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違和感 ─セレスト─

 セレストは精霊の悲鳴を聞きつけるなりムルクの家を飛び出し、同じく悲鳴を聞きつけた精霊たちに導かれるままに走った。

 幾度となく精霊狩りや妖精狩りを阻止、もしくは犯人の捕縛を繰り返してきたセレストに対して、王都の精霊や妖精たちは協力的だった。


 そうして導かれた先は、これまで見回っていた路地とは異なる場所。整備された通りから外れた区域の、廃れた雰囲気の貧民街だった。

 巨大な城壁の影に潜むようにして広がる貧民街は、日々の暮らしもままならない人々が集まって形成された区域だ。雑然と建てられている家々は廃材を継ぎ接ぎした粗末なもので、全体的に暗い色合いに沈んでいる。


 そんな貧民街に突然走り込んできたセレストに、貧民街の人々は胡乱な目を向けてきた。


(こんな場所で、精霊狩りか……?)


 一瞬の戸惑いを経て、セレストは『こっち』と促す声に従い、改めて走る。

 確かに貧民街にも精霊や妖精は存在するが、精霊も妖精も魔法使いに力を貸し、魔力を貰うことで力を伸ばす種族である。故に、魔法使いとの関わりが薄いこの貧民街のような区域では極端に数が少なく、巧妙に姿を隠しているのが常だ。

 わざわざそんな場所を選んでまで、精霊や妖精を狩る理由が見当たらない。


 得体の知れない不気味さを感じつつ辿り着いたのは、貧民街の中でも一際開けた場所にぽつりと建てられている貧相な家だった。

 素人目に見ても、強風が吹けば一瞬で飛ばされてしまいそうな脆い造りをしている。


「本当に、ここか……?」


 思わず問えば、王都の精霊たちが『本当だよ!』『この家から悲鳴が聞こえたよ!』と答える。


 精霊たちの言葉を信じて慎重に家に近付くと、突如家の内側から暴風が吹き出した。

 その衝撃で脆そうな家は予想していた通りに吹き飛び、その破片が襲いくる。


(風を!)


 すかさずセレストが念じると、案内してくれた精霊たちがセレストの意図を汲み魔力を得て、暴風に逆行する風を起こす。


「くそっ!」


 魔法を押し返され、家があった付近から数人の男が転び出てきた。

 すかさずひとりが暴風に続く魔法を放ち、セレストの足元の地面に穴をあける。更に別の男たちが炎の矢を放ってきた。


(足場を頼む。炎は水球で消火、ついでに押し潰す!)


 穴へと落下し始めるのとほぼ同時に次々と念じ、セレストの意図を汲んだ精霊たちが望む現象を実現させていく。

 失われた地面がセレストを押し上げるように塞がり復元され、空中に現れた巨大な水の球が炎の矢を呑み込みながら男たちを押しつぶさん勢いで落下する。


「ぎゃあっ!」


 ひとりが逃げ後れ、水圧で気を失った。その隙にセレストは相手の人数を把握する。

 顔を隠すように怪しい面を被った、体格から推定するに男が合計五人。うちひとりは気絶させたので、残るは四人。


(人数もだが、俺が家に近付くなり攻撃を仕掛けてきたことを考えると、誘き寄せられた……? となると、これまでに捕らえたやつらの仲間か。もしくは同業者間で俺の情報が出回っていて、捕まる前に始末をつけようとしたのか)


