魔力
翌日のヒューティリアは朝から落ち着きがなかった。
ライアーの練習中もそわそわしていたし、朝食も昼食もいつもより早く食べ終えた。
そしていよいよ魔法の勉強を始める時間になると、素早い動きで椅子に座った。
「昨日言った通り、今日から初歩の魔法を教える。まず魔法がどうやって具現化されているかについてだが」
早速セレストは『魔法の基礎』を開いてヒューティリアの前に差し出した。
「以前にも説明したが、魔法を使うには精霊の協力が必要だ。そのために信頼関係を結び、意思の疎通を成立させておく必要がある。今お前はこの段階までは出来ている」
うんうんとヒューティリアは頷く。それを確認して、セレストは『魔法の基礎』の開いているページの一点を指し示しながら続けた。
「だが、それだけでは魔法は発動しない。精霊からの協力を取り付けた上で望む現象を伝え、必要な分だけ魔力を精霊に渡す必要がある」
「魔力……」
馴染みのない言葉ではあるだろうが、この家の書物をある程度読んでいたヒューティリアは何となくそれがどんな存在なのか掴みかけていた。しかし具体的に掴めている訳ではなかったため、セレストがよくするように眉間に皺を寄せる。
「魔力とは、魔法を形にするために必要な材料のひとつ。もしくは精霊が現象を形作る際に必要な燃料のようなものだ。魔力は人、動物、草木、空気……この世の全てに宿っている。ただ、内包できる量や密度には個体差があり、魔法使いになれる者は基本的に内包できる魔力の量が多く、且つ魔力の密度が高い者に限られる」
セレストはざっと説明をしてからしまったと思い、一旦口を噤んだ。自分の頭の中にある知識をそのまま口に出して説明してしまったが、ヒューティリアはまだ10歳。難しい言葉もあったかも知れない。
その証拠に、ヒューティリアの眉間の皺が益々深くなっていた。
「……わからないところがあれば聞いてくれ」
「えぇと……魔力が魔法を使う時に必要な燃料だっていうのはわかったの。あと、人間だけじゃなくて、色んなものが魔力を持ってるっていうのもわかった。けど、その先がちょっとわからなかった」
どうやら個体が内包できる魔力の量や密度に関する話が上手く伝わらなかったようだ。
思えば自分も師からこの話をされたとき言葉だけではイメージできず、繰り返し説明を求めた記憶がある。そのとき師は、魔力についてどうやって説明してくれただろうかと思い起こす。
そして席を立った。
不思議そうにセレストの動向を目で追うヒューティリアの目の前に、調理場から持ってきた同じ大きさの深皿をふたつ並べる。更にもう一度調理場に戻り、大きめの鍋も持ってきた。
「お皿と鍋?」
「内包できる魔力の量と密度に関しては、器を使って説明する方がわかりやすい。例えばこのスープ用の器と鍋では中に入る水の量が違うだろう?」
セレストの言葉にヒューティリアは頷いた。
スープ用の深皿と比べて鍋の方が明らかに何倍もの量の水が入る。
「人はひとりひとり、持てる魔力の量が違う。それが何で決まるかというと、まずひとつに魔力を入れておく器の大きさだ。これは単純に体の大きさというわけではない。が、今はわかりやすく見た目の大きさで説明する」
そこまで説明してヒューティリアの様子を窺うと、ヒューティリアは何とか話についてきているようだ。眉間の皺が消え、真剣に話を聞いている。
「生まれたときに持っている魔力の器は、皆同じ大きさだと言われている。だが、生活している環境や本人の努力次第で後天的に大きくすることが可能だ」
「生活している環境?」
「例えば、この森には精霊や妖精が多く存在する。そういう場所には強く濃い魔力が宿る。濃い魔力で満たされている環境で生活していると、自然と多くの魔力に触れることになる」
ここまではわかるかと問う視線を向けると、ヒューティリアは頷いた。
