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再会 ~All That I Needed(Was You)~  作者: あだちゆう
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別れと出会い

目を覚ますと、白々しい現実が待っていた。

身体が重い。起き上がるにも一苦労だ。


太陽が昇ってくる。


あの日を境に、僕からすべてが失われた。

「そうだ。

あの子が去っていった後、追い打ちをかけるように両親とも僕を残して死んだ。

内気で一人でいることが好きで、よく泣いていたぼくを、お母さんは膝の上にのせて泣きやむまで抱きしめてくれた。

お父さんもよく僕に物語を語って聞かせてくれた。」


父は、「戦争」に連れていかれた。

街のみんなに喜ばれながら旗を振られて。

だけど、お父さんの顔は笑っているようでいて、実はかなしみに満ちていた。

そして、制御不能な「魔法の毒」にやられて、家に戻ってきた。

お父さんはみるみるやせ細っていき、死んだ。

そのとき、周りには誰もいなかった。

ハンスは、お金を稼ぐために魔法を習得させられた。

ハンスとふたりで看病をしていた母も、父が亡くなった後、疲れ果てたようになった。

母は、ハンスをだきしめて泣いた。

寒い寒い雪がちらつくような日だった。

その夜、買い物に行ったきり、道ばたで気を失って倒れた母がそのまま凍死したことを知った。

その手に持った紙袋には、ハンスのためのクリスマスプレゼントがあったと聞いた。


大切なものを、一気にすべて失った。

あの幸せな気持ちは一気に奈落の底に落とされた。

ハンスは、そのクリスマスプレゼントを抱きしめながら大声で泣いた。

そのあとも、毎日泣いて泣いて泣きはらした。

自分自身でも分からない、やりたくないのに、周りの大人を殴ったり、物を盗んだり、汚い言葉を吐いたりした。そして、そのたび、嫌われて、殴り返され、二度と立ち上がれなくなることができないくらいに痛めつけられた。だけど、それでも悪さをやめることができなかった。悪いことだと分かっていた。

自分が傷つけられて限界まで憎まれてたとえ破滅しても一向に差し支えない。それでもいいから、この世界のすべてを破壊して破壊して破壊して破壊しつくしてやりたかった。だけど、小さなハンスにはそんな力も全くない。

だから、その衝動は自分に向かう。毎晩、自分のことが嫌いになって、どうしたら自分に効果的な罰を与えられるかどうか考えていた。

夜な夜なうめき声を発し、壁に血だらけになるまで頭をぶつけては、さらに気持ち悪がられ、疎まれた。誰も助けてくれるものはいなかった。

「狂った子」「忌み子」「どうしようもない・・・」

人びとの白い目は確かにそう語っていた。


「僕は・・・見捨てられたのだ。僕が罪人であるがゆえに・・・。

僕は、取り返しのつかない罪を犯してしまったのだ。

僕が生きていくためにしていたすべてのことが罪であり、誰かのことを大切に思うことすらも許されないことだったのだ。

神様は僕を見捨てたのだ。どうでもいいんだ、僕のことなんて。」


ただ、ひとりのある大人だけが、殴られても、物を盗まれても、馬鹿にされても微笑みを絶やさずハンスのことを受け止めてくれた。

ある時、タマゴを盗った時など、追いかけてきて捕まえられたとおもったら、「忘れものだよ」と、もう二つ、ゆで卵を袋に入れて渡してくれた。

彼は、しっかりとハンスの目を見つめていた。まるで、少年のように輝いた瞳と、柔和な微笑みを絶やさないで。

その奥にある悲しみや痛みをしっかりと分かろうとしてくれたことが、一言も発さずとも子供心に伝わったのだ。

彼は、パウロという、街の教会の神官であった。パウロは教会を孤児院や行き場所のない子どもたちの居場所としていつも開放していた。

教会の前にある階段で子どもたち相手にギターを弾いていた彼は、ハンスに「君は見たところ素質がありそうだ。人前で弾けるようになるまで練習するといいよ。」と、もう使わなくなった古いギターを一本くれた。

