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雪解け

 雪解けが着々と進んでいくなか、陽射しが柔らかな暖かさを纏い始め、小さいながらも春を感じられるようになってきた。


 そんなある日のこと。




「団長の話によると、現在王国魔法師団総出で主要道の除雪と雪解け対策をしてるらしい。俺にも除雪しつつ道を整えながら王都に戻るようにとの指令が下った」


 ひらひらと手元の紙を振りながらムルクが告げると、セレストは「ああ、あれか」と苦い表情で呟いた。


 このガシュレン王国は一定の期間で季節が移ろっていく国なのだが、各季節の気候はその年によって大きく異なる。

 特に冬の大雪や夏の日照りなどがあった年は王国魔法師団が駆り出され、その対策に追われることになる。


 かつて王国魔法師団に所属していたセレストにもその経験があり、記憶に強く残っている多忙さを思い出してげんなりした。


「団長は、もしセレストが協力してくれるようなら謝礼は弾むと仰っていた」


 急に真面目顔になったムルクに、セレストは益々苦い顔になる。


「その前に、この森を留守にする間のことを森の精霊や妖精たちに頼まなければいけない。余力があったら、だな」

「頼むぜ、未来の賢者様!」


 頼み込むようにムルクが手を合わせる。途端にセレストは目を瞬かせ、思わずといった調子で「は?」と声を上げた。


「何だそれ」

「平民出身の団員が密かに呼んでる、お前の呼称」

「……勘弁してくれ」


 セレストは精神的な疲労を覚え、ソファーに腰を下ろす。

 それからふと視線を上げると、ふたりが話をしているあいだ沈黙していたヒューティリアの視線が、ムルクの手元に向けられていることに気がついた。


「その紙って……」

「んあ? あぁ、これな。右上に(しるし)があるだろ? 同じ印の紙がもう一枚あって、こちらの紙に文字を書けば同じ印のある紙の方にも同じ内容が映し出されて、逆にもう一枚の紙の方に文字が書かれればこっちの紙にも同じ内容が映し出されるっていう魔法道具なんだ。正式な名前じゃないんだが、みんな魔法紙って呼んでる。遠征中はこれで王都にある魔法師団と連絡を取り合ってるんだよ」


 ムルクの説明を聞き、ヒューティリアはしっかりと頷いた。

 同じものを見たことがあり、セレストからも同様の説明を受けたことがあるのだが、実際に活用されているのを目の当たりにするのは初めてだった。


「その紙があれば、いつでも遠くの人とやり取りができるのよね?」

「まぁそうなんだが、こいつも高価な代物だからなぁ。ここぞというときに使う感じだな」

「そうなんだ」


 ヒューティリアはセレストを振り返り、高価だから王都に行くとき以外はどこかに仕舞い込んでいるのかと納得する。

 しかしヒューティリアの視線をどう受け取ったのか、セレストは説明を付け加えた。


「そうは言っても、魔法師団で使用する魔法紙は団員が作ってるものだからな。多少の人件費と材料費はかかるが、それ以上の出費はない。それに販売価格の問題で一般には出回りにくいが、知識と技術を持つ魔法使いであれば魔法紙くらいいくらでも作れる」


 と、セレストが言い切った途端にムルクが「とんでもない!」と声を上げた。


「これを作るのにどれだけ大変な思いをすると思ってるんだよ! これだから未来の賢者様は」

「その呼び名はやめろ」


 間髪入れずに低い声で遮られたムルクは口を尖らせる。


「お前の感覚は一般的じゃないんだよ。簡単に作れるわけないだろ、こんなもの」


 ぶつぶつと聞こえるか聞こえないかの声量でぼやくムルクを無視して、セレストは今後の予定に思考を飛ばした。


(今年は雪解けへの対処もあるから、精霊や妖精たちにはいつもより多めに魔力を渡すことになりそうだな。となると、王都に出発するのは魔力の回復時間を考えて三日後が最速か。ムルクも早めに王都に戻らなければならないだろうし、それ以上遅くなると道中の雪解けへの対処が遅れて移動が困難になりかねない)


 さっさと結論を出すと、ソファーから立ち上がる。


「王都への出発は三日後。何か問題は?」


 今年はヒューティリアのみならずムルクも同行するので、念のため問いかける。しかしどちらからも異論は出ず。ならばと、さっそく精霊や妖精たちに呼びかけた。


(今年も留守の間、森のことを頼みたい)


 すると、すぐさま周囲に精霊や妖精たちが集まってきた。

 セレストの目には瞳を輝かせている彼らの姿がはっきりと見て取れ、つい後ずさりしたくなったがぐっと堪える。


 一方で、精霊や妖精の姿を見ることはできず、気配だけが感じ取れるヒューティリアやムルクは、周囲に集まった精霊や妖精の気配の多さに圧倒されていた。

 ムルクはこれほど多くの精霊や妖精に遭遇したことがなく、その驚きと感動で目を丸くし。ヒューティリアは例年より多く集まった精霊や妖精の数に、セレストが心配になって身震いする。


『わかってると思うけど、いつもよりたくさん働かなきゃだから魔力もたくさん貰うよ?』

『覚悟はいい?』

『うふふ』

『ふふふ』


 告げられた言葉と漏れ出る笑い声にムルクがようやく薄ら寒さを覚えたその時、ヒューティリアが勢い良く手を挙げた。


「はいっ! 今年はあたしの魔力も提供するから、セレストがつらくならないくらいにしてあげて!」


 そう提案しながら、ちらりとムルクに視線を投げる。

 ムルクは冬にヒューティリアから頼まれていたことを思い出し、ヒューティリアの視線が言わんとすることを察して後に続く。


「俺の魔力も提供しよう。それで充分足りるだろ?」


 ムルクの言葉を受けて、くすくすと笑っていた声が一旦止む。しかしすぐにまたあの笑い声がそこかしこから上がり始めた。


『ふぅん』

『セレスト、いい弟子とお友達を持ったねぇ』


 ぞっとする魔法使い三人に、じりじりと精霊や妖精たちがにじりよる。


『それじゃ……』

『遠慮なく』

『いっただっきまーす!』


 精霊や妖精たちに周囲を取り囲まれた三人はその後、丸一日かけて魔力の回復に努めることとなった。

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