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森への侵入者と森の守護者

『こっちだよ!』

『早く早く!!』


 切羽詰まった精霊や妖精たちの声に導かれて、セレストは全力で走っていた。

 ここが森の中でなければ早駆けの魔法を使いたいところだが、開けた場所の少ない、木々が乱立する森の中で早駆けの魔法を使うのは危険だった。


 木々の間を縫って走る間にも、遠くから精霊や妖精たちの悲鳴が聞こえてくる。

 恐らく精霊狩り、もしくは妖精狩り──あるいはその両方に捕まってしまった仲間の身に、何らかの危害が加えられたのだろう。そう思うだけで怒りがわいてくる。

 セレストは冷静さを失わないよう大きく息を吐き出し、歯を食いしばった。




 ようやく現場近くに辿り着くと、『止まって!』と鋭い声がかけられた。

 すぐに立ち止まって周囲を見回し、身を隠せそうな、地面から天辺まで青々とした葉で覆われている低木の影に入りこむ。


 低木の向こう、木々がまばらで開けている場所から微かな風に乗って嫌な匂いが漂ってくる。王都の精霊狩りでもよく使われていた、精霊や妖精を誘き寄せる匂いだ。

 セレストは舌打ちしたい気持ちを必死に堪えた。

 同時に、以前にも感じたことのある頭の片隅を針で刺したような小さな痛みと、何か大事なことを忘れているような記憶の引っかかりを覚える。

 一瞬そちらに意識を持っていかれかけたが、顔をしかめ、小さく首を振ると目の前の状況に集中し直す。


『一昨年のヒューティリアの件もあったから、ぼくらも気をつけていたんだけど』

『ごめんなさい。時間が経つにつれて危機意識が薄れて、油断してしまったの』


 周囲にいる精霊や妖精はこの森の中でも年長に属する者たちだった。

 低木の影から盗み見た光景から、捕まったのは年少の精霊や妖精であることが見て取れる。同時に、精霊や妖精が囚われている檻の周囲の様子も確認した。


 相手の人数は八人。服装から、半数が魔法使いで、もう半数が護衛のようなものだろうと判断できる。

 明らかに組織的に精霊狩りや妖精狩りをしている様子の彼らは、予想以上の収穫だったのだろう。それは楽しそうに談笑していた。


「まさかこんなところに精霊や妖精の宝庫があるとはなぁ」

「幼体が多いみたいだが、これだけの数だ。充分な稼ぎになる」

「これでしばらくは遊んで暮らせるな!」


 そんな話をしている彼らに気付かれないよう、セレストは息を潜めながら考える。


 相手は八人。ひとりで相手をするには数が多すぎるし、四人も魔法使いが混じっているとなるとかなり厄介だ。特に、火属性の魔法を使われたらたまったものではない。

 何とか不意を突いて初手で半数を行動不能にしたいところだが、森への損害も最小限に抑えたい。


(どうするのが最善か)


 やはり落とし穴に落として、気絶させてしまうのがいいだろうか。

 しかし的確に相手の足下を狙わなければ、囚われている精霊や妖精たちも巻き込みかねない。八人全員を相手にそんな芸当ができるかと言われれば、答えは否だ。

 ならばやはり、初手で半数……魔法使いの四人を落とすのがいいだろう。

 武術の心得のないセレストが護衛の男たちの相手をするのは厳しいものがあるが、幸いここは森の中。武器を振り回すには向かない場所へと逃げ込み、ひとりずつ行動不能にしていけばいい。


 方針が固まり、いざ行動に移そうとした、その時。


『木の影に……』


 ぽつりと、囚われている精霊が呟いた。

 その声に反応して魔法使いの男たちが周囲を見回した瞬間、悟る。囚われている精霊や妖精たちにはすでに、服従の魔法がかけられているということを。


「どうした!?」

「木の影に何かいるかもしれない!」


 護衛の問いに、魔法使いのひとりが答える。

 しかし彼らが動き出すより先に、セレストが周囲の精霊に呼びかけた。


(魔法使いを落としてくれ)