 状況からいくつか推論を出すと、セレストは眉間に皺を寄せた。セレストを誘き寄せるために精霊の命が危険に晒されているのだと思うと不快感が込み上げてくる。


 同時に、頭の片隅に針で刺されたような痛みが走った。

 痛みに続き、何か大事なことを忘れているような……その記憶の片鱗が見えそうな感覚を覚える。

 抗い難いほど強く意識が引かれ、つい導かれるように、覗き込むようにそちらへと意識を傾けかけ──


『よくもわたしたちの仲間を!』

『許さない!』


 周囲の精霊たちの怒りが膨れ上がり、強く叩き付けるような声で意識が引き戻された。

 セレストは今自らが身を置いている状況を思い出し、気を引き締め直すと改めて周囲を確認する。


 騒ぎを聞きつけて集まりつつある貧民街の人々が、滅多に目にしない魔法を珍しそうに眺めている。

 一方、前方の四人の男たちは貧民街の人々のことなど気にも留めずに、再度炎を呼び起こす。今度は矢ではなく、球状の炎がいくつも空中に浮かんだ。


『何でそんなやつらに力を貸すの!?』


 セレストに味方する精霊が悲痛な叫びをあげる。

 声に導かれてセレストも相手側に与する精霊の姿を探した。

 そうしてセレストの目に映ったのは、男たちの腰からぶら下げられている透明な石。その中に閉じ込められた、虚ろな目をした精霊たちの姿。


「強い服従の魔法がかけられている。言っても無駄だ」


 そう告げれば、周囲の精霊たちもギリッと歯を食いしばる。

 彼らも知っているのだろう。

 本来なら人の目から見えないはずの精霊や妖精たちが、何故狩られてしまうのかを。




 精霊や妖精たちは、ある特種な香りに弱い。

 その香りは特定の魔法植物を決まった組み合わせと分量で混ぜ合わせて干し、燃やすと発生する。

 精霊や妖精はその香りに引き寄せられてしまうばかりか、香りに気を取られて周りが見えなくなってしまい、待ち構えていた魔法使いに捕らえられてしまうのだ。


 おびき寄せる手段さえ知っていれば、捕らえること自体はそう難しくない。

 彼らを捕らえようとする者たちは、精霊や妖精を捕まえるために違法に開発された特殊な檻の中で香りを炊く。

 目には見えなくとも香りに釣られて集まってくることさえ知っていれば、集まってきた気配を察知して檻を閉じるだけで捕まえられるのだ。


 あとは他の精霊や妖精を人質にして脅し、精霊に魔法使いの言いなりになる服従の魔法を自らかけるよう指示を出す。そうすれば他の仲間は助ける、などという甘言を添えて。

 すると仲間意識が強く、妖精たちとも親しい隣人のような関係にある精霊は、魔法植物の香りの影響も相俟って冷静な判断力を欠き、甘言に釣られて指示に従ってしまう。


 こうして服従の魔法により精霊は魔法使いの要望に唯々諾々と応えるようになり、魔法使いの指示を受けて同じく捕らえられた精霊や妖精に対して何の疑問も抱かずに魔法を使う。

 まずは抵抗しないよう、自らと同じく服従の魔法で従わせ。そして、魔法使いの指示に従って仲間の核に傷をつける。


 結果、人間側が手を下さずとも確実に精霊や妖精の核に傷を負わせることが出来、闇市場で売り捌く商品も手に入る……というのが、精霊狩りや妖精狩りの実体だ。


 ただしこの手順を実行するには充分な知識に加え、特種な魔法植物や檻を入手するための馬鹿にならない先行投資が必要になる。

 故に、犯人として捕まるのは知識と財力を持つ魔法使いがほとんどだ。

 しかし稀に、知識はあっても財力のない魔法使いが実行犯となり、その後ろ盾として貴族や裕福層が関わっている場合もあり──




 男たちが、炎の球を放った。


 セレストはすぐさま意識を切り替えて精霊たちに呼びかけ、水球で対抗する。更に続けて、男たちを捕らえるべく魔法を放つ。

 空中で火球とぶつかった水球が次々と蒸発していく中、男たちが地面から伸びた蔦に絡み付かれ引き倒された。顔面を強打して痛みに呻く男たちの隙を突いて、様子を見守っていた妖精たちが男たちの腰から精霊を捕らえている石の檻を奪い、セレストの側へと運んでくる。


 そのことに気付くなり、男たちは最後の悪足掻きとばかりに精霊に向かって何かを念じた。

 しかしセレストに味方している精霊たちが自発的に思念妨害の壁を展開し、男たちの念を弾く。その証しとして、空中で光が散った。

 当然の如く男たちの念は洗脳された精霊たちには届かず、魔法が発動することもなく……。



 絶望して地面に突っ伏す男たち。

 その姿を確認して、セレストは安堵の息を吐いた。

 気が抜けたからか、忘れかけていた頭の痛みと記憶の引っかかりを思い出して顔をしかめる。


(何なんだ、一体……)


