第2話 キャプテン、Uターンを決める
本日は晴天なり。
嵐の気配はなく、海流も安定。部下たちの雰囲気も良い。
よって、この旅路は良好と言える……はずだった。
(ドラゴ、何か騒がしくない?)
「……なんか、すげー嫌な予感がするな」
海図の執筆作業があったのだが仕方がない。
もう一人の俺と心のなかで会話しつつ、作業を中断。
船長として、急いで騒ぎの方へと向かった。
「何があった野郎ども! 3行で述べよ!」
「新しく雇った船員に、ひとり女の子が混じってたぜ船長!」
「けっこう可愛い顔してますぜ船長!」
「けど尻も胸もツルペタだぜ船長!」
「余計なこと言った2人はあとで甲板掃除な。
それで――女が紛れ込んでただとぉ!!!」
まさか俺の船で、そんな失態が起きるとはな。次兄をやり込めるための手続きに気を取られて、船員を増やす時に見落としでもあったか?
「へっ! な、何だよ、そんなに声荒げてよ。テメェも海の女神に嫌われるから、女は船に乗せられねぇとか言う臆病者か? そそ、そんなやつがキャプテンなんて笑わせるぜ!」
俺の船に紛れ込んでい密航者は、随分と元気なおガキ様らしい。風呂にあんまり入れてないのか、全体的に小汚い子どもだ。ターバンで目元を隠し、船員服で体のラインを隠していたのだろう。少年に扮して、船員としてこの船に乗り込んだのか。
そして改めて見てみると、確かにそこそこ可愛らしい顔だ。小さな村なら一番の美女に余裕でなれる、磨けば光る逸材と言えよう。
「ンだとぉ!」
「俺らみたいなバカはともかく、我らがキャプテン・ドラゴをバカにすることは許さんぜよ!」
「逆さ吊りにして海に漬けようぜ。鼻から海水でも飲ませたら、こーんなガキはすぐにしゅんとなるに決まってらァ」
しかしそんな逸材も、必死に虚勢を張りながら涙目でいると台無しだ。
声を荒げた屈強な男どもに囲まれてるんだから当然だわな。
「やめろ野郎ども、もうちょい紳士的に振る舞えや。招かれざる客な以上、多少からかうくらいはどんどんやれと思うが、ガキを泣かせるような奴は素潜りで魚捕りの刑だぜ」
「けどよぉキャプテン、どーすんだよ。女連れたまま『刀国列島』を目指すんですかい?」
「ふん、決まってるだろそんなこと」
そして俺は、キャプテンとして船長命令を出す。
「面舵いっぱい、船を反転させろ! 今回の航海はここで終わり。ガキを陸に降ろした後、他の船員も精査してから改めて出港する!」
「「「サー、イエッサー!!」」」
「――は? はァァァァァっ!?!?」
船員共が一斉に俺の指示に従う中。
当の元凶である密航者のガキだけは、驚愕に見開かれた目で絶叫していた。
(えーっ!? 『刀国』にあるっていうおコメは!? 醤油は!?)
