幕間『森の中のヒュー 〜小さな妖精と魔法使い〜』
ヒューティリアは森に住む小さな妖精。
炎のような色の髪と、海のような深い青色の瞳を持っていて、森の仲間たちからは「ヒュー」と呼ばれています。
ヒューティリアが生まれた森の中には他にもたくさんの妖精や精霊がいて、ヒューティリアもそんな仲間たちと楽しく仲良く暮らしていました。
そんなある日のこと。
突然、ばけつをひっくり返したような激しい雨が降りました。
雨はすぐに止みましたが、雨が止むと間もなく森に人間がやってきました。
『精霊たちよ、どうかわたしに力を貸してくれ』
森にやってきた人間の男の人が、精霊に呼びかけました。
森の精霊たちはそろりそろりと人間が見える場所まで行くと、木の影に隠れます。
『精霊たちよ、たのむ。雨に濡れて寒いんだ。火をおこしたい。力を貸してくれ』
人間はがたがたと震えながら、もう一度呼びかけてきました。
精霊たちは顔を見合せて、見ず知らずの人間を助けるべきか相談し始めます。
ヒューティリアはそんな精霊たちに問いかけました。
「どうして助けてあげないの?」
精霊たちが答えます。
「悪い人間かもしれないでしょう?」
ヒューティリアはまだ若い妖精。
人間に良いも悪いもあるとは知りません。
「でもあの人、風邪をひいてしまわないかしら」
ヒューティリアが心配して言うと、精霊たちは困った顔になってしまいました。
「たとえあの人間が悪い人間ではなくても、森の中で火をおこすことは禁止されているのよ」
森の精霊の中でも一番お姉さんの精霊に言われて、今度はヒューティリアが困ってしまいました。
妖精たちの中でも、森で火を使うことは禁止されています。火は扱いを間違えると森そのものを燃やしてしまうからです。
だから精霊たちも火をおこして欲しいという呼びかけに応えられないのだと、ヒューティリアにも理解できました。でも、このままでは寒さに震えるあの人間が死んでしまうのではないかと心配で心配で──
ヒューティリアはふと自分の炎のような色の髪に触れました。
(色が火の色に似ているだけで、体は暖まらないだろうけど……)
そう考えて、人間の方へと歩き出します。
「ヒュー、だめよ。危ないわ」
精霊のお姉さんが慌てて止めようとしましたが、ますます顔を青くしている人間を見て、ヒューティリアは駆け出しました。
人間の側まで来ると、精一杯体を光らせます。
妖精や精霊が発する光は、その妖精や精霊が持つ鮮やかな髪の色と同じ色の光。ヒューティリアの発する光は赤々と燃える炎の色でした。
『妖精か? わたしのことを暖めようとしてくれているのか』
そうつぶやくと、人間はヒューティリアが出す光に体を温める熱がないことを知りながら、その光に手をかざしました。
『……暖かい。ありがとう、優しい妖精』
穏やかな声。柔らかい笑顔。
人間が見せた優しい表情に、精霊たちもこの人間は悪い人間ではないと思いました。
精霊たちはヒューティリアに続いて人間に近付くと、水を操り、人間の服に染み込んだ雨水を抜き取りました。びしょ濡れだった人間の服が、あっと言う間に乾きます。
続けて暖かい風を呼び、人間の周囲の空気を暖めました。火を起こすことは禁止されていますが、暖かい風を起こすことは禁止されていません。
『精霊たち……ありがとう』
人間は嬉しそうに微笑むと、ヒューティリアに手を差し出しました。
『きっときみがわたしを信じて助けに来てくれたから、精霊たちもわたしを助けてくれたのだろう。ありがとう、小さいけれど優しくて勇敢な妖精』
ヒューティリアは差し出された手に、そっと触れました。
人間は妖精や精霊が触れても気付かないのが普通です。
けれどこの人間は、ヒューティリアが触れたことに気が付いたようでした。微笑みを浮かべているその顔が、更に優しくほころびます。
『ここはいい森だ。しかし守護者はいないようだ』
守護者とは、森を守る人間のことです。おもに魔法使いが森の守護者となって森に住みつきます。
