14話:護衛任務
ギルド本部でニーナから強引に押し付けられた緊急クエスト。
人助けをする気など毛頭ない。けれど、護衛対象である『ロドリゲス子爵』の名は、後々私がこの国で自由な王女としての権利を保ち、優雅に暮らすための『駒』として、非常に魅力的な利権を含んでいた。
彼は表舞台では大人しい保守派の老人だが、裏では王都の隠密な物流ルートを牛耳っている。
彼を恩義で縛り、その強力な経済基盤を味方につけておけば、他の兄姉たちの派閥に理不尽に権利を脅かされることなく、私の自由を担保する絶好の政治的カードになるのだ。
だからこそ、私はあの場で正式に依頼を受理した。すべては、私自身の私利私欲のために。
——けれど、私の気分は少しばかり波立っていた。
理由は分かっている。
先ほどギルドでのやり取り。
『歪んでて何が悪い』『俺はそういうアイン様を嫌いじゃない』等々、わかったような事を並べ立てられた。
他人と深く関わるつもりも、内面を踏み荒らされるつもりもないのに、あの言葉が妙に胸の奥でざわついて離れない。
私の調子を狂わせてばかりの男に対する、割り切れない不機嫌さが胸の奥で燻っていた。
数時間後。
私は身分を隠す仮面と外套を纏い、高ランク冒険者『サクラ』として依頼主であるロドリゲス子爵の前に姿を現した。
彼との間で正式な挨拶と任務の確認を事務的に済ませると、私は「姿を隠して周囲を警戒する」というサクラとしての警護方針を告げ、老子爵の承諾を得てから、走り出した馬車の天蓋へと音もなく身を潜めた。
周囲の警戒は常人には見えない精霊達を召喚して任せ、天蓋の上で一人、退屈極まる護衛の時間をやり過ごす。
ロドリゲスは私がどこか近くで見守っていることは知っているはずだが、まさか、防音の甘い馬車の天蓋のすぐ上で自分の呟きを聞かれているとは思ってもみないのだろう。
やがて、小窓から漏れ聞こえてくる老貴族の独白が、静寂な夜の空気に溶けて私の耳に届いた。
「まさか、あのアイン王女様が勇者召喚を成功させるとはな……。やはり、あのお方こそが正当なる血脈、王の器なのだ……」
馬車の中で、ロドリゲスは一人、熱を帯びた声で震えていた。
天蓋の上で、私は仮面の奥の眉をひそめる。
……何を言ってるの? 正当なる血脈? 王の器?
私は母の顔も見たことないけど、確か出自もわからない平民の女性を国王が見初め、私だけを突然王城に連れ帰ってきた、としか聞かされていない。
こんな出自の私のどこに、王の器や正統な血筋があるというのか。
「表舞台に出ることもなく崩御された王の正妻……その血を引く、唯一の結晶。その血ゆえの、稀代の召喚術師としての才。国王陛下がご健在なうちに、我ら保守派もあのお方の後ろ盾を探さねば……」
——え?
今、なんて言ったの?
王の正妻の血?
正妻に子供はいないはずだけど?それに第一王妃は早くに亡くなられて……。
私の生まれが、ただの落ちこぼれではなく、何か王国の裏に隠された血筋だというの?
脳裏に浮かんだ疑問を、冷徹な思考が即座にシャットアウトする。
……いいえ、どうでもいいわ。
あの老人がどんな勘違いや妄執を抱いていようが、私の知ったことじゃない。
私はただ、自分の自由のために、この老人という『便利な駒』を死なせないだけ。
その時。ガタ、と馬車が不自然に急停止した。
周囲の空気が一瞬にして凍りつき、濃密な殺気が人気のない街道を支配する。
御者台の従者たちが音もなく崩れ落ちる中、馬車の前に、二本の剣を構えた怪しげな装束の男、情報と完全に一致する——『双刃の魔剣士』がじっと佇んでいた。
「我は双刃の魔剣士。悪しき王女の肩を持とうとする貴様を、今より断罪する」
「……本当に自分から名乗るのね」
私は馬車の天蓋からしなやかに飛び降り、魔剣士の前に立ち塞がった。
指先一つの合図で周囲に集まってきた『精霊達』が炎・水・風の魔術を展開し男へと狙いを付けた。
対峙した瞬間、仮面の奥から伝わってくる歪な魔力の揺らぎに、この不快な気配、どこかで……?
魔剣士が低く笑い、二本の刃を交差させた、まさにその刹那――。
『――そこまでだ、覆面野郎』
漆黒の夜の帳を文字通り切り裂くように、バチバチと荒れ狂う黒雷を纏った男が、凄まじい速度で私たちの間に割って入った。
リヒト。そしてその肩の上には、黄金色の瞳を愉悦に輝かせる精霊・コクライ。
「あなた、なんでここに……!」
驚愕する私を背にかばうように立ち、リヒトは構えた拳にコクライの黒雷を収束させていく。
その立ち振る舞いは、普段の軽薄さなど微塵も感じられない、圧倒的な強者のそれだった。
リヒトは鋭い眼光のまま、目の前の魔剣士を正面から見据える。
『アイン様の機嫌を直してもらうのに……花束の一つでも持って帰ろうとしてたら、偶然な』
『花って、あなたお金ないじゃない』
『ああ、だから、摘んで帰ろうかと』
(…………)
『馬鹿じゃないの? 仮にも王女に道端で摘んだ花束って、不敬罪だわ』
『そこまで言うか!?』
本当に、馬鹿みたい。
なのに、少し、喜んでる私は、もっと馬鹿みたい。
『とにかく今は仕事中よ! 手伝いなさい!』
『仰せのままに、王女様っ!』
闇の中で魔術の炎が剥き出しになったリヒトの横顔を照らす。
それを視界に捉えた瞬間『双刃の魔剣士』の表情が仮面の奥で明確に強張るのが分かった。
「……チッ。勇者、か」
アインのみならず、まさか召喚されたばかりの勇者本人がここに現れるとは完全に計算外だったのだろう。
リヒトが放つ底知れない気配を前に、これ以上の交戦は不利だと判断したのか、魔剣士は禍々しい煙を燻らせ、追撃の隙すら与えぬ速度で音もなく夜霧の向こうへと掻き消えた。
取り残された馬車の中から、ロドリゲス子爵が怯えながらも、救われた安堵に胸を撫で下ろす気配が伝わってくる。
「……フン。大層な二つ名の割には、随分とあっけない通り魔だこと」
正式に受託した任務の完了を確認し、展開していた術式を静かに霧散させた私は、フイッとリヒトから顔を背けた。
助けられた形になったことと、さっきの言葉を思い出して、どうにも居心地が悪い。
『用は済んだわ。帰るわよ。次に私の前にしゃしゃり出たらあなたも敵諸共ミケのゴハンだから』
『流石に酷くないか?』
『うるさい、とにかく、私は誰にも助けられたくないの。
二度はないから』
『……承りましたよ、アイン様』
背を向けて足早に歩き出す私の後ろを、掴みどころのない男と精霊が追いかけてくる。
私は、誰も助けない、代わりに誰の助けも必要としない。
わかってるわよ。
今が既に矛盾してる事くらい。
それでも、私は。




