内なる知恵の書簡
今回の旅は、ホウキの一人旅ではなく、夜行の馬車で東の国まで渡る。
ハンスは空を見上げた。
満月であった。
空にかかった真っ黒な闇のカーテンに、鏡のように煌々と輝くその円を見つめていると月はハンスに語り掛けた。
月にも顔や性格があって、夜な夜なハンスにメッセージを与えてくれるのだ。
「潮の満ち欠けを動かしているのは私。
夜の運命をつかさどっているのは私。
真っ暗な夜道でも、私はあなたを導こう。」
ハンスは電気を消した。
月明りだけで、本が読めるほど明るいことに気が付いた。
「見ろよ・・・!」
ふと、誰もいないのに、誰かにこの風景を見せたくて語り掛けたい気になったのだ。
空に輝く星は、大都会のネオンよりも美しく輝いていた。
こんな夜に眠ってなんかはいられない。
ハンスは気になって、カバンの中から一冊の本を取り出した。
『内なる知恵の書簡』。
三千年前に実在したアウレリウス王の書である。
「この宇宙と自己の内なるものは本質的に一つである。」
と書いてあった。
ハンスにその哲学は難しいように感じられたが、本当にそんなような気がした。
この無限に広がる星空すらも、この地球にかかるカーテンのような輝く膜に過ぎないことを感じ取ると、この宇宙全体は不思議な力によって動かされており、この宇宙はハンスという存在に語り掛けている。
そして一切の星々と宇宙の果てまでとこの自分自身が一つにつながった存在であるということを感じてぞっとした。
アウレリウスは、そのことを知っていた。同時に賢者であり、王であり、世界をひとつにまとめた帝国を築いた。
この世界全体が魔王に滅ぼされそうになった時、アウレリウス王は全世界の国々を自らの足と船と飛行船などで回り、その一つ一つの国々に争いをやめ一つに団結することを呼びかけ、ついには「世界政府」を実現させ、力を合わせて魔王を地下に封じ込めた。
アウレリウス王には、ハンスの感じ取っていたものと同じ、精霊の「指導原理」が働いていた。
これは、宇宙を動かしている力と全く同種のものであり、人間の奥底にある力とこの源は実は繋がって一致している。
アウレリウス王は、それを「ト・ヘゲモーニコン」と呼んでいたが、これは深く静かで落ち着いた、様々な日常生活から離れたところでしか聴き従うことのできない声であり力なのだ。したがって、一般的な僧侶や魔法使いがこの力を使いこなすには、長く人里離れたところに住まうことが必要とされる。
ところが、この王は偉大で、大帝国を統治するための戦争や冒険の数々、政治の雑務が激務であるにもかかわらず、このような内的な心の在り方を決して失うことはなかった。彼は両者を一致させたのだ。
彼は、宇宙の法則の何たるかを知悉していた。この宇宙の法則と自らの内面を合わせ、従わせることが哲人王と呼ばれた彼が大帝国を統治した秘訣だった。
アウレリウス王の書をハンスは、馬車の中でひたすら読みふけった。
そして、宇宙の法則と自らの生き方を静寂の中で一致させることに心を持っていった。
二匹のペガサスが、何百メートルにも渡る、十両の馬車を引っ張っていく。
ハンスはこの旅の移動時間ひたすら、自分の中心と向きあう時間を持つことができた。
彼は、賢者王アウレリウスに激しくあこがれの気持ちを抱いた。
そして、活動的でないその時間はとても贅沢に思われた。
自分自身とは悠久に続く宇宙の一部であること。
宇宙を動かし、歴史を展開させている力と、自分自身に内蔵する無限の力は全く違うものではない。
人間の源は、宇宙の源と一致しており、そこには一切の愛とか豊かさとか無限のエネルギーの源がある。
今、目の前に見えている壮大な星空も月も、はるか下に見える山脈も月明りも、この身体に感じられることのすべては精神の光が自己というフィルムを通して現世に展開する像でしかないということを思いながら、彼は平安で調和した気分に浸っていた。何か、腹の底から突き上げるようなぞくぞくとした嬉しいもので彼の精神は満たされた。
そして、この内なる宇宙に繋がっている限り、ハンスには敵はないように思われた。
宇宙の力のすべてが、ハンスの思考や心の在り方に対して、力を与え、守ってくれることを彼は受け入れた。
理法に従い、自らを委ねるとき、どこまでも彼はリラックスして静寂と平安に満ち満ちていた。
この感覚を永久に味わってその中に生きていたいと願った。




