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王都へ

 季節は移ろい、日差しが柔らかさを増し始めた春の入り口。


 練習を重ねてすっかり魔力の扱い方を覚えたヒューティリアは、食事の準備の度に竃に火を灯す役目を買って出ていた。

 ついでに料理に合わせた火力の調整をさせてみたところ、何度か失敗したものの、あっという間に火力の調整を覚えた。


「この調子なら次の段階に進んでもよさそうだな」


 短期間で見事に炎を操ってみせた弟子を見て、セレストも満足そうに頷きながらそんなことを口にする。


「ほんと!?」


 ぱっと表情を輝かせるヒューティリア。

 しかしセレストは「その前に」と続けた。


「王都に楽器を買いに行くのが先だ。次の段階に進むなら戻ってきてから集中して進めた方がいいだろう」


 この言葉にヒューティリアは残念そうに肩を落としたものの、王都に行くのも楽しみにしていたので、すぐに機嫌を直して頷いた。




 翌日には旅支度を整え、不在中の畑や薬草園の世話を精霊や妖精たちに依頼する。


『依頼料は前払いで!』


 精霊からも妖精からもそう言われ、半日近く精霊たちにライアーを聞かせ続けたセレストはぐったりしながら家に戻ると、今度は大量の菓子を作って妖精たちに差し出した。


『不足分としてちょっと魔力を貰っとくね』


 と、畳み掛けるように精霊も妖精もセレストの周囲に集まり、魔力を寄越せと言わんばかりに体を光らせ催促する。

 その様子を見ていたヒューティリアは、精霊も妖精もまるで生者の生気を吸い取る幽鬼のようだと思い、ぞっとして距離をとった。


 そうして少なくない量の魔力を精霊や妖精たちに渡したセレストは、「明日は回復に努める」と言って出発を二日後に設定した。

 是非休んで欲しい。全力で休んで欲しい。

 そう思い、ヒューティリアも快く承諾した。






 そして更に二日後。

 セレストとヒューティリアは森に隣接する村……クルーエ村にいた。

 村長と雑貨屋にしばらく不在になることを告げ、不在中に魔法薬が必要になった場合に備えて特殊な紙を数枚手渡す。


 この紙は対になっており、片方の紙に文字を書くと対の紙にも同じ文字が反映される魔法が施されている。

 対になる紙はセレストが所持しているので、魔法薬が必要になればこの紙でのやり取りを経てセレストが王都側で魔法薬を入手し、村に届けることが可能になるのだ。

 過去にマールエルが同様の手段を取っていたおかげで村長も雑貨屋も心得たもので、特に説明せずとも理解し、「気をつけて行っておいで」と送り出してくれた。


 その傍らで、ヒューティリアは王都に着ていく服をサナに選んでもらっていた。


「ヒューちゃんの可愛さを存分に発揮するチャンスよね!」


 あれでもない、これでもないと選びながら意気込むサナを、見送りに来ていたグラが半眼になって見つめている。


「意味がわからない」

「何を言ってるの、グラ! 煌びやかな王都に行くのよ。目一杯おめかししないと勿体ないじゃない!」

「……意味がわからない」


 同じ言葉を繰り返すグラにヒューティリアも全力で同意したかったが、王都がどんな場所かわからないため装いに関してはサナに任せるほかなく、大人しく着せ替えられていた。

 最終的にサナが選んだのは、丸襟の淡い黄色のブラウスに、春らしい若草色のスカート。加えて、まだ朝晩は肌寒いので、縁に小花の刺繍が施された濃い緑のショールを肩に羽織り、ブローチで留める。


「あぁ、うちに女の子がいたらもっと練習して綺麗に結ってあげられたのに」


 そう嘆くサナはどうやら髪を整えることに関しては不器用なようで、一生懸命ヒューティリアの髪を編み込もうと悪戦苦闘していた。

 見兼ねてやってきたのは、意外にもセレストだった。


「貸してください」


 そう告げて、器用にヒューティリアの髪を編み上げる。


「セレストくん、上手! 何でできるの!?」

「師匠に散々やらされたので」


 サナに応じつつ毛先がほつれないように結い紐でしっかり留めると、ヒューティリアの前に鏡を差し出した。

 ヒューティリアは差し出された鏡を覗き込むなり、普段とは違う自分の姿に目を輝かせる。

 嬉しそうに何度も角度を変えて鏡に映る自身を確認するヒューティリアを見て、セレストは雑貨屋の店先からブローチと揃いのバレッタを買い取り、結い紐の縛り目を隠すようにつけた。