その時、パウロはこう言った。

「私はね、君のことを救ってあげることはできないかもしれない。そして、ただ君自身が君を救うことができる。

どんなに辛いことがあったとしても、人はその二本の足で自分の人生を背負って歩いていかなくちゃならないんだ・・・だけど、辛い時、荷があまりにも重い時は少し休もう。きっと軽くなっているはずだ。

ここにしばらくいないか。休ませてあげるし、君の助けになりたい。」

そんなことが繰り返し繰り返し続いた。


そのとき、ハンスは自分自身でも止めることのできなかった衝動が「もう、必要ない」と感じ急速にしぼんでいくのがわかった。

そう、「理解してほしかった。」「受け止めてほしかった。」「話を聞いてほしかった。」「まっすぐに自分を見てほしかった。」それだけだったのだ。

そして、教会の孤児院に引き取られた。ハンスの態度が打って変わったように善良になると、街の人びとは打って変わったように善良な態度でハンスに接した。

厳しい生活の規則はあったが、物質的には何不自由なく暮らすことができた。夜遊びやゲームは許されなかったが、ギターも弾けた。絵も描けた。

パウロは、ハンスのことを愛してくれた。亡くなった両親にも劣るとも勝らない愛で、ハンスのことを気にかけてくれた。


そして、パウロはハンスにギターや作詩以外の特筆すべき能力を見出した。

ハンスは普通の人が見ることのできない「精霊」や「神々」を見たり話したりする能力があった。両親も大人も街の人びともそのことに全く気が付かなかった。

二十四時間ずっとというわけではなく、電話をかけるようにアンテナを合わせ、それらの存在とつながる能力である。

ハンスはこのことはごくごく幼いときから普通のことだと思い込んでいたが、どうも周りの子どもや大人のほとんどがその能力を持ちあわせておらず、何も知らないまま慣習的に日曜日に集まっていることを知り、「この人たちは退化してしまったのだろうか」と思ったこともある。しかし、ところが、魔法のろくに使えないで役に立たない創作活動ばかりに興じているできそこないと見られていたのはハンスのほうであった。

パウロはうまく、彼の能力を引き出した。

「役立たず!」「お前にはいったい何ができるのか?」「もっと頑張れよ。」「いるだけで迷惑だ。」

ハンスは至るところでそう言われ、すっかり落ち込んでいた。だが、パウロは「気にすることはないよ。誰が何と言おうと君には君だけの良さがあるのだから。」と励まし、ハンスにしかない能力を開花させることに心血を注ぎ教育を施した。このことは、彼にとってひとつの大きな幸福だったと言ってよい。

神官には多かれ少なかれ、ハンスの持っているような能力を持つ者がいるが、ハンスのそれは生まれつき天性のものであった。野放しにせず正しくその能力を扱うことを覚えることが指導者の役目である。さもなければ、能力におぼれ「悪しき者」に取り込まれてしまうことを恐れていたからである。


さて、ハンスは、「東の国の音楽」と出会う。

「ユタカ」という名の歌手の歌を聞いた瞬間、眼から涙があふれた。夜中じゅう聞き続けた。

ユタカは自分の孤独な気持ちを代弁してくれるようだったから。そして、鬱屈しがちだったハンスの心を熱く燃え立たせてくれた。

ハンスは、一日八時間も十時間もギターの練習をした。爪が割れ、血が噴き出しても練習をやめなかった。詩を書き続けた。その紙の量は軽く自分自身の背の高さを越えて、あまりの多さに周りからはあきれ返られた。誰も読まず、いずれ処分されることが分かっているそれは、まるで大きな池に一個一個砂利を投げ込んで池をなくしてしまうような、無意味な積み重ねのようにも思えて仕方がなかったが、それでも心がかわきにかわいていたハンスにとってそれはたとえ瞬間的な自己満足であってもかわきを満たす何かが欲しかったのだ。それが作詩や作曲だった。

