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味方

(どうしたらいいんだろう)


 色とりどりの葉が水面に映える泉のほとりに佇み、ヒューティリアは温度調節の上級魔法の練習をしていた。しかしその思考の半分は、考えごとに占拠されている。

 こうも考えごとに意識を割いている状態では集中しきれず、魔法が成功する気がしない。


(ずっとここにいたい。けど、いつかは独り立ちすることになるんだよね。セレストも免許皆伝を貰って独り立ちして、王都で王国魔法師団に入団したって言ってたし)


 いずれはここを出なければいけない。けれど、どうにかしてここに残れないだろうかとも思う。


(どうしたらいいんだろう……)


 答えがみつからないまま、同じことをぐるぐると考える。

 すると。


「どうかしたか」


 背後から声をかけられて飛び上がりそうになった。

 実際小さく体が跳ねて、背後を振り返る。


「セレスト」

「やっぱり、故郷のことが気になるのか?」


 どうやらセレストは先日の一件以降、ヒューティリアが自分の故郷のことを知りたがっていると思っているらしい。

 確かにエインの話は自分の経験と重なるところが多かった。しかし、決して郷愁を誘うようなものではない。


 故に、見当違いのことを聞かれたヒューティリアは目を瞬かせる。その様子から自分の読みが外れたことを察したセレストは首を捻った。


「違うのか」

「うん。故郷の村のことはあまり思い出したくないし、知りたいとも思わないよ。だってあそこにはもう、あたしの居場所はないんだもの」


 答えつつもこうしてセレストが気にかけてくれたことが嬉しくて、笑みを浮かべた。


 一体いつからだろう。

 出会った頃は他人の心情なんて気にもかけていない様子だったセレストが、ヒューティリアの言葉や表情からその心情を読み取ろうとしてくれるようになったのは。

 今回の件でも、これまでのヒューティリアの何気ない言動を覚えていなければ、ヒューティリアがエインに聞きたかったことを察することなどできなかったはずだ。


(セレストは、あたしが思っている以上に色々と気にかけてくれているんだよね)


 それがただただ嬉しい。

 ヒューティリアは兄弟が多かったこともあり、家族の中にあってもここまで気にかけて貰えたことはなかった。

 むしろ弟妹に関して言えば、気にかけるのはヒューティリアの役目でもあった。


(こういう関係って、何て呼ぶんだろう?)


 ふとそんな疑問が浮かぶ。

 しかしヒューティリアとセレストに関して言えば、答えは考えるまでもなかった。



 師匠と弟子。



 ヒューティリアとセレストの関係は正にそれだ。

 他人よりも近しく、けれど血のつながった家族とも違う。

 セレストのことは以前から師匠だと認識しているものの、師弟関係というものについて今まであまり意識してこなかった。自然と接してきたこの関係が、一般的な師弟関係なのかどうかはわからないが──


「……まぁ、言いたくなければ言わなくてもいいが」


 淡々とした、しかしどことなく不満げにも聞こえる声音に意識が引き戻される。

 ぼやけていた焦点をセレストに定めると、視界の中で眉間に皺を寄せていたセレストの表情が僅かに緩む。


「気掛かりがあるなら遠慮せず話してくれ。どこまで力になれるかわからないが、協力する」


 何ともセレストらしい言い回し。けれどその意図が読めず、ヒューティリアは首を傾げる。


「急にどうしたの?」


 不思議に思う気持ちをそのまま問いに変える。

 すると、セレストは軽く肩を竦めた。


「いや……ただ、最近よく考え込んでいるようだから、ひとこと言っておこうかと」


 何を? と問うより先に、不意を突くようなタイミングでセレストがふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

 それを目にした瞬間、驚きと共にヒューティリアの鼓動が跳ね上がる。


「俺はお前の味方だ。だから、ひとりで考え込んで深みにはまる前に、ひとこと相談してくれたら助かる」


 それだけ告げて、セレストは家へと戻っていく。

 残されたヒューティリアは原因不明の動悸に戸惑い、縫い止められたようにその場に立ち尽くしていた。






「これで少しは相談してくれるようになるといいんだが」


『いやぁ、やればできるじゃないかセレスト!』

『すごい破壊力だったよ!』


「はかいりょく?」


 言われた言葉の意味を掴みかねて問い返せば、よほど間抜けな顔に見えたらしく、精霊や妖精たちが一斉に笑い声をあげる。


『王都の精霊から聞いたけど、セレストを狙ってた人って何人かいたらしいよ』

『天然タラシ?』

『いやでもセレストだよ? そうホイホイあんな顔とか言葉は出てこないでしょ』

『だよねー』

『じゃあたまたま見てしまった人がやられたとか』

『あり得る〜』


 わいわいと楽しげに言葉を投げ合う精霊や妖精たちの会話の意味がわからず、セレストは無視することにした。彼らのことは放って置いて室内に戻ると、読みかけの本を手に取る。

 それからふと、自分が口にした言葉を振り返り──


「相談されないということはもしかして、信頼関係が成立していないということか?」


 そんなことをぼやいて眉間に寄った皺を揉み解す。


 信頼関係。

 相手から信頼を得ていなければ成立しないもの。

 そんなもの、どうやったら得られるというのか。


 これまで上辺以上の信頼関係を築こうと考えたことがほとんどなく、今になってそのツケが押し寄せてきたように感じられて項垂れる。今ほど対人能力の低い己を恨んだことはない。


 そのまましばし考え込み、のそりと立ち上がる。

 書棚に歩み寄ると『子供とのつきあい方』を引っ張り出して、ぱらぱらと頁をめくり……あまりの悪筆に眉間に皺を寄せながらソファーに戻った。

 解読の難しさに気が向かず、後半部分はまだ解読しきっていない。そのことが悔やまれて、気を取り直して解読を再開する。


(信頼を得る方法まで書かれているかはわからないが……)


 他に手掛かりがないのだから仕方がない。

 そう自らに言い聞かせて真剣に手記と向き合う。


 そんなセレストの様子を眺めていた精霊や妖精たちは、やれやれと肩を竦めて首を振っていた。


『信頼関係が成立してないってさ』

『そんなばかな』

『やっぱりセレストはこういうとこ、残念だよね』

『ほんとうに』

『でも、あの(・・)セレストが誰かから信頼を得ようと思うなんて、成長したよね』

『ほんとうに!』


 うんうんと頷き合って囁く精霊や妖精たち。

 常ならば気付いていたであろう彼らの声に、この時のセレストが気付くことはなかった。

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