第9話「ダンジョン の ある 森」
「ふわぁー……ぁ」
ベッドから体を起こす。
はぁー……久しぶりにまともな場所で寝られたからか、よく寝たなー。
昨晩は、時間的にダンジョン講座をお開きにして、スケルトンが作った夕食を食べて客室に案内された。
スケルトンが作ったとは思えないほど美味しかったなー。元料理人だったからんだろうか。
いや、料理人って庭に居たな確か。
これでクラッシュスパイクとスケイルファングの調理方法は分かったから食べることができる。
材料を出すために、ダンジョンボックスに関しては少し教えてもらった。
ダンジョンボックスに入れておくと時間経過しなくなるらしい。
ということは今までに入れた食料品はすべてそのまま使えるっていうことだ。いいね!
改めて手を上に伸ばして深呼吸をする。
「「はぁ……」」
息を吐きながら手を下ろすと、手に柔らかな感触が…。そして、聞こえてくる自分の吐いた息とは違うニュアンスの少し荒い息遣い。
まさか、これは………定番の!
視線を右に向けると、赤銅色の髪を解き、ナイトドレスに身を包んだシグがいた。
―――目隠しをして縛られた状態で。
「…はぁ……はぁはぁ…」
「………」
何してんの、この人?
触った柔らかい感触は太腿だった。だが、本来嬉しいはずなのに全然嬉しくない。いや、嬉しいんだけどシグの被虐趣味の所為で嬉しさが吹き飛ぶどころかマイナスに振りきっている。
「(ガチャ)シュウ君、起きてるかい?あ、失礼」
「待って!ダールソンさん!!見捨てないで!!」
この状態で放置される身にもなって欲しい!
「あっはっはっは!……まあ、私も関わりたくないんだよ」
「僕だって嫌ですよ!」
「あっ!……ぅんっ!……はぁ…はぁ…」
「………」
今の拒絶の言葉で、更に感じたらしい。本当に何してんの、この人?
「とりあえず………部屋、出ましょうか」
「懸命な判断だな………」
二人してそっと部屋を出た。
「ああーっ!良い、良いわっ!!」
部屋から更なる嬌声が聞こえたような気がする。もうやだ………。
食堂にカチャカチャと食器の鳴る音が響く。まあ、僕しか音を立ててないんだけどね。流石はお嬢様ってわけか。あ、ちゃんと服もまともなものに着替えてきている。
スケルトン達が食事の準備をしている光景はやっぱりとてもシュールだった。
朝のメニューは僕が提供したスケイルファングの肉をムニエルにしたもの。魚類なのかワニのような動物か分からない外見の通り、火を通した魚肉のような崩れやすさと、その崩れやすさに相反するように動物の肉のような肉汁が溢れ出てくる。天ぷらとかフライにすると旨そう。いずれ、料理とかにも拘ってみたいな。
「ふふふっ、昨晩はお楽しみでしたわね?」
「お前が言うな」
「ああっ!シュウ様の遠慮が無くなっていきますわーっ!もっと無遠慮に!具体的には言葉と一緒に手が出るぐらい!」
「………ったく、なんで僕の隣で寝てたんだよ」
「それはですね。……ふふっ」
「あ、独り言に返さなくても結構です」
「ああっ!益々遠慮がなくて良いですわ!!」
「じゃあ、食事が終わったら僕は出ていきますんで、ドウモアリガトウゴザイマシタ」
僕が本気で出て行く決意をしているとそれまで黙っていた……いや、笑いを堪えていたダールソンさんがシグを咎める。
「お嬢様」
「こほんっ、悪ノリが過ぎたわね。80年ぶりに人と喋ることができて舞い上がっているの。御免なさいね」
「はぁ……色々教えて貰おうとしている訳ですし、ある程度は諦めます」
「では、私のことを……」
「それは嫌です」
「鞭で叩いて下さる?」
「嫌って言ったよね!?」
「仕方ありませんわね。では食事を終えたら、シュウ様のダンジョンに出掛けましょうか」
ピクニックに行くみたいに軽く言われても。あそこまで結構あるし、魔物も多いんだけど。
「ダンジョンスキルの使い方を確認しませんと。Lv1のダンジョンなんてほとんど見たことありませんし、血を頂いた分はしっかりと働きますわ!それに…」
「それに?」
「二人で住む愛の巣の確認を…」
「絶対に入れないからな!?」
「では、せめて私が設置される拷問部屋を」
「作らねぇよ!?」
しかも、さらっと自分を物やオブジェ扱いしてるな!?意味わかんねーよ!
「まぁそれは半分冗談ですわ」
「半分ってことはどっちか実現するってことだよな!?」
絶対に作らせて堪るか!
「お嬢様……ブフッ!」
「御免なさいね」
「はぁ。ダールソンさんも笑いすぎです。止めて下さい」
カラカラと笑っていたダールソンさんに会話を向ける。自分が見てるだけ、聞いているだけで終わると思うなよ……!!
