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第3話 キャプテン、密航者に道理を説く


 このままだと娼婦になってしまう。だから、金が欲しかった。

 俺からは何とも言いづらい動機だが、しかしかと言ってコイツのやったことは犯罪だ。船長として、船員に危害を加えられたのは無視できねーぞ。

 だが取り敢えず、話だけは聞くとしようか。


「うちは貧乏なんだよ。兄弟はやたら多いし、仕事はない。だからあたしも働けって言われてる。そんで、一番稼げるのは娼婦だって――親が」


「そうか。別に隠してないから言っちまうが、娼婦の息子としては肯定も否定もしづらいな。いやだが、確かに、娼婦なんてならずに済むならそれが一番だ。なりたくないというお前の気持ちは、分かるよ」


「けど、あんたらは普通に娼婦を利用すんだろ」


「当たり前だ。海の男の溜め込んだ性欲を、発散できるから俺たちは港に帰るんだ。そうでなきゃ他の港町へ行くさ。稼いだ金で、本来なら一生手が出せないような美人とやれるから、過酷な船旅でも頑張ろうって気になれる。船に女を乗せないのは、この辺りを女に理解してもらうのが面倒くさいからでもある」


「お前らみたいなのがいるから、あたしみたいなやつに需要が生まれる」


「逆恨みはよしてくれ。娼婦の息子として言わせてもらうが、世の中には娼婦以外に就ける職業のない底辺層だっているんだ。俺の母親は顔も性格もめちゃくちゃ良かったが、その分が欠けてるのかってぐらい頭も要領も悪かった。子供の目から見ても、まともな仕事なんざできるとは思えない人間だった。そういう奴だっているんだ。誰も彼もが、社会を生きていくための最低限の能力スペックをもって産まれるわけじゃない」


 俺が元実家の次兄たちをやり込めたのは、無能な娼婦の子という先入観が俺にくっついていたからだ。間違いなく母は優しかったが、それはそれとして擁護できないぐらいには自立できていなかった。

 金の勘定もまともに出来ない、誰かに頼らざるを得ない大人。

 俺の母親は、どうしようもないほどにそういう弱者だった。


「上には上がいて、下には下がいる。そして、人は持って産まれ持ったもので生きるしかない。ただそれだけの話だろうが」


「……お前、やることやったあとで説教かます、説教おじさんみたいなこと言うな」


「なはは。そう言うってことは、そんだけ娼婦になりたくないんだな。悪口ってのは自分が言われたくないことを言うもの。娼婦を利用する男への敵意が目に見えてるぜ」


 密航者のガキは、反論できなくてレッテル貼りで論点をズラした。つまり心のどこかでは、受け入れられないままに俺の言葉を正論だと思ってる訳だ。

 まったく可愛らしい子どもだぜ、コイツは。


「兎も角、話がそれたがテメェの事情と俺の航海は関係ない。海の男の生きる理由を蔑視するだけでなく、新入りとは言え俺の船員を陥れたやつを信頼できるはずがねぇ。お前は港に帰るまで懲罰室で反省してろ。航海は続けないし、密航者に給料は出さない。飯ぐらいはくれてやるが、風呂にも入れないと思え」



 ☆☆☆☆☆



 ガキを懲罰室に突っ込んでから数日が経った。

 海の様子を甲板から眺める俺に話しかけたのは、ひとりの小太りなおっさん。この船の『副船長』であった。


「なぁキャプテンよ、あの嬢ちゃんを働かせてやってもいいんじゃねぇの? ただでさえ想定外にひとり減って、人手が足りない負担が周りに行ってんだぜ?」

「ダメだ。素人の女を無理に働かせても他に迷惑が行くだけだ。それに一人ぐらいの抜けであれば、何とかできるように仕事を振り分けてるだろうが」

「けどよぉ、このままじゃキャプテンだけが大損だぜ?」

「構わねぇさ、全部覚悟の上なんだ」


 海の上では、俺たちは平等だ。しかし俺はキャプテンだから、陸に帰れば陸でも仕事がある。航海時に消費する、船員たちの食料の確保。積荷の売買。燃料の補給。船の損失の修理。船員に払う給料(固定給+出来高払い)の準備。

 それらの手配は全て俺の仕事であり、その分だけ責任があり、その分だけ金も貰える。


「いいからお前は懲罰室に飯を持っていけ。ついでに時間もいい頃合いだ、お前も昼飯を済ませとけよ」

「……はいはい、分かりましたよっと」



 ☆☆☆☆☆



「ちくしょーッ! 出せー! 出せーっ! スケベ船員どもーッ! お前らなんかインキンタムシにもかかっちまえーッ!」

「飽きねぇなぁ、お前さんも」


 懲罰室で、密航者のガキは叫んでいる。

 閉じ込められて退屈なのか、船員たちに向けて下品は罵詈雑言を浴びせかけていた。


「おら、今日の飯だぞ」

「……生魚かよ」


 まったく、密航者の分際で贅沢なやつだぜと副船長は思う。

 本来なら密航者の時点で飯抜きが当たり前だが、子どもに甘いキャプテンは普通に飯をくれてやっているからだ。


「出された食事に文句を言うな。いつ想定外の嵐にあうか分からんのだ、食料の節約のため釣った魚を食べるなんてしょっちゅうだ。もっとも、新人と成り代わったお前さんは知らなかっただろうがな」