 素早い呼びかけに、周囲にいた年長の精霊たちがすぐさま反応する。

 男たちが周囲を警戒して数歩動いたため多少狙いがずれてしまったが、ふたりの魔法使いを落とし穴に落とすことに成功。息つく暇もなくセレストが次の呼びかけを行い、更にもうひとりの魔法使いを落とし穴に落とすことができた。


 しかしそれは、相手にこちらの存在を知らしめることにもなった。

 どこからくるかわからない魔法による攻撃に、落とし穴に落ちずに残っていた魔法使いが闇雲に抵抗を始める。服従の魔法をかけた精霊の力を使い、風の刃で周囲の木を切り倒し始めたのだ。


 咄嗟にセレストは身を低くする。直後、隠れている低木の上半分が切り倒された。

 妖精に呼びかけ、覆いかぶさるように倒れ込んでくる木の軌道を、不自然ではない程度に逸らしてもらう。重くるしい音を立て、倒れ込んできた木がセレストの真横に横たわる。


「おいっ! 俺たちまで巻き込むつもりか!」


 恐慌状態に陥りかけている魔法使いに対して、護衛のひとりが怒鳴りつける。


「だが、早く始末しないと──」


『セレスト、火が来る!』


 魔法使いが反論する声に被せるように、セレストの耳元で精霊が叫ぶ。

 一体どこから、などと考えている暇などなかった。

 穴に落とされてなお意識を失わずにいた魔法使いのひとりが、穴の中から火の矢を打ち上げたのだ。放たれた火の矢は、弧を描いて周囲に落ちてくる。

 味方をも巻き込みかねないその魔法は、やはり半分が開けた場所にいる仲間の上へとふり注いだ。しかし残り半分は周囲の木々に向かって落ちていく。


(水を!)


 咄嗟に落ちてくる火の矢全てを打ち消すように呼びかけると、すぐさま火の矢が水の膜に覆われて消滅した。

 ほっと息を吐く暇すら与えられず、『危ない!』という精霊の声に弾かれるようにその場から飛び退いた。直後、セレストがいた場所を風の刃が通り抜け、身を隠していた低木が根元から切り倒される。


「出たぞ!」


 姿を現したセレストを逸早く見つけ、護衛の男が叫ぶ。すぐさま周囲の男たちも振り返り、武器を抜いて襲いかかってきた。


(想定と違って身を隠すものはない。ならば──)


