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帰宅

 ムルク夫妻との別れを済ませた後、セレストとヒューティリアはフォレノの森方面に向かう乗り合い馬車を見つけて王都を発った。

 ただ、王都に来る際は一日で出来るだけ移動距離を稼げるように乗り合い馬車を乗り継いでいたが、帰りは次の町に到着するのが夜になりそうな場合は移動を止めていた。

 そのため、急げば半月で帰れる距離を二十日かけて戻っていた。



 エメネの町からクルーエ村方面に向かう際には乗り合い馬車がなかったため、ロズ村からエメネの町まで商品の仕入れにきていた商人の馬車を見つけて乗せてもらった。

 その先のクルーエ村までは、折良くロズ村に来ていたレグの馬車に乗ることができた。


「セレストくんは運が良いなぁ。それともヒューティリアちゃんが強運の持ち主なんかな?」


 エメネの町でロズ村の商人を見つけてロズ村まで戻ってきた話を聞いて、レグは奇跡としか言いようのない出来事に驚きながらも豪快に笑った。


 ロズ村とクルーエ村は肥料や材木などの物々交換で交流を図っているので、割と往来がある。

 しかしエメネの町とロズ村は在庫に応じて不定期に商人が仕入れや納品で行き来する程度で、あまり往来がない。

 運良くエメネの町にロズ村の商人が仕入れに行ったタイミングで戻ってきたことも、奇跡的にロズ村の商人を発見できたことも、僥倖としか言いようがなかった。



 その後、終始王都の話を聞きたがったレグに質問攻めにされている間にクルーエ村に到着した。

 太陽は天頂を過ぎ、時刻はすでに午後に突入していた。


「ん〜! 着いたぁ!」


 およそ二ヶ月ぶりにクルーエ村の地に足を付けると、ヒューティリアは思い切り体を伸ばした。その心の内に、自然と“帰ってきた”という気持ちが湧き上がる。

 そう何度も訪れた場所ではないはずなのに、何故か懐かしさすら覚えた。


「うちで昼飯食ってくか?」

「いえ。予定より長く不在にしてしまったので、出来るだけ早く家に戻らなければ」


 レグの提案を辞退して、セレストは村長と雑貨屋に王都から戻った旨の挨拶をしに向かった。

 不在中の村は平和そのものだったようで、出発時に渡した特殊な紙を白紙のまま返却してもらい、真っ直ぐ帰途につく。



 森の中に足を踏み入れると、クルーエ村に戻ったとき以上に懐かしい気持ちがヒューティリアの中に湧き上がってきた。帰ってきた実感を求めるように、胸一杯に森の空気を吸い込む。

 そうして何度か深呼吸しているうちに、セレストとの間に距離が開いてしまった。慌てて走って追いつく。


「帰るの遅くなっちゃったね」


 森を出たときはまだ葉が落ちた木に新芽がちらほら見られる程度だったが、二ヶ月振りの森はすっかり新緑色に染まっていた。

 柔らかな緑がセレストの瞳の色を想起させて、ヒューティリアは覗き込むようにセレストの瞳を見上げる。

 セレストも森の様子を眺めていたが、ヒューティリアの言葉に「まぁ、許容範囲だろう」と応じた。


「でも、精霊や妖精たちから延びたぶんの魔力を寄越せって言われない?」


 ヒューティリアが問いかけた途端、セレストはぴたりと足を止め、眉間に皺を寄せる。


「そうか……それはあり得るな」


 王都に発つ前、精霊や妖精たちが不在中の森を引き受ける代わりに魔力を寄越せとセレストを囲み込んでいた光景を思い出して、ヒューティリアも心配になる。

 しかしセレストは嘆息すると、「しょうがない」とだけ呟いて再び歩きだした。


 ほどなくして、周囲に精霊や妖精たちの気配が集まり始める。


『おかえり〜』

『元気だった?』


 わらわらと気配が増え、次々と声をかけてくる彼らにセレストは顔をしかめる。


「前にも言ったが、あんまり油断して喋ってるとそのうち見つかるぞ」


『大丈夫だよ〜』

『ね!』


「大丈夫じゃないよ!」


 セレストの言葉に暢気に応じる精霊や妖精たちに、ヒューティリアは反射的に声を上げた。

 吃驚した気配、そして静まる精霊や妖精たち。


「見つかったら捕まるかもしれない。捕まったら、殺されちゃうかもしれないんだよ!?」


『ヒューティリアまでそんなことを言い始めるなんて』

『セレストの心配性が感染ったの?』


「違う! あたしは王都で見たから……精霊が捕まって、殺されて、セレストが悲しい思いをしていたのを、自分の目で見てきたから……!」


 セレストが気付いているかどうかはわからないが、精霊狩りの現場でヒューティリアがセレストに飛びついた理由は、置いていかれた不安だけではなく、セレストがつらそうで、苦しんでいるように見えたからだ。

 そう見えてしまったらいても立ってもいられず、とにかく傍に行かなければと思った。気付いたら飛びついていたのだ。


「あたしもあんなの嫌。もう見たくない……」


 目には見えなくても、こうして日頃から言葉を交わしている精霊や妖精たちの命が、ある日突然奪われることを想像するだけで胸が痛む。

 それに、再び精霊狩りや妖精狩りが行われてセレストがつらく悲しい思いをしたり、苦しんでいる姿を見るのは絶対に嫌だった。


 ヒューティリアは悲痛な表情を浮かべ、俯いた。

 そんなヒューティリアの様子に、精霊や妖精たちが戸惑う。


『ご、ごめんね、ヒューティリア』

『恐かったのね』

『ぼくたちも気をつけるから、泣かないで』


 いつの間にかぽろぽろと涙を零し始めたヒューティリアを、精霊や妖精たちが必死に慰める。

 泣かないでと言われて初めて自分が泣いていることに気付いたヒューティリアは、慌てて手の甲で涙を拭った。しかし溢れる涙が止まることはなく──。


 涙が止まらず困り果てていると、ぽんっと頭に手が置かれた。見上げれば、真っ直ぐヒューティリアを見下ろしているセレストと目が合う。

 セレストは特に表情を浮かべないまま、落ち着かせるように二度三度とヒューティリアの頭に柔らかく手を乗せた。


「帰ろう」

「……うん」


 短く告げられた言葉に頷いて、いつの間にか止まっていた足を前へと踏み出す。

 家まであと少し。

 その間に何とか涙を止めようと、ヒューティリアは口を引き結び、目元に力を込めた。

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