「普通は自分の器を上回るような、濃い魔力の中で生活していると体調を崩す……が、どの生き物もそうだが、生物というものは生きるために体を環境に適応させようとする。その結果、濃い魔力の宿る地で生活しているうちに、その地で問題なく暮らしていけるだけの魔力の器を体が勝手に作り上げる」
続けられたセレストの説明に、ヒューティリアは「えっ」と声を上げた。
「そうなの? じゃあ、暮らしている場所によっては魔法使いになれないこともあるの?」
「努力次第で何とでもなるだろうが、より効率的に魔力の器を育てるという意味では魔力の薄い地に暮らすのは不利だな」
セレストの言葉を聞いて、ヒューティリアは不安気な表情を浮かべる。
何を不安に思っているのかわからず首を傾げるセレストに、ヒューティリアはぽつりと呟く。
「あたしの生まれた村は、精霊や妖精がいそうな森とかがない村だったの……。あたし、ちゃんと魔法使いになれるくらいの魔力の器を持ってるのかな」
心許ない声音で呟くヒューティリアに対して、セレストは小さくため息を吐いた。
そして「それは問題ない」と断言した。
「お前は精霊との意志の疎通も出来ているし、昨日聞いた話だと妖精の気配も察知できるようになったんだったな?」
セレストの問いに、ヒューティリアはこくりと頷く。
「そもそもの話、魔法を使うのに充分な魔力を持っていなければ彼らの気配を察知することはできないし、魔力が濃いこの森に長いこと滞在することも出来ない。今まで体調を崩すことなく生活できているのが不思議なくらいだ。つまり今の時点で既に、お前は魔法を使えるだけの魔力を持っているということだ」
言い切るセレストをヒューティリアはおずおずと見上げ、「本当?」と問いかけた。
「ああ」
『本当だよ!』
『自信を持って!』
セレストが頷くのと同時に、精霊や妖精たちが声を上げた。ヒューティリアはまだ妖精の声が聞き取れないのだが、精霊の声をしっかりと拾い、また、セレストが肯定してくれたことでその顔に安堵の笑顔を浮かべる。
「よかった」
「だが、持っているだけでは意味がない」
そう切り出して、セレストは魔力の説明を続けた。ヒューティリアも背筋を伸ばして真剣な表情に戻る。
「魔力の器は住む場所を魔力の濃い場所に変えたり、精霊たちと関わる努力……魔法を使うために必要な要素を満たそうと行動することで自然と大きくなる。が、密度の方は特別な修練が必要となる」
セレストが同じ大きさのスープ用の深皿を示す。
「ここに同じ大きさの器がある。当然、注げる水の量は同じだ。水は同じ重さだから密度も同じなんだが……」
ここでセレストは言葉を切って眉間に皺を寄せた。密度が変わらない水を例に説明を続けるには無理が出てきたのだ。
密度に関して説明するのに何かいい方法はないものか……と考えたとき、不意にソファーに置かれたクッションが目についた。
「……密度の話をするなら、綿で説明した方がわかりやすいだろう。この器に、それぞれの器が一杯になるまで綿を詰めるとする。片方は空気を含ませ、片方は可能な限り空気を抜いて詰める。当然、綿自体の分量は空気が少ない方が多くなる」
「うん」
「つまり魔力の密度とは、器に入れる魔力の圧縮の度合いだ。器に入れる魔力が圧縮されていればいるほど、小さな器でもより多くの魔力を入れておくことができる」
「……どうやって魔力を圧縮するの?」
知りたがりのヒューティリアであればそこが気になるだろうと予測してはいたが、セレストは首を左右に振った。
「それは追い追い教える。今は魔力の知識として頭に入れておいてくれ。細かい知識を得るよりも先に魔力を扱えるようにならなければ、説明したところで理解できないだろう」
「そっか。そうだよね」
ヒューティリアは自らの両手を見ながら頷いた。
ヒューティリアにとって自分の中にあるであろう魔力はいまだ未知のもので、こうして話を聞いだけでは全く想像がつかない。
なので魔力の圧縮については、自分が魔力というものを理解してから改めて聞くことにした。




