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異変

 翌日。

 ワースの邸を出ようとすると、ムルクが迎えにやってきた。ムルク曰く、「団長命令で荷物持ちをしにきた」とのこと。

 断っても無駄であることはここ数年で理解している。故に、セレストは断る手間を惜しんでワースとネリーに礼を告げると、ヒューティリアとムルクを伴って商業区へと繰り出した。




「今日はどういったものを買いにいくんだ?」

「魔法道具を作るのに必要な材料を買いにいく」


 淡々と答えながら先を行くセレストに、ムルクは更に問いを重ねる。


「魔法道具? 何か入り用な魔法道具でもあるのか?」


 この問いにはヒューティリアが答えた。


「あのね、あたしが魔法道具の作り方を教えて貰いたくて」

「はっ!? もう魔法道具の作り方を覚えるのか!?」


 全身で驚きを表現するムルクに、ヒューティリアはにこにこと笑顔を浮かべながら頷いた。


「魔法や魔法薬に関しては、俺からヒューティリアに教えられることはもう何も残っていない。いつ独り立ちさせても問題ないんだが、本人に学ぶ気があるから教えるつもりでいる」


 セレストがムルクの問いに答えると、ムルクは目を瞠った。その瞳にはありありと驚愕の色が浮かんでいる。


「もう……教えられることはない、だと?」

「そんなことないよ! だってあたしはまだ新しい魔法も作れないし、魔法道具だって魔法紙しか作れないもの」


 慌てて否定するヒューティリアの言葉に、ムルクは最早絶句するほかなかった。

 言葉を失ったまま、ぎこちない動きでセレストの方に向き直る。


「……ヒューティリアって、成人したばかりだよな?」

「昨秋にな」

「てことは、まだ十五ってことだろ?」

「そうだな」

「俺、十五の時ってまだ学園にいたんだけど」

「そうだろうな」


 素っ気ないながらも律儀に応じるセレストの声音には、何の感情も乗っていない。

 何故そう平然としていられるんだと言いかけて、ムルクは震え上がった。


(この若さで魔法と魔法薬作成技術を修得しても驚かないのは、それがセレストにとって何ら不思議なことでもないからか!)


 それがヒューティリアの才能を見抜いた上での感覚なのか、セレストにとってこれくらいの若さで魔法と魔法薬を修得するのが普通だという感覚なのか、ムルクにはわからない。わからないが──


(末恐ろしいほどの才能が、危うく失われるところだったんだ)


 ムルクはそのことに更に戦慄を覚えた。

 ヒューティリアは捨て子だった。それはこれまでのやり取りで確信を得ている。

 つまり、セレストが弟子に取らなければヒューティリアの才能は埋もれ……るどころか、捨てられたまま発見されなければ、その命すら失われていたかも知れないのだ。


 そう考えると、魔法の才能に溢れたセレストが偉大なる魔法使いの弟子であることも、ヒューティリアがやはり溢れんばかりの才能を持ってセレストの弟子になったことも。


(偶然とは言え、運命的なものを感じるな)


 そのどちらもが捨て子であり、拾われた先で魔法使いの弟子となった。

 そんな偶然があるのだろうかとも思う。

 しかしその偶然が重なり合った結果、ふたりは偉大なる魔法使いの流れを汲むに相応しい力を持ってここにいる。


 ふと、ムルクは震え上がっていた体から力を抜いた。

 楽しそうにセレストに話しかけているヒューティリアと、静かに応えているセレストの姿を視界に収め、先ほどまで考えていたことを頭の隅に追いやった。


(偉大なる魔法使いの弟子がどうとか、その流れを汲むに相応しいとか、このふたりには関係ないか)


 ムルクの目に映るふたりは、紛れもなく魔法使いの師匠と弟子。何の肩書きもなく、ただ魔法使いとしての道を共に歩んでいる師弟なのだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


(ま、それだけじゃないかも知れないけどな)


 楽しそうを通り越して嬉しそうにセレストを見つめるヒューティリアの姿に、ムルクはつい口の端を上げた。

 その時だった。


 何かに気付いたように、セレストとヒューティリアが同時に顔を上げた。

 振り向けられた視線は全く同じ方向を指している。

 その動きには覚えがある。ムルクの全身に緊張が走った。


「狩りか?」


 最早考えるまでもなく出てくる問い。

 セレストは頷き、ムルクを振り返った。そして何かを言いかけ──言葉を飲み込んだ。


「……行くぞ」


 短く告げて、セレストが走り出す。

 ムルクはヒューティリアのことを頼まれるものだとばかり思っていた。だからこそセレストが飲み込んだ言葉が何なのかを察し、同時にセレストがヒューティリアの力を認めていることも悟る。