「ックック……いやいや、スマンね。打ち解けているようで何よりだと思ってね」
「一方的に振り回されて遊ばれているような気がしますけど」
「見ている分には面白いからね。関わりたくはないが」
「僕だって他人事なら笑っていられたのに……」
くっ、殺せ!
って言いたくなるぐらい、僕はシグに捕らわれている気がする。絡め取られている………か。本当にもうやだ。
美味しい食事のはずが、何故だか味をあまり感じなかった。……くそう。
食事を終え、出掛ける準備をする。
と言っても僕は特にないんだけどね。
庭に出て伸びをしていると、シグが出てきた。あれ?ダールソンさんは?と思っていたのが顔に出ていたのか、シグは微笑むと館の横に顔を向けた。
シャカシャカと8本の足をせわしそうに動かしながら、一匹の真っ赤なコモドオオトカゲのような爬虫類が出てきた。大きさは10mぐらい。
と思ったら鞍のような物が付いており、ダールソンさんが乗っている。
「何あれ」
「ブラッディリザードのクーデリアこと、クーちゃんですわ」
試しに『鑑定』してみる。
■クーデリア
種族:爬虫獣類
クラス:ブラッディリザード・クイーン
流石は吸血鬼とエルダーリッチが従える魔物だな。なんか強そうだ、クイーンってついてるし。
まあ、他の人……特に人間がどれ位強いのかもまだ分からないけど、人って物凄く弱い気がしてきた。
レベルが上がらない僕はその中でもどれだけ弱いんだろ。目立たないように生きないとなー………。
「森の中は色々と出てきますので、魔物除けですわ」
説明をしてもらっている間にクーちゃんがシグの前に到着すると、すっと手を差し出してくる。
え?何これ。どーしろと。
「エスコートして下さる?」
「ああ、そういう意味か」
「殿方がエスコートするのは当然でしょう?」
「残念ながら記憶がないからね。あと、今までが酷くて、また被虐趣味に繋がる何かかと思ったわ」
「失礼ね。館意外ではそういうことは言わないわ。体面というものがありますもの」
「じゃあ普段からそうやって振る舞ってくれませんかね」
「嫌よ。生の反応があるのが良いんじゃない。スケルトン達では命令通りにしか反応しないから新鮮味がないもの。人形に興味は無いわ」
ダメだ。被虐趣味が既に生き甲斐にまでなっている。何を言っても無駄だな。
MはSを兼ねるって聞いたことあるけど、ドMだと思っていたらグイグイ来るな。
どちらにしろ放っとこう。
とりあえず、言うとおりにしてシグを手を引いて乗せるか、と諦めようとした時。視線を感じて振り返るとクーちゃんのの大きなアーモンド型の瞳がジッとこちらを見ていた。
え、何。
「………」
「………ペロッ」
「うわっ!」
「まぁ!クーちゃんもシュウ様のことを気に入ったようですわ!」
「………ベタベタするんですが」
「では、私が舐め……拭いて差し上げますわ…はぁはぁ」
「やめろ!お前は少しぐらい欲望を隠せ!!」
「心外ですわ。欲望に正直に生きているだけですわ!」
「威張るな!」
というか、そのクーちゃんは涎をダラダラ垂らしているし。どっちかって言うと僕のことを獲物だと思ってないか?
そんなこんなで3人を乗せて森の中へと移動していく。
案内は僕。ダンジョンを意識すると矢印が浮かび上がるから、それを頼りに走って行く。
ブラッディリザードのクーちゃんは速い割に、上に乗っている僕等への振動が少ない。足が8本あるからかな。
道中、ただ乗っているだけなのは勿体ないということで、見つけた木や木の実、植物、出会った魔物の知識をダールソンさんに教えて貰いながら進む。
流石は異世界。見たことも聞いたこともないものばかりだ。
途中、以前食料として採った赤い果実のことも教えて貰った。チェリンゴというらしい。確かに味はチェリーで中央に大きな種があり、リンゴのようにシャクシャクとした食感だった。
聞いてみると、この森ではチェリンゴのように食べられる物は、そんなに多くないらしい。
よくもまあ数少ない当たりを引けたもんだ。運が良かったなぁ。
あと、この辺の土地は普通の土地と違って、元々魔力が溜まりやすく、魔物が多く発生する森であることから獣魔の森と呼ばれていたらしい。
だから、相応の実力を持った人じゃないと入ってこれないとのこと。
そして、魔力が溜まりやすいということは、魔法生物であるダンジョンが産まれやすい場所らしく、実際かなりの数がこの近辺に集中しているって話だ。
また、人が入らず長年放置されることにより、どこまでもダンジョンが成長し続けているものが多いということ。つまり、高難易度ダンジョンがこの獣魔の森に集中している、と。
こんな場所で、よく洞窟を出てからここまで無事に生きて辿り着けたな………。