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精霊の祝福と妖精の祝福

『だいぶ様になってきたな』


 空渡りの魔法の練習を始めて半月。

 徐々に空渡りの魔法で浮き上がれる高度が増していき、ようやく家を囲む木々の頂点に手が届くほどまで上達した頃のこと。

 これまで傍らで眺めているばかりだった風の精霊が話しかけてきた。声の方へ視線を向けてもヒューティリアの目では何も見えないが、そこには森の精霊とはまるで異なる気配がひとつ存在している。


「そう思う?」


『ああ。この調子なら本当にあっという間に習得できそうだ』


 相手の顔が見えないためどこまで本気で言っているのかはわからないが、精霊からそう言われると自信に繋がる。

 自然と笑顔を浮かべて「ありがとう」と礼を言うと、風の精霊は更に話しかけてきた。


『空渡りの魔法はいいぞ。空の散歩は楽しいし、高いところから眺める世界は広くて美しい。是非あの光景を見てもらいたいものだ』


「空の散歩……」


 空を見上げながらその光景を想像して、ヒューティリアは眩しそうに目を細めた。

 今はこうして地上から空を見上げているけれど、空から地上をぐるりと見下ろしたら、どんな景色が見られるのだろうと想いを馳せる。


 本でしか見た事のない海。

 知らない国に、村や町を繋ぐ長い道。

 たくさんの山や川、森、湖、広大な平原……。

 それらが眼下に散らばる光景は、一体どんな世界なのだろうか。


 今浮き上がれる高さから見える景色ですら新鮮で感動を覚えるのに、更に高い場所から世界を見渡せたらどんな気持ちになるのか、想像もつかない。けれど、どうしようもなく心が浮き立つ。


 俄然やる気を出したヒューティリアは、改めて気合いを入れた。


「風の精霊。あたしに力を貸してね」


 改めて助力を請うと、風の精霊の楽しげな笑い声が聞こえてきた。


『もちろん。いやはや、こんな面白いものが見られるとは思っていなかったからな。その礼はたっぷりさせてもらうとしよう』


「面白いもの?」


『あぁ……。ソルシスと、ソルシスの弟子マールエル。その更に弟子のセレスト。その全員と関わってきた自分が、今度はセレストの弟子とも関わっている。その誰もが才能に溢れ、連鎖している様が面白い』


 ヒューティリアの問いに、風の精霊はそう答えた。

 けれど何故か、ヒューティリアはその答えに違和感を覚えた。風の精霊が『面白い』と評したものは、もらった答えとは違うもののように思えたのだ。


 本当に?


 そう問いを重ねようとしたが、何が? と問われたらうまく言葉にできる気がせず、開きかけていた口を閉じた。

 こちらの様子に気付いているのかいないのか、風の精霊はもう話しかけてこない。


 ヒューティリアは思考を切り替えて、魔法の練習に集中することにした。

 目を閉じ、大きく深呼吸する。

 そして改めて、風の精霊へと心の中で助力を呼びかけた。




『魔力の器が飛躍的に育っているようだ』


 ヒューティリアが休憩を取っている間に、風の精霊は遠巻きに練習の様子を見ていたセレストに話しかけた。

 風の精霊に言われずとも、ヒューティリアの魔力の器のみならず、魔力の量も密度も急速に育ってきていることは明白だった。でなければ、一日に何度も空渡り魔法に挑めるわけがないのだ。


『お前よりも上達が早い』


「なら、これまで通りだ」


 ヒューティリアの魔法の習得速度はセレストのそれを軽く上回る。

 風属性が得意なセレストであっても、空渡りの魔法を習得するにはマールエルの弟子として学び始めてから四年はかかった。セレストが幼かったことを加味しても、やはりヒューティリアの才能には目を瞠るものがある。


『……あのことを、教えてやってもいいか?』


 しばしの沈黙を挟み、まるでタイミングを計っていたかのように風の精霊が問いかける。

 セレストは横目で風の精霊を見遣り、首を傾いだ。


「あのこと?」


『精霊の祝福と、妖精の祝福のことだ』


 返された言葉に、セレストは「それか」と呟いた。


「別に構わないが、わざわざ言う必要はあるのか?」


『秘密を抱えた師匠なんて信用ならんだろう』


「秘密にしているつもりはない。実際、精霊や妖精の姿が視えていることは伝えてある」


『そうか。だが、どういった力の作用で視えているのかは話していないのだろう?』


 畳み掛けるように言われて、一瞬言葉に詰まる。

 が、答えなど決まっている。


「話す理由がない」


『お前には、な。しかし、許可は取ったからな』


「……勝手にしてくれ」


 風の精霊にどんな考えがあるのかはわからないが、話す必要があると言うのなら話す理由を持つ風の精霊が勝手に話せばいい。

 そういう意図を込めて追い払うように手を振れば、風の精霊は苦笑を浮かべながらヒューティリアの許へと戻っていった。






「セレストと何を話していたの?」


 休憩を終えて再び空渡りの魔法に挑もうとしていたヒューティリアは、セレストの傍らにあった気配が戻ってきたのを感じ取って問いかけた。

 まるでセレストに追い払われるようにして戻ってきたことが気になったのだ。


『一応、セレストの了承を得ておく必要があってな。許可を取ってきた。今から、いずれお前の身にも降りかかるかも知れないひとつの可能性の話をしたいのだが、時間を貰えるか?』


