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昔語り

「実は以前、ムルクにいつか話すと言っておきながらすっかり話すのを忘れていた話があってな」


 それぞれが食事の手を休め、歓談を始めた頃。

 ワースがそう切り出して全員の視線を集めた。

 そんな中ムルクはワースの言葉を反芻するように考え込み、ポンと手を叩くと身を乗り出す。


「そうですよ団長! セレストが王都に出てきたとき、闇取引に手を出した魔法使いに遭遇したって話! してくれるって言ってましたよね!」


 ムルクの口から飛び出してきた内容に、セレストの表情が一瞬にして険しくなる。

 そんなセレストに構うことなくワースが「随分よく覚えているものだな」と苦笑を漏らすと、ムルクは「記憶力はいいんです!」と胸を張る。


「団長、その話をする必要はないのでは」


 セレストがあからさまに嫌そうに告げるも、ワースは「需要があるのでな」と周囲を見回した。

 つられるようにセレストも周囲を見回すと、ムルクもイナもネリーも、それどころかヒューティリアまでも、興味津々と言った目でセレストとワースを見ていた。


 セレストは頭痛を覚えてこめかみに手を当てる。

 しかしどこか諦めたようなため息を吐くと、それ以上止める気配はなく。

 黙認する様子を見せるセレスト眺め、ワースは微笑んだ。


「あれはもう今から十二年ほど前になるだろうか。マールエルから本の原本を託され、国王のもとに届ける途中だったと言っていたな?」


 ワースからの問いに、セレストは静かに頷いた。


「正確には、次の夏であれからちょうど十二年になります」


 何とも微妙な訂正を入れた辺りに小さな反抗心が窺えるが、ワースは気にせず続けた。


「私はその場にいなかったのだが、ひとりで王都に来るのが初めてだったセレストは、裏道に迷い込んでしまったそうだ」


 セレストが道に迷う。

 意外な言葉にヒューティリアがセレストを見ると、セレストは眉間の皺を揉み解していた。


「そこで偶然、精霊狩りを目撃してしまった。たまたま近くを警戒していた私も精霊狩りの際に使われる独特の香りに気が付いて、現場に駆けつけたんだが」


 くくく、と可笑しそうにワースが笑う。

 一方セレストは、気まずそうに視線を斜め後方の床に逃がした。

 怪訝に思ったヒューティリアが先を促すようにワースを見遣ると、その視線に気付いたワースが笑いを噛み殺しながら口を開く。


「いや、あれはもう、何と言えばいいのか。今だからこそ笑えるが、それはもう酷い状況で。辺りに本の原本となる紙は散乱しているわ、水の塊に閉じ込められて溺死寸前の精霊狩りの犯人が助けを求めてくるわ、怒り狂ったセレストがお前も仲間かと怒鳴りつけてくるわ」


 当時のワースが団服とは異なるローブを纏い、顔を見られないようフードを目深に被っていたことが災いしたらしい。

 セレストは現れた人物が自分(ワース)だとは気付かなかったようだと、ワースは笑った。


「フードを取り顔を見せる暇もなかった。抵抗する間もなくセレストが放った魔法が直撃して、あわや私まで溺死するところだったんだが」


 ここに来て、この話自体がセレストにとってあまり人に知らたくない内容であることを悟り、ヒューティリアは改めてセレストに視線を移した。

 視線に気付いたセレストが、ぼそりと「昔のことだ」と言ってくる。

 その反応が、ヒューティリアにはどうしようもなく──愛しく思えた。

 つい笑ってしまうと、ばつが悪そうに目を逸らされてしまう。


「結局、水の中でもがいていたらフードが外れて、セレストに気付いてもらえたことで溺死は免れた。まぁ、少し冷静になれば自力で脱出できたのだろうが、私もまだまだ未熟だったということだ。いずれにせよ犯人の魔法使いも何とか解放して貰い、拘束した後に魔法師団の方で取り調べをしたんだが、これがとんでもない闇取引の存在を明るみにする事件へと発展してな」


 守秘義務があるから詳しくは言えないが、と前置きした上でワースは続けた。


「裏にもまだまだ精霊狩りや妖精狩りに関わる組織があるとわかり、私は即行動に移した。散らばってしまった魔法書の原本を拾い集めるのに魔法師団の団員を動員し、しっかりと恩を売っておいて本当によかったと思っているよ」


 なぁ? と問われたセレストは、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 言わんとするところを察したムルクは、「ああ!」と声を上げた。


「それでセレストを王国魔法師団に誘い入れたんですね!」

「そういうことだ」


 肯定して頷くワースに、一心に視線を向けている人物がいた。ネリーだ。

 その目には困惑とも取れる色が揺らめいている。


「そんな危険な目に遭っていたなんて……」


 小さな小さな呟き。

 それが意味するところを察したヒューティリアが、咄嗟にセレストをかばうように動こうとした。

 何せ、セレストは一歩間違えればワースを溺死させていたかもしれないのだ。ネリーに思うところがないはずがない。

 しかし。


「よく無事だったわね、セレストくん! それに比べてうちの旦那ったら、咄嗟に抵抗できなかっただなんて! 危険な現場に向かっていたんでしょう? いくら思いがけずセレストくんと再会して驚いたのだとしても、不意を突かれたのだとしても、ちょっと気が緩んでいたんじゃない?」


 ネリーはワースの不用心に怒りとも心配とも取れる矛先を向けていた。

 一歩間違っていたら命を落としていたかも知れない。

 その原因が何であれ、そんなものは関係なく、ワースは気を緩めてはいけなかったのだと言い募る。


 その言葉に対してうんうんと頷いているのはムルクとイナ。

 セレストは当事者だからか複雑な表情を浮かべており、ワースに至っては似たような説教を幾度となくされてきたのだろう。困ったような笑みを浮かべてネリーに謝罪していた。

 そして、ヒューティリアは。


(そういう心構えが、必要なんだ)


 と、目の前で繰り広げられている光景が示すものを掴んでいた。


 相手が誰であろうと関係ない。

 油断してはいけない。

 自分の身は自分で守れなければいけないのだと、当事者となり得るワースやムルクのみならず、そんな彼ら身を案じているはずのネリーやイナも捉えている。


 そんな彼らを眺めながらセレストは、当時の自分が冷静さを欠いていたことを思い出し、苦い思いを抱いているのだろう。

 どう対処するのが正しかったのかと語り始めたワースとムルク、魔法師団団員の夫を持つ妻としてはこういうところが心配だと話し始めるネリーとイナを、複雑な表情で見守っている。


 ヒューティリアはそっと、セレストの腕を指先でつついた。

 そして振り返ったセレストににこりと笑顔を向けると、率直な感想を告げる。


「あたしは、セレストが無事で良かったって思ってるよ」


 言われたセレストは困惑の表情に変わり、しかし小さくため息を吐くと、微かな笑みを浮かべた。

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