いや、もう一人の俺も騒いでるな。うん、珍しくうるせぇ。
☆☆☆☆☆
「何でだよ! 何でわざわざ帰るんだよっ! 別にあたしがいるぐらいで何も変わんねーだろーがッ!?」
その後、ガキは船底にある懲罰室にぶち込むことにした。問題を起こした船員を閉じ込めるための部屋だが、へこたれることなくガキは元気に騒いでいた。
「船に不審者が忍び込んだんだ。そして特に、今回は色々あったからな。俺たちにも不手際があったのかもしれん。よってちゃんと港に戻って、他の船員の身元も精査。念のため確認しておくべきだろう」
「ビビり過ぎじゃねーか臆病者! あたしみたいな女が一人紛れ込んだだけで、そんなことをするぐらいに怖いのか!」
やかましいなぁ。分かってたことだが、やっぱりコイツは自分がやったことを分かってない。
だからその辺りは、分からせてやらなきゃダメだよなぁ。
「あのなクソガキ。例えばだがな、俺たちは互いに敬語を使わない。キャプテンと船員同士でもタメ口で話す。何故だか分かるか?」
「学がないから」
「違う、ぶん殴るぞ。あくまで俺たちが対等だからだ」
「よく言うぜ、んなもん建前だろ? 進路を決めるはキャプテンのお前、周りの奴らはそれに従って逆らえない。どうせ一番、金もらってんのも、キャプテンのお前だろうが!」
「その辺りの雇用契約はお前なんぞには教えられないな。言うほど俺とアイツらに差はねーんだぜ? そして、確かに俺にはキャプテンとしての権限がある。だがな、海の上で生じる責任は対等なんだ」
「海の上で生じる、責任……?」
よく分かってないようなので説明した。
「いいか? 敬語を使ってると上下関係ができるだろ? そうするとだんだん勘違いするやつが出てくるんだ。立場が下だから、その分責任も下なんだ。小さい責任を背負ってるだけなんだってな。
けどな、海の上じゃそれは通じない。俺達がいる船の下は、底なしの海水ばかり。俺の生涯を費やした自慢の船は、残念なことに誰かがやらかせば沈みかねない。万に一つの可能性であっても、それは防がねばならないだろう」
「…………」
「海の上では誰もが自覚をもって、己の仕事を全うしなければならない。それが出来ない場合、訳の分からん失敗が起こって、全員まとめて海に沈む。だから海の男には信頼が大事なんだ。互いに素性を把握した上で、問題がないと信頼したやつを乗せてる。そこにウソがあってはならない」
だからまぁ、今回みたいなことはありえないし、二度とあってはならないわけだ。
「例えばだがな、お前は女だろ? もう月のものは来てるのかよ」
「はぁ!? 急に何聞いてんだよお前! 変態!」
「なんだよ言えねぇのか? 言えねぇのなら、それが船に女を乗せない理由だぜ。俺はキャプテンとして、船員に仕事を割り振るのが仕事だ。その時に大事なのが、体調についてちゃんと把握していること。女みたく月に一度、必ず身体能力が落ちるなら、その周期を把握しなくちゃならねぇ」
「そ、んなこと言われても、周期なんて安定しねぇし……」
「だったら余計にダメだな。指示を出す側からしてみれば、いつ体調を崩してもおかしくないやつは面倒くさい。その上で過酷な海の仕事で、男より体力のないお前を雇うメリットってなんだ?」
「グッ……」
「他にも面倒くさいのが男女のアレコレだ。海の上は強制禁欲生活、時間と共に性欲が溜まる。そこに女が1人いると、普通なら我慢できるんだが、過酷な海の上だと精神のタガが外れて暴走しかねない。そこでもし合意なしで突っ走ったら――船長として、俺はそいつを裁判所に連れてかなくちゃならねぇ」
襲われたくはないだろう? と暗に視線で伝えると、密航者のガキは何も言えずに黙ってしまった。
「かと言って、合意の上でおっぱじめられても困る。子供ができたら厄介極まりない上に、痴情のもつれというやつまである。男所帯に女一人、取り合う男たち! その時点でまとな航海はどっかへ行っちまう。分かるだろ?」
「……まぁな」
俺の言葉に反論が思いつかなかったのか、一言だけ返事して黙りこくってしまった。
「というわけで、女を乗せずに男で固めるのが楽だし安上がりなんだよ。だから俺は求人のとき、募集したのは男限定だった」
(この世界、男女雇用機会均等法なんてないからねー)
何だもう一人の俺、急にどうした。
内心でそうツッコんでた俺に、涙目のメスガキがしかし反論する。
それはまるで、叫ぶような反論だった。
「だったら、それこそこうやって乗り込むしかないじゃないか! 船員に選ばれてた、あたしと同じぐらいの体格の少年を、色仕掛けで暗いところに引き込んで……ふんじばって服を奪ってまでここに来たんだぞ!」
「お前そんなことまでやったのかよ。帰ったら本格的に憲兵に付きだすからな」
「だって、あたし、あたし――このままじゃ娼婦にされちまうんだぞ! だったら何でもかんでもやってやるに決まってんじゃねぇか!!」
いや、それは犯罪をしていい理由にはならんだろ。