 自分でも理解できない痛みと違和感に、否応無しに表情が険しくなる。

 刺すように痛む頭に右手を添え、痛みを抑え込むように力を込めた……そのときだった。


「間に合わなかったか」


 唐突に、背後から声がかけられた。

 セレストは反射的に身構えつつ素早く振り返る。


「相変わらず見事だな」


 重ねてかけられた言葉と視界に入った人物に、セレストは目を瞬かせた。


「団長」


 新手かと思い緊張させていた体から力を抜く。

 セレストに声をかけてきた人物は、王国魔法師団団長のワースだった。


 ワースは脱力したセレストの肩を叩き、背後に引き連れてきた団員に指示を出して男たちを捕らえる。

 周囲では既に他の団員たちが、貧民街の人々に現場に近付かないようにと呼びかけている。

 その団員の中の幾人かがセレストを睨みつけてきたものの、セレストは相変わらずだなと思うだけで興味が失せ、精霊が閉じ込められている石の檻を見遣った。


 八体いる精霊のうちの一体が、核に傷を負っていた。

 その精霊が入っている石を手に取り、じっと見つめる。そして精霊が既に力尽き、絶命していることを確認すると、脱力したように深く長く息を吐き出した。

 続いて襲ってきた虚無感と、のしかかってくる疲労感に任せて地面に座り込もうとし──


「セレスト!」


 セレストの耳に、幼い声が届いた。

 そちらに視線を巡らせれば、目が覚めるような鮮やかな赤が飛び込んでくる。

 声の主がヒューティリアであると認識すると同時に思い切り飛びつかれ、疲労の影響で支え切れずに尻餅をついた。


「……痛い」


 臀部を強か打って割と本気で痛みに顔を歪める。

 しかしそれと引き換えるようにして、頭の片隅に感じていた刺すような痛みや違和感が消え去った。


「ごっ、ごめん」


 慌ててヒューティリアが離れる。


「……いや。というか、何故ここにいる」

「あっ、あのね、その……」


 怒られるとでも思ったのか、半ば俯いてしどろもどろになるヒューティリアの隣にムルクがやってきた。

 セレストはその巨体に非難の目を向ける。睨まれたムルクは困ったように頭を掻いた。


「やっ、ちゃんと俺は止めたぞ? けど、俺が止めても無駄だったというか、ヒューティリアが飛び出して行ったから俺と団長が追いかけてきたわけで」


 そう言われてしまえばムルクに非があるわけではないので、セレストも睨むのを止めて嘆息する他無い。


「大人しく待っててもらった方が有り難かったんだが」


 改めてヒューティリアに向き直ると、ヒューティリアは今にも泣きそうな顔で今度こそ俯いた。

 そんなに強い言葉を向けたつもりがなかったセレストは、想定外の反応に動揺する。

 セレストの様子に気付いたムルクがおや、という表情を浮かべたが、セレストもヒューティリアも自分のことで一杯一杯で気付かず。


「だって、セレストが心配だったんだもん。置いて行かれて不安だったし、もしセレストが帰ってこなかったらって考えたら、待ってるのが恐くて……」


 震える声で訴えられれば、さすがにセレストも言い返せない。


 互いに続く言葉も返す言葉も浮かばずに口を噤み、沈黙が下りようとしていた。

 しかしその沈黙を阻止するようにムルクがぽんぽんとヒューティリアの頭を優しく撫で、見上げてきたヒューティリアに笑いかける。


「だから大丈夫だって言っただろ? 本当にセレストは優秀な魔法使いなんだぞ。俺の記憶が確かなら、団に入ってから辞めるまで誰もセレストには敵わなかった。正直、今でも団長と渡り合えるのはセレストくらいだと俺は思ってる」

「それはさすがに」

「いや、私も厳しいかも知れない」


 言いすぎだ、とセレストがムルクの言葉を否定しようとしたが、被せるようにして話題に上った人物が現れた。

 ムルクが無駄のない動きで敬礼する。

 こちらにやってきたワースはムルクに軽く頷いて応じると、微笑みを浮かべながらヒューティリアを見遣り、最後にセレストへと視線を移した。


「お前が団を抜けてから数件しか解決できなかった精霊狩りや妖精狩りの事件が、お前が王都にいたこのひと月で一体何件解決したと思っているんだ。私の能力が高ければ被害はもっと少なく済んでいたはずだ」

「それは、たまたまでは?」


 セレストが投げやりに応じると、ワースは苦笑した。


「たまたまであっさり解決されてしまっては、我々の立つ瀬がないのだがな。まぁ、いずれにせよ王都を発つのは少し待って欲しい。報賞の用意がもう少しで整う」

「そういうのは面倒なので結構です」

「それと」


 セレストの言い分など無視して、ワースは言葉を被せた。

 その表情はこれまでの穏やかな笑顔から一変し、真面目な顔つきになっている。


「お前が退団届けを出した際に、私が言った言葉を覚えているだろうか?」


 問われて、セレストは何か言われただろうかと首を傾げる。

 そんなセレストの様子にワースは「お前は変わらないな」と苦笑を浮かべ、改めて口を開いた。


「お前さえよければ、いつでも戻ってこい。本音を言うなら、今すぐにでも戻ってきて欲しいところだが……」


 ワースの視線がちらりとヒューティリアに向けられる。

 セレストの記憶が確かなら、ワースも師を持つ魔法使いだったはずだ。

 もしセレストとヒューティリアが師弟であることを知っているならば、執拗に魔法師団への勧誘はしないだろう。

 それほどまでに、師であること、弟子であることというのは重い意味を持つ。


 そんなことを考えながら、しかしセレストは魔法師団への誘いを断る文句としてではなく、自分の意志として、ワースにはっきりと告げた。


「今の俺には弟子がいますので」


 迷わずそう告げられたワースは、驚きを隠しもせずに目を見開く。

 しかしすぐに苦笑を浮かべ、ゆっくりと頷いた。


「それなら、仕方ないな」

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