 そう言って、懲罰室の格子窓から刺し身が盛られた皿を入れてやる。だが、密航者のガキは警戒する野良猫のように、素直に生魚に手を付けなかった。


「食えるかこんなもん」

 だから、流石に何も分かってないその態度に、正直かなり腹が立った。

 なので一言、副船長は言ってやらずにはいられなかった。


「あのなお嬢ちゃん、この船で一番お嬢ちゃんに優しいのは誰だと思う?」

「は?」


「それはキャプテンさね。ぶっちゃけ俺らは、過酷な船旅にお嬢ちゃんを連れまわすことに罪悪感はない。無理やり仕事をさせて、どこかでお嬢ちゃんが怪我したり最悪の事態が起きたりしたとしても、それは勝手に船にもぐりこんだ密航者が悪いんだ。お前さんにゃお前さんの事情があるんだろうが、俺たちにも俺たちで事情があるんだぜ?」


「……知ってるよ、それぐらい」


 と言いつつも、その目は反抗的で不満げだ。全く納得していないのだろう。

 だから副船長は教えてやった。


「事故が起きた際に揉めないよう、俺らは事前にちゃんと契約を交わし、万が一の場合は遺族に金が行くようになってる。しかし、もぐりこんだお嬢ちゃんにそれはない。何があろうと自己責任だ。事故でお前が傷ものになったんなら、一から十まで全てお嬢ちゃんが悪い。ここは過酷な海の上、全てが覚悟の上な男たちの戦場。だから俺らは、お嬢ちゃんを働かせてもいいと思ってる。それで密航者であるお前が死んでも、全ては自己責任だとしか思わないからだ」


「……ッ!」


「だが、1人だけ例外がいる。キャプテンだ。あの人だけは、お嬢ちゃんが死にかねない場所に連れてかないよう気遣ってる。陸に無事に送り届けようとしている。懲罰室に閉じ込めた上で、朝昼晩と三食も食わせるなんて本来なら厚遇が過ぎるんだぜ?

 俺らが懲罰室行きになったら、その分働いてないんだから飯抜きで当たり前。食料の調達がしんどい海の上で、航海を妨害された密航者、つまりは犯罪者相手に、働いてないのに毎食分も飯をやる。これがどれだけ甘い処置か、お前さんは分かってねぇんだろうなー」


「……分かったよ、食べるよ。食べりゃいいんだろ……?」


 そう言って半泣きになりながら、密航者のガキは刺し身を食い始めた。

 陸の住人である彼女は、生魚なんて食べないため嫌々食べている。しかし、残す気配はなかった。

 もしもこの話を聞いて、残すか捨てるかしてたら――キャプテンに代わってコイツの顔面をぶん殴ってたぜと副船長は思うが、どうやらその必要はなさそうだ。


「俺たちはキャプテンの決定に逆らわない。お前さんの待遇に不満はあるが、文句は言わない。何故だか分かるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「アイツだけが、損をする……?」


「俺たちは固定給+出来高払い。航海に出て帰ってきた時点で大金が貰えるし、成果によっては積荷の一部まで貰える。今回は出来高払いはゼロだが、本来の長旅を想定したいつも以上の給料を、すぐに引き返した短い航海であってもそのまま貰える。そういう契約だからな。そして次の航海では、もう一度給料が支払われる。俺たちにしてみればお得なわけだ」


「…………」


「けどな、キャプテンだけは別だぜ。陸に帰ったとしても、途中で引き返したから利益はゼロ。だが、途中まで行って帰ってきた以上、その分だけ燃料も食料も使っちまった。その分は返ってこない。ここに、俺たちに支払う固定給が加わる。つまりキャプテンだけが大損な訳だ」


「それ、は――」

 自分のしたことと、自分が今置かれている状況。

 密航により、どれだけの損害が生まれたか。

 それを理解して、ガキは青ざめたままガクガクと震え始めた。


 そして同時に、どれだけキャプテンがお優しい処置を施しているかも理解しただろう。


「安心しな、キャプテンはお前なんぞで損失を埋めるような小っちゃい男じゃない。支払い能力のないガキなんぞに期待してねぇよ。密航者として、憲兵に突き出して終わりさね。ただ――」


 最後に、副船長は釘を刺した。

 ロマンを求めるキャプテンの邪魔はさせられねぇ。これ以上、コイツに罵詈雑言をわめかれると、他の船員どもの不満が爆発する。

 ――子どもに甘い船長が出来ないことを、副船長として俺がやんなくちゃいけねぇ。

 そう考えて、だから脅すように彼は言った。 


「テメェのしたことを理解したなら、ちったぁ大人しく黙ってろガキ。――でないと、俺らでお前をぶん殴るかんな」



 ☆☆☆☆☆



「さて、どうしたものか……」

(さすがに利益ゼロは苦しいからね。

 どこかで何か、お金になるものを積んで帰るのがいいと思うよ)

「急な予定変更で、船員にもストレスがたまり始めてるしな。

 ここらで一度、陸で英気を養った方が良さげか」


 船長室にて、もう一人の俺と心で会話する俺。

 そして、2人の意見は一致した。

 俺たちは、とある場所へ進路を変えることを決断する。


「ならば行こうか。、カオと宝石の原産地『宝石諸島』。そこで金策に走りつつ――島の温泉で女でも抱いて、色々発散するか」

(……君の人生だからとやかく言いはしないけど、女遊びは程ほどにね)

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