 セレストは瞬時に判断を下し、男たちに向かって強風を起こすよう、精霊たちに呼びかけた。

 不意を突いて巻き起こった強風に圧され、男たちが後方へと転がっていく。


 その隙に妖精たちに呼びかけ、精霊や妖精が囚われている檻の回収を頼む。

 妖精たちは転がる男たちの隙間を縫って檻に近付き、大急ぎで檻ごと仲間を回収する。すぐさま精霊たちも思念妨害の壁を作り出し、相手の魔法使いを無力化した。


『今の強風で例の匂いも消えたね』

『ありがとう、セレスト』


「安心するのはまだ早い」


 再び立ち上がろうとする男たちを睨み据えるセレストの周囲に、森の精霊と妖精たちが集まってくる。

 まるでセレストを支えるかのように、そして森の怒りを表すかのようにその数はあっという間に増えていった。


 その気配を感じ取れたのは、魔法使いだけだろう。

 あまりの数と向けられている怒気に、相手方の魔法使いは青ざめた。対照的に、護衛の男たちは顔を真っ赤にして「横取りするつもりか!」などと喚いている。


「や、やめろ! この森に手を出したらまずい!!」

「守護者のいる森だ!」


 再び斬りかかろうと前に出た護衛たちに、落とし穴に落ちていない魔法使いのみならず、落とし穴に落ちている魔法使いからも声が上がる。


「そんな森、焼き払っちまえ!」

「馬鹿が! そんなことをしたら──」


 精霊とは何か。妖精とは何か。

 何も知らない護衛の男の言葉に魔法使いの男が悲鳴を上げる。しかしその言葉を終える前に、ざわりと木々が揺れた。

 不気味な気配に、侵入者たちが動きを止める。

 ざわめく木々を見回す彼らの足下から蔓が伸び上がり、あっという間に全身に蔓が巻き付いた。


 引き倒され、打ち所が悪かったのか意識を失った男たちを見遣り、ようやくセレストは肩の力を抜く。

 その頃には意識の外に追いやっていた刺すような頭の痛みや記憶の引っかかりも、きれいに消え去っていた。


(おさ)たちか……」


 セレストは目の前で起きた出来事を冷静に判断すると、背後を振り返った。

 集まっていた精霊や妖精たちの間を通り、無視できない気配がふたつ近付いてくる。

 セレストの目には、男とも女とも判断のつかない美しい容姿をした森の妖精の長と、眩い純白の羽毛を纏う梟の姿を象った森の精霊の長が映り込んだ。


『助かったよ、マールエルの弟子』

『さすがにあの数は大変だっただろう。ご苦労さま』


 口々に感謝と労いの言葉をかけてくる長たちに、セレストは肩をすくめるのみ。

 しかし、続けられた言葉に凍り付く。


『この様子ならこの森も、新しい守護者を迎えられそうだな』

『マールエルがいなくなってから、ずっと空席だったからね』


 さらりと。

 当たり前のことを話しているかのように、妖精の長と精霊の長が言い放つ。

 しかしセレストにとっては聞き捨てならない、強い衝撃を受ける内容だった。


「それは……どういう」


 問いの形にすらならぬ問いに、精霊の長も妖精の長も互いに顔を見合わせる。


『しまった』

『ついうっかり』


 交互に目配せし合って、どちらが説明するか押し付け合う長たちの様子に、セレストは足下が崩れ落ちていくような感覚を覚えた。


 森の守護者を決めるのは守護者となる者の意志と、森に住む精霊や妖精の長の意志。

 マールエルは知の賢者ソルシスの跡を継ぎ、長たちに認められてこの森の守護者になった。


 森の守護者は森の平穏を守るために、招かれざる侵入者や害獣に対処する。一方で長たちは、守護者に森を守ってもらう代わりに、守護者の生涯を見守り助ける役目を持っていた。

 危機には駆けつけて力を貸し、命の終わりにはその魂が安らかに眠れるようにと丁重に埋葬する。

 例え遠く離れた地で命が尽きようとも、守護者となった者は守護した土地へと運ばれ、その大地の下で眠るのだ。


 だからこそ、長たちは守護者の異変を知ることができる。当然、この森の長たちも森の守護者であるマールエルの状況を把握していたのだ。

 その長たちが「マールエルはいない」「森の守護者が空席」と言うのであれば……それはつまり、マールエルの死を意味している。セレストはそう判断した。


「どこに……師匠は、どこに眠っている?」


『……それは、教えられない』

『約束だからね』

『しかし時が来たら、マールエルがもういないことをマールエルの弟子に……セレストに知らせてもいいと言われている』

『ちょっと早まってしまった気はするけども、遅いか早いかの違いだからもういいよね』


 その口振りから、マールエルの死からそれなりの時間が経過していることが察せられた。

 衝撃のあまりふらつきそうになるのを、必死で堪える。


『セレストさえよければ、マールエルの後継としてこの森の守護者になってくれないかな』

『君は森のために充分尽力してくれている。私たちはセレスト以外に、マールエルの後を継ぐ森の守護者はいないと思っている』


 心音が耳元でうるさく鳴り響く。

 それでも、長たちの言葉は明瞭に耳に届いた。


 セレストはぐっと拳に力を込め、皮膚に食い込む爪の痛みで揺れる視界と意識を立て直す。

 そして、ゆっくりと思考を巡らせた。


『答えは急がないから、考えておいて』

『拒否したとしても、森に住み続けることに誰も反対はしないから安心しておくれ』


 考え込んでしまったセレストを気遣うように、長たちの気配が遠ざかろうとする。

 しかし彼らが遠ざかる前に、セレストは決断した。


「俺を守護者と認めてくれるのであれば、この森の守護者になることに異存はない。……本当に、俺でいいんだな?」


 その問いに、肯定以外の答えが返されることはなかった。

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