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勇者の君へ ——僕は平穏に暮らしたかった物語——  作者: R.R.
第一章 天才、ここに誕生

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01、誕生


勇者の君へ——君と私の物語——

https://ncode.syosetu.com/n7914mu/


の続きの物語です。


上記の話を読んでいなくても楽しめるように書きます。


勇者の君へ ——魔王になった僕が君を救う物語——

https://ncode.syosetu.com/n5930mu/


なども読んでいただくと、面白くなると思います。

その日、世界のどこかで――魔王が死んだ。


 王都では鐘が鳴り響いていた。


 人々は歓声を上げ、兵士たちは勝利を叫び、街には祝福の声が満ちている。


 長く続いた戦いが終わった。


 魔王が討たれた。


 世界を救った勇者が帰ってくる。


 誰もが、そう信じていた。


 けれど。


 王都から遠く離れた場所にある、とある貴族邸では。


「――もう少しです!」


 慌ただしい声が響いていた。


「奥様、頑張ってください!」


「分かって……るわ……!」


 寝室の中。


 一人の女性が、汗で濡れた額を押さえながら必死に息を吐いていた。


 ベッドの周囲では侍女や産婆たちが忙しく動き回っている。


「ゆっくりで大丈夫です。息を吸って――」


「っ……!」


 女性はシーツを強く握った。


 痛い。


 怖い。


 それでも、もうすぐ会える。


 自分のお腹の中で、十か月もの間ずっと動いていた小さな命。


「……お願い……」


 女性は震える声で呟いた。


「無事に、生まれてきて……」


 その声を聞いた夫が、ベッドの傍で彼女の手を握った。


「大丈夫だ」


「……あなた」


「この子は強い。きっと大丈夫だ」


 そう言った夫の声も、僅かに震えていた。


 普段なら決して見せない表情だった。


 厳格な貴族当主。


 領地を治め、家臣を率い、何事にも動じない男。


 そんな彼が今は、ただの父親だった。


「……男の子だったら」


 妻が苦しそうに笑う。


「あなた、名前……決めた?」


「ああ」


「どんな名前?」


「もう決めてある」


「教えて」


「生まれてからだ」


「ふふ……」


 女性は小さく笑った。


「もったいぶるのね」


「大事なことだからな」


 そのときだった。


「――来ます!」


 産婆の声が響く。


「奥様、もう一度です!」


「……っ!」


 女性は夫の手を握り締めた。


「頑張れ!」


「あなた……!」


「ここにいる!」


 そして――。


「――おぎゃああああっ!」


 部屋に、産声が響いた。


 一瞬。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、その小さな泣き声だけが部屋を満たしていた。


「……生まれ、ました」


 産婆が赤子を抱き上げる。


「元気な男の子です」


「……男の子」


 女性の目から、涙がこぼれた。


「見せて……」


「はい」


 赤子が母親の胸元へ運ばれる。


 小さな手。


 小さな指。


 まだ何も知らない顔。


 それでも、その子は確かに生きている。


「……かわいい」


 女性は震える手で、赤子の頬に触れた。


「この子が……私たちの子……」


「ああ」


 夫も覗き込む。


 そして、少しだけ笑った。


「……よく生まれてきた」


 その言葉に、女性は目を細めた。


「名前は?」


「……ルイン」


「ルイン……」


「ああ」


 夫は静かに頷いた。


「この子には、この世界で自分の道を歩いてほしい」


「自分の道……」


「誰かに決められるのではなく、自分で選んでほしい」


 母親は赤子を胸に抱いた。


「ルイン……」


 その名を、何度も口にする。


「あなたは、どんな大人になるのかしら」


 赤子は答えない。


 ただ、小さな手を動かした。


「ふふ」


 母親は笑った。


「元気ね」


「将来は騎士になるかもしれないぞ」


「気が早いわ」


「なら、学者かもしれない」


「それもいいわね」


「商人でもいい」


「ええ」


 母親は頷いた。


「何になってもいいわ」


 赤子の額に、そっと口づける。


「元気に生きてくれれば、それだけでいい」


 その瞬間だった。


「……あれ?」


 産婆が、ふと顔を上げた。


「どうした?」


 夫が尋ねる。


 産婆は答えなかった。


 部屋の中を見回している。


「今……何か……」


「何?」


「いえ……」


 彼女は首を傾げた。


 風はない。


 窓も閉まっている。


 なのに。


 部屋の中の空気が、僅かに震えていた。


 蝋燭の炎が揺れる。


 ふわり。


 赤子の周囲に、淡い光が集まった。


「――っ!?」


 母親が目を見開く。


「あなた、これ……」


「魔力……?」


 夫の表情が変わった。


 赤子は泣いていない。


 むしろ眠っている。


 その小さな身体から、普通の赤子では考えられないほどの魔力が漏れ出していた。


「こんな……」


 産婆が後ずさる。


「生まれたばかりの子に、こんな魔力が……?」


 夫は黙って赤子を見つめた。


 やがて。


「……記録しておけ」


「旦那様?」


「この子の魔力反応を、すべてだ」


 声は冷静だった。


 けれど、その瞳には隠しきれない驚きがあった。


 母親はそんな夫を見て、不安そうに赤子を抱きしめる。


「……大丈夫よね?」


「ああ」


 夫は答えた。


「大丈夫だ」


 そう言いながら、もう一度だけ赤子を見る。


「ただ――」


 言葉が止まった。


「ただ?」


「……いや」


 夫は首を振った。


「今は何も考えなくていい」


 そして。


 眠っている我が子の頭を、そっと撫でた。


「お前は、お前の人生を生きればいい」


 その言葉を聞いたかのように。


 赤子の指が、小さく動いた。


 ――同じ頃。


 遠く離れた王都では、魔王の死が告げられていた。


 人々は知らない。


 世界を揺るがした戦いが終わったその日に。


 新しい命が生まれたことを。


 そして。


 その小さな命が、十年後。


 かつて世界を震わせた魔王と、奇妙な繋がりを持つことになるなど。


 誰も――知る由はなかった。

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