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とりとめのないエッセイ・短編集

ウタカタ・バーテンダー

作者:秋月
 夢を持っていた、少なからず輝けていたのは何年程前だっただろうか。ふと、そんな事を私は考えた。

 仕事について、もっと大きな仕事を請けれるんだと夢をみて、唯がむしゃらに進み続けてから、もう十二年の月日が経つ。それでもこの仕事を続けているのは、惰性か、夢をあきらめきれなかっただけか。

 昔手慰みに書いたエッセイで、「夢や憧れは火だ」と書いたのが、今更になって心に刺さり始めている。それがなんだか酷く情けなくて、悔しい。



「どうかいたしましたか、お客様」

 ふと、初老の男性がカウンターに倒れ付している私に話しかけた。体が不調、と言う事はない。むしろ何時もの倦怠感がなく、爽快なぐらいと言ってもいい程。

「ちょっと、疲れてましてね」

 私ははっきりと嘘をついた。体は疲れていない。元々、あまり疲れは溜まらないたちだ。日頃の倦怠感は、眠気を無理矢理コーヒーで飛ばしているからだとかかりつけの病院でいわれた事がある。

「何かお困りでしたら、愚痴を聞く案山子程度にはなれますよ」

 キュッ、と質素で握り易そうなカットグラスが音を立てた。丁寧に拭く男性に感謝しているようにも聞こえた。私の男性への評価は、不思議な人、である。詮索されている様だったが、なんとなく嫌いになれない様な。そんな雰囲気を醸し出している。

 話ぐらい聞けると申し出た初老の男性の目には、好奇心はない様に見えた。オールバックで纏められた髪は非常に良く似合っており、紳士風の雰囲気を漂わせている。

 白い長袖のシャツに、黒いチョッキのボタンをしっかりと締めて一般的なバーテンダーとして模範的とも言える格好。老紳士の顔とは別にこれもまた良く似合っており、一種の風格を体現した様な男性であった。

 何も言わない私に、それでも男性――バーテンダーは意識を向け続けているようだった。さまざまなグラスを拭いてはコトリ、コトリとおいていく。それを何気なしにみているうちに、無口のままでいる自分が、馬鹿らしくなってしまった。

「最近、仕事で伸び悩んでて」

 そうして発された時機を逸した言葉を、バーテンダーは無視するでもなく、しかし注視する訳でもなく。私の方に耳を傾けながら、グラスを拭き続けていた。私の口は滑らかに愚痴を紡いだ。

 私はメディア系の仕事をしている。いわゆる、マスコミと言われたり、ゴシップ雑誌を書いたりする仕事だ。中堅所に就職して、もう十二年も経つ。

 入社して二年程は、強く夢を抱いていた。こんな中堅所で留まらず、もっと上を目指す、と息巻いていた。三年目に、せめて編集長ぐらいになりたい、と摩り替わった。

 同僚に追い抜かれていった時に、既に焦りを感じていた。それで無茶をして、腱鞘炎を起した。

 死ぬほど、という訳ではなかった。唯、じくじくと痛む指に、自分の限界を感じた。それは、自分の居場所はこんな所だと、一種の諦観だった。精々こんな所が限界だ、と悟ってしまった。

 それで、五年目に、それも無理そうだと悟る。自分は期待なんかされていないと、気付いてしまう。それからは、「気付いてしまう」事ばかりの七年だったと、記憶している。結局自分は、社会を動かす歯車、いやネジの一本に過ぎないのだと完全に諦めた。

 そうして、流行やゴシップを追い駆けているうちに、自分が何をしたいのかさっぱりわからなくなっしまった。それが原因かは知らないが、追い討ちを掛けるように、今年の三月、業務成績が右肩下がりな事を知らされた。

 そうしたら私は、いつの間にか徹夜をするようになった。寝る間も惜しんで好きでもないタレントの事を追いかけ、流行に上っ面だけの賛同を示す。それでも中々業務成績は変わらずに、右肩下がりな現状は変わらなくて。

 最近は頭痛も酷く、まともに物を考えるどころの話ではなくなってきている。それでも無理をおして亡者の様に歩いているのが、現状。そんなこんなの一切合財を、私はバーテンダーに吐露した。

 もう、なんで自分が生きているのか、全くわからない。惰性でこの仕事をやっていて、好きでもない物をこれだけ無茶して追いかけて。気づいたら、もう三十歳を超えてしまった。

 十二年を――つまり、人生を嘆く様な事はない。

 ないが、決して幸せとは、口が裂けても言えない。

 すると、綺麗に磨かれたカットグラスに注がれて、茶色の半透明な酒がが差し出された。ロックだ。頼んでいない、とバーテンダーに言おうとして顔を上げると、バーテンダーはお茶目な顔をしてウィンクをした。

「お疲れの様子ですので、サービスです。良質なバーボンにございますよ」

 私は暫らく目を丸くしてから、好意に甘えて手にとり、口に近付けて見た。冷えたそれは微かにフルーティな香りした。独特な香りが私の鼻をくすぐる。好奇心で、少しだけ飲むと、コクのある味わい深い味が舌に染み込みかのようで、とてもおいしかった。

 ごくりと嚥下すると、余韻が残った。度数がどれだけかしらないが、あまり強くはなさそうだ。氷で割ってあるからだろうか? 私はあまり酒に詳しくはないから、分からなかった。残っている分を楽しんでいる間、バーテンダーは店の裏の方に回っているようで、姿は見えなかった。