「いいけど……」


 精霊からこんな風に真剣な声を向けられたことがなかったヒューティリアは、戸惑いつつも気配のするほうへ向き直る。

 目に見えない相手であっても大事な話をするときは相手としっかり向き合おうという姿勢が窺えて、風の精霊が満足げな笑みを浮かべる。勿論、ヒューティリアには見えていないが。


『お前の師が精霊や妖精の姿を視ることができるという話は、本人から聞いたそうだな?』


 そう切り出されて、ヒューティリアは記憶を探る。すぐに思い当たって頷いた。

 セレストと出会った年の冬の終わりに、そんな話を聞いた。セレストが弟子時代に精霊の命を救えず後悔したという、忘れられない話だったので、すぐに思い出せたのだ。


『何故、精霊や妖精の姿を視ることができるのか、不思議に思ったことはないか?』


「それは……」


 何故だろう。

 セレストに精霊や妖精の姿が視えることを不思議に思ったことはない。それが自然なことのようにすら思えていた。


 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。

 風の精霊がふと笑う気配がした。


『そうか、不思議には思わなかったか。だがそれでは話が進まないからな。ここからは一方的に話させて貰うが──』


 そう前置きをして、風の精霊は語りだした。


 セレストが精霊や妖精の姿を視ることができる理由。

 それは、精霊の祝福と妖精の祝福を持っているからだ、と。


 耳慣れない言葉にヒューティリアが目を瞬かせている間にも、話はどんどん進んでいく。


『精霊の祝福、妖精の祝福とは、本来人間の目では見えないはずのそれぞれの種族の姿を視る目と、それぞれの種族の小さな声すら拾い上げられる耳が与えられる。しかしそれには条件があって、多くの精霊、もしくは妖精たちから認められ、最終的にそれぞれの王からも信用に足る相手だと、力を預けるに値する力を持っていると認められる必要がある』


「それぞれの、王……?」


 思わず声を漏らすと、風の精霊はその声をしっかりと拾い上げてくれた。


『精霊王と妖精王のことだ。精霊にも妖精にも頂点に立つ存在がいる。その種族の中で最も強い力を持つ者が王となり、種の意志を体現する』


 故に、多くの精霊や妖精に認められた者に祝福を与える役目は、それぞれの王が担っているのだと言う。祝福と呼んではいるが、それはつまるところ、種全体からの信頼の証しなのだとも。


 しかし精霊狩りや妖精狩りがある以上、祝福を与えるということは則ち、種を脅かしかねない存在を作り上げることにも繋がる。当然、王自身も祝福を与える人物を自ら目で見て確認し、祝福を与えるか否かの最終判断を下す。

 王が信頼に値しないと判断すれば祝福は与えられず、また、信頼に値しない人物へと成り下がれば与えられた祝福は消え去る。


『祝福を持つということは、多くの同族だけでなく王も認めた存在ということになる。そんな存在から力を貸してくれと言われれば我々は喜んで力を貸すし、安心して傍にいることもできるというわけだ』


 だからと言って、無条件で力を貸すほど我々も浅慮ではないがな。と付け加える風の精霊の言葉に、ヒューティリアはそういうことだったのかと納得した。


 この森のみならず、王都でもセレストの周りには自然と精霊や妖精が集まってきていた。

 ヒューティリアやムルクにも親しい精霊や妖精なら寄ってきたが、セレストはその比ではない。

 当人は気にする様子もなく、周囲に彼らの気配があっても構うことはなかったが、何故か精霊や妖精たちは頻繁にセレストの許に寄ってきていた。

 その理由がようやくわかった気がした。


 しかし。


「でも、セレストは物心がついた頃にはすでに精霊や妖精の姿が視えて、声も聴こえていたって……」


 浮かび上がった疑問を口にした時、風の精霊が動く気配を感じた。同時に、離れた場所にいるセレストも素早く森の方へと顔を振り向ける。


『まさか、この森に手を出すとは』


「ヒューティリア、家の中に入っていろ!」


 鋭い声を上げ、セレストが走り出した。あまりの剣幕に気圧されてその後ろ姿を見送りそうになったが、ただならぬ様子に一拍遅れて不安がわきあがってくる。

 慌てて追いかけようと走り出したものの、そのヒューティリアの足下を何かが救い上げるようにして通り抜けた。次の瞬間には、ヒューティリアの体が宙に浮きあがる。


『家の中で待て。お前の力では足手纏いだ』


 風の精霊のその一言が、ある記憶を呼び起こす。

 あれは、一昨年の春のこと。

 王都で、ムルクが言った言葉と同じ────


「──精霊狩り!?」


 咄嗟に思い至った言葉を口にする間にも、ヒューティリアは見えない力で家の中へと連れられていく。その力から逃れようと暴れてもまるで手応えがなく、抵抗も意味を成さない。

 ヒューティリアを家に押し込めようとするその力が風の精霊の力であることには気付いたが、抵抗も虚しく、ヒューティリアは自室に閉じ込められてしまった。

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