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不調

 ヒューティリアは悩んでいた。

 正確には、理解できないことを理解しようとして頭を悩ませていた。


 どうにも理解できない気持ち。

 けれど知らなければ、またソーノが不安に思ってしまうかもしれないという心配がヒューティリアにはあった。


 物語の中では、自分の想い人を想っている別の人間の存在に対して不安を抱いたり、時として敵視さえしていた。

 例えヒューティリアがグラのことを友人としてしか見ていないとしても、ソーノが疑えばソーノの中で真実になってしまう可能性がある。

 ヒューティリアにとってソーノは、親も兄弟も、友人さえも失い、魔法使いの弟子となってから初めて出来た同性の友人だ。

 だからこそソーノとは仲違いしたくないという無意識の意識が働き、ほんの少しでもいいからその気持ちを知り、ソーノを安心させようと、ソーノから借りた本を何度も読み、マールエルの愛読書にも目を通していく。


 ソーノから借りた本とマールエルの本の違いは子供向けの易しい本か大人向けの複雑な本かの違いなのだが、印象はそう大きく違わない。

 より現実的な内容な分だけマールエルの愛読書の方がヒューティリアとしては理解しやすく感じたが、恐らく知るべきは理解しやすい云々ではなく、物語に沿って気持ちが動かされるかどうかなのだろうと思う。

 それはわかるのだが、どうしてそういう気持ちになっていくのかがわからない。細かな描写から辛うじて読み取れるのは「容姿に惹かれた」「内面に惹かれた」「いつの間にか恋に落ちていた」というような知識だけ。

 理解したと言うにはあまりにも上辺しか掴めていないという自覚があり、その自覚があるせいでますます深みに嵌ってしまっていた。



 それ故に、ヒューティリアの調子は下降の一途を辿っていた。

 とは言っても体調が悪いと言う話ではなく、魔法の調子が思わしくない、ということなのだが。


「また失敗……」


 しょんぼりと言葉を落とした先には、枯れた魔法植物。

 昨日まではまだ挽回の余地があったのだが調整ミスをしてしまったらしく、一晩明けて様子を見に来た時には既に枯れてしまっていた。

 そして不調は魔法植物の育成だけに留まらず。


『危ないっ!』


 竃の火力の調整もうまくいかず、大きくなり過ぎた炎を精霊が慌てて消してくれた。


『どうしたの? ヒューティリア』

『ここのところ調子悪いみたいね』


 そんな精霊たちの言葉にヒューティリアは俯き、食器の準備をしていたセレストが振り返る。


「体調でも悪いのか?」


 この問いには首を横に振って応じる。


『体調というよりも、集中力がない感じがするけど』

『なにか悩みごと?』


 ぼんやりしがちな様子から察した精霊たちの言葉に、ヒューティリアは目を伏せた。


「悩みごとと言えば悩みごとなんだけど……考えても考えてもわからないから気になってもやもやして、ちゃんと集中しなきゃって思うのに気付いたらまた考えちゃってて……」


 魔法を使う上で集中力の乱れは惨事を引き起こしかねない。それはわかっている。

 だからこそ、考えごとは忘れて集中しようとしているのに、いつのまにかまたぐるぐると答えの見つからない悩みに身を投じてしまうのだ。


 床を見つめたまま黙り込んでしまったヒューティリアに、精霊たちは心配そうに視線を交わし合い、やがてその視線はセレストへと移っていった。

 精霊たちに注目される中、セレストはじっとヒューティリアを見下ろし、考える。


(ヒューティリアの集中力を乱している考えごととは恐らく先日聞いた件だろう。となると、集中できずに失敗を繰り返す現状から脱するには、ヒューティリアが納得できる答えを得るか、答えを出すこと自体を断念するか……どちらかだろうな)


 そう判断するなり、セレストは静かに口を開いた。


「……ヒューティリア」

「はいっ」


 呼びかけるとヒューティリアは弾かれたように顔を上げ、背筋を伸ばした。

 叱られるとでも思っているのか、水色の瞳が緊張を伴いながら不安げに揺れている。


「悩みなり考えごとなりが解決するまで、魔法の使用を禁止する。魔法植物の畑は引き続き任せるが、それ以外の魔法には手を出さないように」

「……わかった」


 至極当然の指示。それでもヒューティリアは意気消沈した様子でうなだれた……が、何を思ったか勢いよく顔を上げると改めてセレストを見上げた。

 そしていつも通り、問いを投げかける。


「ねぇ、セレストは今まで魔法に集中できなくなるくらい、考えごとから抜け出せなくなったことってあった?」


 唐突な問いだったがセレストは顎に手を当て、記憶を引き出そうと何もない空間に視線を向ける。


「……まぁ、なかったわけではないな」


 セレストは幼少時から感覚で魔法を覚え、使用してきた。

 しかし、だからと言ってつまずいたことがなかったわけではなく、集中を乱すような考えごとが皆無だったわけでもない。


 そんな過去の自分を思い起こしているセレストを、ヒューティリアな真剣な表情で見つめる。


「そのとき、どうやって解決したの?」


 過去に同じような状況に陥っていたはずのセレストは今、如何なるときも集中力を乱さず魔法を使いこなしている。

 ということは、何らかの解決策があるはずだと期待の眼差しを向ける。


 その視線に応えるように、セレストもヒューティリアを正面から見据えた。

 表情に変化こそないものの、真剣に答えようとしていることがヒューティリアにはわかる。


 そうして発せられた言葉は。



「解決するまで悩み抜くか、解決しないなら忘れる」



 あっさりと。実に簡潔に、セレストは言い放った。


 他に方法などないだろうという口調。

 あまりにも単純明解で、けれど案外難しい解決方法。

 しかしそれは無駄や不明を嫌い、けれど場合によっては不明も受け流してしまう、実にセレストらしい答えだった。


 ヒューティリアは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間には笑ってしまっていた。


「そっか。そうだよね。それしかないよね」

「他にもっといい解決方法があるなら、俺も知りたい」


 真面目な顔でそんなことを言うセレストが可笑しくて、ヒューティリアは更に笑う。

 ひとしきり笑えば靄のようなものが晴れ、ヒューティリアはよしっ、と拳を握りしめて気合いを入れた。


「とりあえず、まずは解決するまで悩み抜いた方がいいよね! あたし、明日クルーエ村に行ってくる!」


 そう宣言すれば、ひとりで森を歩かせるのは危険だと判断したセレストが適当に理由を告げて同行することとなった。

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