 ヒューティリアが喜んだのは言うまでもない。




 近くの町までは、レグが馬車を出してくれた。

 レグは木こり 兼 材木店 兼 建築業 兼 運び屋 兼……と、いわゆる何でも屋をしていて、主に力仕事を生業にしながら雑用も兼ねてよく近隣の町に出かけていた。

 この日も町まで材木を届ける仕事があり、ならばついでにとセレストたちを送り届けることになったのだ。


「王都まで行くんだって? ここからだと乗り合い馬車を乗り継いでも半月くらいか?」

「そうですね、大体それくらいです」


 セレストは王都から故郷の森であるフォレノの森に帰る際に辿った道程を思い出し、肯定する。

 レグも「結構遠いよなぁ」と相槌を打った。


 今向かっているエメネの町までの道程も、クルーエ村から片道でおよそ一日はかかる。

 今回は昼前にクルーエ村を出発したが、どの時間帯に出発したとしても途中で必ず中間地点にあるロズ村に立ち寄り、一泊しなければ辿り着けない。


 馬車は順調に進み、ロズ村には日が暮れ始めた頃に到着した。

 そのまま村の小さな宿で一泊して、早朝にはエメネの町に向けて再出発する。


 そうしてエメネの町には昼食時に到着し、納品を急ぐレグと別れて軽く食事を摂った。

 食べ過ぎると馬車で酔うかも知れないので、食べ過ぎないように。しかし空腹過ぎても酔うかも知れないので、少なすぎないように。

 小腹が空いたとき食べれるように携帯食を買い足すと、乗り合い馬車を探す。


 その後は乗り合い馬車を見つけて向かう方向を確認し、代金を払って乗り込み、次の町へと移動する……ということを何度も繰り返し、当初見知らぬ大人たちに怯えてセレストの影に隠れていたヒューティリアがその環境にも慣れ、怯えることなく過ごせるようになった頃。


「わぁっ……!」


 ヒューティリアが歓声を上げる。

 御者の横から顔を出してみれば、遠目にもわかるほど立派な城壁に囲まれた、広大な王都が見て取れた。



 王都は斜面に作られており、一番高いところに立派な城が鎮座していた。

 よく絵本で見るような白亜の城とは趣が異なり、どこか無骨な印象を受ける堅牢な造りをしている。


 城壁内は区画が整備されており、城に程近い一帯には貴族が住むような大きな邸が並ぶ区画が。その外側には中流階級が暮らす区画があり、更に外側になると平民が暮らすような家屋や商店が整然と立ち並んでいた。


 そんな王都の背後には険しい山脈がそびえており、見る者に勇壮な印象を与える。



 同乗していた他の子供たちも歓声を上げ、我先に幌と御者の間から顔を出す。

 御者の男性も「危ないから下がってて」と注意はするものの、慣れた様子で子供たちから王都が見えるように体を退けた。


 そうしてヒューティリアが王都の景色を目に焼き付けている間に、大きな城壁が近付いてきた。

 その大きさは、門前に辿り着くと首が痛くなるほど見上げなければ見張り用の櫓が見えないほどだった。


 馬車から下りると、乗客は二手に分かれる。

 一方は門番に通行証を見せて王都内へと進み、もう一方は王都内への通行手続きをすべく受付に向かった。


「行くぞ」


 そんな人々を不思議な気分で眺めていると、セレストに背中を押された。どうやらセレストは前者のようだ。門番に札のようなものを見せる。

 途端に門番が背筋を伸ばし、敬礼する。


「これはセレスト殿! どうぞお通り下さい!」

「どうも」


 今、門番はちゃんと札を見ていただろうか?

 ヒューティリアは首を傾げながらセレストに促されて門を潜る。


「ねぇ。今の人、ちゃんと通行証確認してた?」

「……通したんだから、確認したんじゃないか?」


 背後を振り返りながら問うヒューティリアに、セレストはしれっと答えて歩いて行く。


 そのまま真っ直ぐ進むと、途端に人通りが激しくなった。

 まるで別世界のようにその区画から先は喧騒が辺りを満たし、多くの人がひしめき合っていた。


 思わずヒューティリアはセレストの袖に掴まる。

 視点が低いヒューティリアからは激しく行き交う人の波しか見えず、向かう先が道なのかどうかもわからない。

 そんなヒューティリアの心境を察したのか、セレストは人の荒波に突入する手前で一度立ち止まった。


 しばし考え込み、人混みを避ける道がないか王都の地図を思い浮かべる。

 しかし、どの道を使うにしてもこの人でごった返している大通りを越える必要があり、避けて通れないことに思い至った。

 かと言って、このまま突撃すればヒューティリアとはぐれる可能性がある。


「仕方ない」

「ひぇっ?」


 ぽつりと呟くと、セレストはヒューティリアを抱き上げた。

 突然の浮遊感にヒューティリアが間抜けな声を上げる。


「通りを抜けるまで我慢しろ。とりあえず、しっかりつかまっててくれ」


 そう告げて、セレストはヒューティリアの返事も待たずに人の波へと歩を進めた。

 ヒューティリアも言われるがままに、セレストにしがみつく。


 低い視点だと寸分の隙もなく人がいるように見えたが、抱き上げられて高い視点から見れば案外隙間はあるもので。セレストは器用にその隙間を縫って大通りを横断して行く。

 よく見れば、セレストと同じく器用に人の合間を縫って行く子供たちの姿が見えた。

 恐らく王都住まいの子供たちだろう。慣れた様子で、迷うことなく親の後を追っている。


 思わず感心していると、不意に人混みが途切れた。大通りを抜けきったのだろう。

 セレストはヒューティリアをゆっくり地面に下ろすと、深く長く息を吐き出した。


「久しぶりに見たが、やはり大通りは酷いな」

「人だらけだったね」

「どこもかしこもというわけではないが、王都には所々に繁華街あって、その周辺はどこもこんな感じだ」


 ヒューティリアはここ以外にも同じような場所があるのかと驚く。

 王都には一体どれだけ多くの人が暮らしているのだろう。そんな疑問を抱いたものの、小さな村しか知らないヒューティリアには全く想像がつかず。

 セレストに促されて歩き出しながら、こんなに広大で多くの人が行き交う王都で、万が一セレストとはぐれてしまったら……と考えてしまい、身震いする。

 そして決してはぐれてなるものかと、改めてセレストの袖に手を伸ばした。

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