 ふとすればもう酒は飲み干していて、眠気も覚めてきた気がする。バーテンダーはいつの間にか戻ってきていて、私をじっと見つめていた。何事か、と私はバーテンダーを見つめ返した

「一度、ごゆっくりお休みになられては如何でしょうか?」

 不意に口を開いたバーテンダーからは、以外な言葉が漏れた。最低限の睡眠はとっているつもりだった。

「心身共に、激しく疲弊していらっしゃるご様子。何も悩まずに、一度だけぐっすりと眠ってみるのが良いと思います」

 私はその言葉に反論しようとした。けれど、喉から言葉が出てこなかった。眠る間も惜しいから、という言い訳は、彼に通用しない気がした。

「望まない事なのでしょう? 仕事とはいえ、一度休暇をとり、ご休養なされては?」

 言葉を喉に詰まらせた私をみて、さらに畳み掛けるようにバーテンダーはいった。私が使ったグラスを拭きながらの発されたバーテンダーの声は、本気で私を心配しているように聞こえた。

「そして、今一度考えられては如何でしょう。ご自分のやりたかった事を」

 直球な言葉が、私の胸にストンと落ちる。

 同僚とは持っている才能の差で、惰性を生きる金を受け取るためだと嘯き、果ては自分に合わない事までして必死に成功しようとして。ふとバーテンダーの言葉に後ろを振り向いたら、十年前進んでいた道とは反対方向に進んでいるんだと理解したからだ。

 成功なんて無くてもいいから、それを求めている人たちに、ちゃんとした真実を教えてあげたい。自分の思うままに、真実を書き記して行きたい。

 そう思っていた十年前の私は、現実に塗りつぶされた。そう、勘違いしていた。塗りつぶしたのは他でもない、私自身だったからだ。

 成功だけを見つめて、求める言葉を無視したのは私だ。客観的な視線でしかない、欺瞞で溢れた雑誌を書いたのは私だ。

 何の信憑性も、何の誠意も、何の思いも篭っていない文章を、写真を。誰も求めてはいないのに、そんな物だけを、周りと同じように成功する為だけに、嘘と適当を書き連ねた物。

 そんな物など、誰も読みたくないのは当たり前だった。

 成功の為に自分の信念をまげて、長年の失敗の為にあくせくと無意味な事をし続けて、物事を真っ直ぐ捉える自分を塗りつぶしたのは、他でもない自分自身であった。

「私は……どうすれば……」

 そんな事実を気付かされて、私の口から出たのは思考放棄の言葉だった。あまりにも無様で情けないその言葉に、バーテンダーは気付いていないかの様に続けた。

「虎は空を飛べぬ様に、鳥も地は這えませぬ。故に、生きとし生ける者全て、自らにできる事しか出来ぬは道理と言う物です」

 私のつぎはぎだらけのコートが、風もないのに震えた。

「貴方には出来る事がある。だがそれは、今あなたがやっている事ではない。それだけでしょうな」

 キュルリ、コトン。私がうなだれている間に最後のグラスを拭き終えたのか、バーテンダーはグラス拭きを畳んで置き、グラスを整えた。そしてカウンターの下から湿り気を帯びた手ぬぐいを取り出して、カウンターを軽く掃除する。

 店じまいだった。

「次に、貴方がもう一度前を向けたのであらば、ここへいらしてください」

 手ぬぐいを綺麗に折りたたみ、ボトルを元の場所へ戻しながら、バーテンダーは私に向かって言い放った。まるで、常連客を誘う様にして。不意に差し出されたカードの様な物は、何やら住所が書かれている様だった。

「その時は、またバーボンをサービスでお付けいたします」

 茶目っ気たっぷりの微笑みを浮かべてから、バーテンダーは腰を直角に折りまげてお辞儀。私もそれに習って、ペコリと礼を返した。

「最後に、名前を教えていただけまんせんか?」

 私がそう言うと、彼はもっと笑みを深くした。不躾だっただろうかと慌てた私に、しかし心配は無用と伝える様に、手を胸の前に添えて軽く腰を曲げた。そんな優雅な姿勢に、男ながら見惚れた私に向かって、バーテンダーは言った。

「私は一介のバーテンダー。アルバートン、とお呼びいただければ幸にございます」



 ふと目を覚ますと、そこは会社のオフィスだった。私は付けっぱなしのノートパソコンの前で眠っていた様だった。ノートパソコンにはあれこれと流行りについてのつまらない文章が書かれていた。

 倦怠感はまたしても体を苛み、頭はガンガンと痛む。

 あれは夢だったのだろうか、と何気なくポケットの中を弄ると、何やら硬質な感触を覚えた。

 引っ張り出してみれば、さながらブラックカードの様な美麗で小さな板に、住所が書かれていた。それは間違いなく、アルバートンを名乗るバーテンダーが渡してくれた物だった。

 フッ、と短く笑いを溢した私は、ノートパソコンの作業を全て保存せず消去して電源を切った。

 せめて今日はゆっくり眠ろう、と踵を返した私は、頭痛も治っていないのに何故か晴れやかな気分だった。






タイトルのウタカタ、は漢字にしますと、泡沫となります。
儚く消えやすい物の例え、という意味です

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