 つい忍び笑いが漏れた。

 それもすぐに収め、真剣な表情でセレストの後を追うヒューティリアに続き、ムルクも走り出した。




 セレストが向かった先は、商業区と居住区の中間地点。その路地裏だった。

 ムルクが迷わず走るセレストの後ろ姿を追うのは、セレストが魔法師団を退団して以来のことだ。

 初めの頃はどうしてこうも迷わず現場に辿り着けるのかと不思議に思ったものだが、いつの間にかそんな疑問も抱かなくなっていた。そのことに、今更ながらに気付く。


 そんな余所事を考えている間にも迷路のような路地裏を駆け抜け、唐突にセレストが足を止めた。

 続いていたヒューティリアもムルクも足を止める。

 壁際に身を寄せ、建物の影からその先を覗き込むセレストの様子から、そこに精霊狩り、若しくは妖精狩りの現場があることを察する。


 息を潜めていると、微かに嫌な香りが鼻孔を突いた。

 この匂いはムルクにも覚えがある。精霊や妖精が引き寄せられてしまう、あの独特の匂いだ。


 しかしセレストは動かない。恐らく犯人たちに隙がないのだろう。

 セレストは眉間に皺を寄せ、しばし考え込んでいたが、ちらりとムルクに視線を向ける。その視線を受けて、ムルクは頷いた。

 タイミングは任せるというムルクの意志を受け取り、セレストも頷き返すと素早く精霊に呼びかける。


 途端に風が巻き起こり、辺りに充満していた香りが霧散した。

 路地の向こうから「何事だ!」という声が上がるのと同時に、セレストが建物の影から飛び出す。

 ヒューティリアとムルクもそれに続いた。


 そうして目の前に現れた無法者を視界に収めると、すぐさまムルクは彼らの足下に意識を集中した。

 精霊に呼びかけ、老朽化した石畳の下にある土を陥没させる。当然、石畳ごと無法者たちも落下し、体勢を崩した。


「あそこ!」


 ヒューティリアが声を上げる。

 その指し示す先には、幾つかの檻が置かれていた。

 ムルクでは気配でしか察することができないが、セレストとヒューティリアの目にはそこに囚われている精霊の姿がしっかりと映っている。


 その檻も、ヒューティリアが妖精たちに呼びかけたことでカタリと音を立てて持ち上がり、セレストたちの方へと移動し始める。

 それに気付いた無法者たちが慌てて体勢を整えようとするものの、セレストがとムルクが魔法を行使して、地面から伸び上がった植物が無法者たちに巻き付き、拘束していく。


 あっという間に無法者たちは抵抗する術を失い、ムルクは安堵の息を吐いた。


「いやぁ、本当にお前がいると早く解決するな。とりあえずこいつらは団の方で預かる──」


 すっかり気を抜いたムルクがセレストに話しかける。

 しかしその視界に見慣れぬ物が映り込み、口を開けたまま固まった。


「どうした?」


 ムルクの様子がおかしいことに気付き、セレストもその視線の先を追う。つられるようにして、ヒューティリアもそちらを見遣り──


 突如、激しい光が辺りを満たした。

 一拍遅れて、大地のみならず大気までもを揺るがす轟音が響き渡る。


「えっ、何!?」


 ヒューティリアの困惑する声。

 しかし立て続けに光と轟音が繰り返され、その声も打ち消されてしまう。

 咄嗟に光から顔をかばったムルクは、光で周囲が満たされる僅かな間隙に、信じ難いものを目撃した。


「何だ、あれは!?」


 目に映った光景は次の瞬間には光で塗りつぶされ、叫ぶ声すらも轟音にかき消される。

 轟音の隙間には王都の人々が上げる悲鳴や怒号が断片的に耳に届き、光の隙間では逃げ惑う人々や、混乱の余り互いが見えずぶつかってしまう人々、転んだ人の上に折り重なるように倒れ込む人々の姿が浮かび上がった。


 そんな状態がどれくらい続いただろうか。

 ようやく光と轟音が収まり、状況を確認しようと周囲を見渡したセレストやヒューティリア、ムルクの目に映ったものは。



 王都の上空を埋め尽くす暗雲。


 そして。


 城壁の向こう。純白の体毛を纏う、城壁を越えるほど巨大な獣の姿だった。

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