みの外にいて、創世に携わった力でもって、今も世界の均衡を保っているといわれている」


「……それってもう、伝説とかそういう現実味のない世界の話みたいに聞こえるんだけど」


 言葉通り、現実味のなさにヒューティリアは戸惑っていた。

 しかし、セレストは緩く首を横に振る。


「現実味はないが、実在する。俺も原初の精霊を見たことがある」

「そうなの!?」

「今も呼べばすぐ姿を現しそうな気がするが……さすがにそこまで気安く現れたりはしないか」


 驚くヒューティリアに応じながらもセレストは周囲を見回すが、どうやら目的の精霊の姿は見つけられなかったらしい。肩を竦めて『劣化防止! 時繰り魔法学』を開いた。


「まずはその原初の精霊に呼びかけて応じてもらうところから始めたいが、それはもう少し知識をつけてからにしよう」


 半ば決まっていたことらしく、さっそく説明に入ろうとした──その時。


『ふふ』


 小さな笑い声が聞こえた。

 それも普段よく耳にする精霊たちの声とはまるで異なる、強い気配を纏った声。


「……やはりいるのか」


 ぽつりとセレストが零すが、声が聞こえたのはその一度だけ。再び静寂が訪れる。


「今のが……?」

「ああ。姿を見せないということは、様子見でもしてるんだろう。今は気にしなくていい」


 さっさと結論を出して説明を始めるセレストの声に、ヒューティリアは耳を傾けた。


「時繰り魔法は精霊にどう呼びかけるのか、という点が難しい。何せ俺たち人間には、同じ空間の中で全く違う時間の流れが発生していても認識することはできないからな。だが、言葉として選び出し、現象を思い描くことはできる」


 そう言って、セレストは開かれている頁の一点を指し示す。


「劣化防止魔法に関しては、こちらの意図を精霊側に伝えるのはそう難しくない。例えば、三日ほどで腐ってしまう食材があるとする。その食材が完全に腐ってしまうまでの時間を六日後まで延ばして欲しいと伝えればいい」

「それって、ずっと腐らないようにすることはできないの?」

「無理だな。というか、時繰り魔法の不便なところでもあるんだが、一度魔法をかけると解除することができない。つまり時を止めるということは、その対象が永遠にその状態を保つということになり、一切の干渉ができなくなる」


 この辺は本には書いていないのだろう。口頭で説明し始める。


「時を進める、戻す、といったものであれば意図した期間分だけ時が動き、その後はまた通常の時間の流れに戻っていく。が、止めるという事象だけは二度と元の時間の流れに戻せなくなるそうだ。しかも求められる代償も常軌を逸しているらしく、師匠からも絶対に手を出してはいけないと言い含められたな」


 自らの経験として語ることはできないが、その時の(マールエル)の必死さと顔色の悪さを思うと、もしかしたらマールエルは試したことがあるのかもしれない。そして大変な代償を払うことになったのかもしれないと想像することができる。


「……あの師匠の必死の形相を見れば、あぁ、これは本当に手を出してはいけないものなんだなと思えるんだが……」

「そんなに凄かったの……?」


 ヒューティリアの問いに無言で頷く。


「そんなわけだから、時間を止めることだけは考えるな。あくまで、劣化防止魔法に関しては時間を遅らせるという意識だけをもてるようになればいい」


 それがまた難しいんだが、とセレストが付け加える。

 すると再び『その通り』と、声量こそ小さいものの圧倒的存在感を持った声が聞こえてきた。

 今度はセレストも無視せず、声の方へと視線を向ける。つられてヒューティリアもそちらを振り返れば、室内の一部が歪んで見えた。


「クロベル……」


 セレストの呼びかけに、歪んだ空間が僅かに色付く。

 セレストの目にはしっかりと精霊の姿が映っているが、ヒューティリアの目には歪んだ空間が淡い水色に色付き、銀色の光の粒がきらきらと瞬いているように見える。


『マールエルの教えは正しい。そしてセレスト。お前も正しく理解している。それがわかって安心した』


 呼びかけに応じた精霊が、はっきりと姿を現した。

 そう、ヒューティリアの目からもその姿が認識できるくらい、はっきりと。


 現れた精霊は銀色の髪を持ち、ヒューティリアよりも温度の低い水色の瞳をしていた。

 姿は人間に酷似しており、容姿も美しいが、男女の見分けはつかない。中性的な姿。

 声も、高めの男性の声とも取れるし、低めの女性の声とも取れる。


 そして、纏う雰囲気が明らかに異質。

 ともすれば向こう側が透けて見えてしまいそうな、淡雪のように儚く消えてしまいそうな印象だ。

 なのに、無視できないほどの存在感を放っている。


 曖昧でつかみ所がない。けれど強く意識を引かれる存在。


 それが、ヒューティリアが目の前の精霊に抱いた、最初の印象だった。

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