いつしか、技術だけはついた。ハンスはその道に進むことを考え始めたが、そのためには自分の弾きたいことを思うままに弾くことでなく、他人に、大衆に認められなければならない。

ハンスの作る歌はどれこもれも独りよがりで、まるで自分だけにしか読めないノートにかいた走り書き以上のものでしかないということをハンスはすっかり自覚していた。・・・いや、本当は、たった一人の誰かを想定して書いた手紙のようなものだったのかもしれないのだが、すっかりハンスはそのことすらも忘れていた。ひょっとしたら、そのたった一人の誰かは自分の作りだした偶像で彼を受け止める感受性なんて微塵も持ちあわせてなんかおらず彼はただ虚空に向かって自閉的な空間の中で己を叫んでいたに過ぎないのではないか。

それは「いけないこと」だった。自分の個人のことを、「みんな」に分かるように歌った瞬間、それはきっと「僕の歌」じゃなくなるのかもしれない。

多くの講師が、彼の「悪い癖」を正して、大衆受けするようなものに矯正していった。

はじめは、乗り気でなかったが、言われることに従うことで、なぜか知らないが多くの人がハンスのもとに集まってきた。

しかし、ハンスは自分自身の才能のなさにどこかで気が付いていた。いや、はっきりと分かった。この世界には、同じ犬でもドーベルマンが死ぬほどのレッスンを重ねてもチワワのように愛らしくなれぬように、チワワがいかに肉体を鍛えてもドーベルマンのように強くはなれないように、天性の才能を持ったものにハンスがいかに努力しても決してその壁を越えることはできないことを悟った。ハンスの持っている音楽のセンスとは、誰にも見向きのされない二流や三流のものでしかない。そんな人間にもとめられるのはオリジナリティや自分らしさではなく、なるべく大衆受けのする誤解されない無難なものを生産していくこと。

そこには、なんら創造のよろこびなどない。

せっかく才能や技能を生かして就いた職業なのに、何かが足りない。二流か三流以下の目立つことのない風景の一部と同化して、いや埋もれて見えなくなりつつある技術者。「お前は趣味で銭を稼いでいていいな」と皮肉を言われながらも何も言い返すことができずにぐっとこらえる。何かがハンスの心の中にはすっかり抜け落ちていた。

情熱を傾けることができないまま、心にため込んだ何かを押し殺して形通りの歌や詩を作っていく。

当然、ギターと歌だけでは、ハンスは生きていけるほどの収入を得ることが難しかった。

もうひとつの進路が、教会の神官である。

教会の人びとは、神々や天使、精霊と語りあうことができるハンスに神官となることをひそかに期待していたようで、彼はその期待をびりびりと感じ取っていたし、ハンスはその期待から逃れることはできず、それ以外に道はないように思われ流れのままに専門の学校に進んでいた。

ハンスは、教会の典礼の儀式に必要な古代語や膨大な学問を習得させられた。

しかし、彼は知っていた。そんな荘厳な儀式や古代語の素養が天使や精霊と語ることに何の助けにもならないことを。それでは、誰かの心の助けにすらならないことを。

そして、神官になるということは、「東の国の音楽」ユタカの歌は矛盾した考えであり、すっかり捨て去らなければならない、というわけではないが、大っぴらに好きということははばかられるようにも思えた。

第一、ハンスは何年たってもそれらの古代語や学問を習得することができなかった。ハンスにはまったくそちらの素質はなかった。

そのことは、ハンスをひどく苦しませた。分厚い本と大量の課題はハンスの目の前を暗くし、吐き気すら覚えさせた。

うっかり胸にたまりたまったものを少しでも吐き出そうものなら、多大な恩をかけ、自分を育ててくれた教会の人たちを裏切り、悲しませ、事によっては怒らせることになる。

そして、きっと「恩知らず」「自己中」「裏切り者」の汚名を着せられ、この街から追放されてしまうに違いない・・・そのことが恐ろしくてたまらなかった。


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