『どうだろう? わたしをこの森の守護者にして貰えないだろうか。行くあてもなくさまよい歩いてこの森に辿り着いたのも、もしかしたら縁があってのことかも知れない』
ヒューティリアと精霊たちはどう返事をすればいいのかわかりませんでした。
この森にもかつては守護者がいましたが、守護者が居たのはずっと昔のことです。ヒューティリアのような若い妖精や精霊は守護者がどんなものなのかもわかりません。
守護者を知っている精霊も、気安く返事をする訳にはいきませんでした。人間を守護者と認めることができるのは、この森の妖精と精霊の長だけだからです。
みんなが困っていると、森の中から妖精と精霊の長が姿を現しました。
森に人間がいることと、その周りにヒューティリアたちが集まっていることに気が付いて、様子を見にきたようです。
「どうしたんだい? 可愛い子たち」
「長さま、人間がこの森の守護者になりたいと言っているのです」
お姉さんの精霊が、精霊の長の問いに答えます。
すると妖精と精霊の長は顔を見合せてから、人間へと歩み寄りました。その体から、とても強い光を発します。
『森の長たちか?』
「さよう。そなたは本当にこの森の守護者になりたいのかい?」
妖精の長の問いかけに、人間はしっかりと頷きました。
『ここまで色々な場所を旅してきて、ここが一番優しくて温かい場所だと感じた。どうかわたしをこの森の守護者にして欲しい』
「なるほど。では人間よ、しばらくこの森で暮らすといい。そなたこそがこの森の守護者にふさわしいと我らに認めさせれば、その望みは叶うだろう」
『ありがとう、長たち。必ずや認めてもらえるよう、精一杯努力しよう』
精霊の長の言葉に、人間はとても嬉しそうにしていました。
その様子をヒューティリアは不思議な気持ちで見ていました。森の守護者になることがそんなに嬉しいことなのか、ヒューティリアにはわからなかったからです。
そんなヒューティリアを、人間はすくいあげるように手の平に乗せて持ち上げました。
『きみはわたしの恩人だ。きみが助けてくれたからわたしは命を落とさずに済み、きみと出会えたからもう一度頑張ろうと思うことができた。ありがとう。ありがとう』
優しい声と笑顔で何度もお礼を言ってくる人間が、ヒューティリアは不思議と好きになってしまいました。
人間が嬉しそうにしているからヒューティリアも嬉しくて、人間の手の平の上でぴょんぴょんと跳ねます。人間の目からは、炎の色をした光が跳ねているように見えていることでしょう。
「よかったね、人間さん! これからは一緒に暮らせるね」
そう話しかけると、人間は驚いた顔になりました。
『きみは長ではないのに喋れるのか。ならば、名前を聞かせてくれないか?』
この言葉を聞いて、ヒューティリアは人間が何に驚いたのかに気が付きました。
妖精や精霊たちは普段は人間に力を貸すことはあっても気を許すことは滅多にありません。
なので、人間に話しかけるのは強い力を持っている長だけなのです。
ヒューティリアはうっかり話しかけてしまったことを反省しながら、けれどこの人間とお話できることがとても嬉しいと思いました。
「あたしの名前はヒューティリア。みんなからはヒューって呼ばれてるの!」
『ヒューティリアか。いい名前だな』
ヒューティリアが名前を教えると、人間は嬉しそうに笑いました。
「人間さんの名前はなんていうの?」
今度はヒューティリアが問いかける番でした。人間は少し困ったような顔になります。
『わたしに名前はないんだ。みんなからは“魔法使い”と呼ばれているから、魔法使いと呼んでくれ』
名前がないと聞いてヒューティリアは首を傾げましたが、魔法使いと呼べばいいのだと言われてにこりと微笑みました。
もちろん、人間である魔法使いにその表情は見えていないのですが。
「これからもよろしくね、魔法使いさん!」
『ああ。よろしく、ヒューティリア』
こうして、森の住人がひとり増えました。
新しく森の住人になった魔法使いは妖精や精霊たちと仲良く暮らし、森を荒らす人間を追い出し、悪い獣をやっつけ、やがて長たちに認められて森の守護者になるのですが……それはまた、別のお話。




