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7. 降霊の契り

 その世界には、現世でいう太陽に当たるものがない。しかし、山の木々から小さな虫に至るまで、魂を持つ全てのものが魂力を象る青白い光を放っているため、世界全体が明るく輝いている。光り輝く夜の世界、それが霊界である。

 その世界の輝く平原で、片膝をついて座る女性がいた。

 彼女は、銀の胸当てを身に着け、左手に槍を持ったまま、右手で花を愛でている。周りには白百合の花が咲き誇っており、数匹の蝶々が舞っていた。遠くの山々の麓には、水晶で構築された街がいくつか見える。


――スタッ、スタッ、スタッ――


 彼女が背後の足音に気づき、そちらに青い瞳を向けると、そこには大樹のように巨大な角を持つ白鹿がいた。

 白鹿の体には深紅の文様がいくつも刻まれており、またその体から発せられる魂力の光は、周囲の光を圧倒するほど強い。


『今日は義経と一緒じゃないようだね、ジャネット』


 白鹿が話しかけると、ジャネットと呼ばれた女性は微笑んで立ち上がった。


『これはお久しぶりです、アメノカク様。義経ならまた現世に行っておりますが、何か御用ですか?』


 ジャネットが黄金の髪を耳にかけながら訊くと、アメノカクという白鹿は微笑んで首を横に振った。


『いや近くに来たから寄ってみただけさ。しかし、せっかく君がはるばる訪ねてきてくれているというのに、義経もせわしないな』


『ここのところ、彼はとても現世のことを気にかけていますから。そういえば、先ほど霊界に戻った時に、降霊の契りを結ぶかもしれないと言っておりましたよ。そうなると、またなかなか会えなくなるので残念ですが』


『!?』


 アメノカクが目を見開いて驚くと、その反応の大きさにジャネットも驚く。


『なんと、あの義経が降霊の契りを!?』


『はい、あの、それはそんなに驚くことなのでしょうか?』


 ジャネットが首を傾げる。


『驚くも何も、義経は今まで一度も人間と降霊の契りを結んだことがないんだ。傲慢の塊のような男だからね』


『そうだったのですか……』


『まさかあの不遜な男が誰かの守護霊になるとは……。それほどの人間を見つけたということか、それとも……』


 アメノカクが頭上を見上げると、夜空に一筋の流れ星が流れた。


(義経……)


 ジャネットが俯いて、義経の心情に思いを()せる。

 その頃、現世では、義経とイズミが今まさにその降霊の契りを結ぼうとしていた。

 二人は互いの心臓の部分、すなわち魂に左手を伸ばし向き合っている。


『我願う、裂けよ(ことわり)、砕けよ扉、今ここに求むは星の繋がり……』


 義経が目を閉じて契りの咒文を唱え始めると、呼応するかのように義経を覆っていた光が広がりだし、薄暗い部屋を照らし始めた。

 それに伴い、イズミも目を閉じ、感覚のみに集中し始める。

 数秒後には、イズミの中で部屋にいる感覚が薄れ、自分の存在と義経の存在しか感じなくなった。


『天上の王、天下の王、この守りの契りを認めよ……』


 咒文が進めば進むほど、義経の息が荒くなっていき、眉間に(しわ)が寄り始める。


『汝は我、我は汝、肉体を超え、霊体を超え、今ここに魂が繋がらん……』


 ここで、義経の言葉が一旦止まった。

 時が止まったかのような静寂に包まれるが、この静寂を破るのもまた義経。


『いくよ、イズミ』


 そう呟くと、義経は一気に目を見開いた。


『走れ言霊! 降霊創始!!』


 その言葉と同時に、イズミも一気に目を見開く。そこで目に飛び込んだのは、義経の体が弾けて無数の光の粒子となる瞬間であった。

 四方八方に飛び散った粒子は、すぐに軌道を逆にし、今度はイズミの体に入ってくる。


「……これは義経なのかっ」


 光の粒子は胸の心臓のあたりから体に入り、そこから体中に届いているように感じた。

 イズミは、ただ(たたず)んで動向を見守る。


――シュウゥゥゥゥ……――


 それから最後の粒子がイズミに入ると、部屋を照らしていたものがなくなり、もとの薄暗い部屋に戻った。


「……終わったのか。おい、義経」


 終わりを感じたイズミが呼びかける。しかし、義経からの返事はなかった。


「おい、義経、どこにいる?」


 もう一度呼びかけても、部屋は静まり返っている。


「いないのか? いや……いるな。お前を感じる」


 返事がないことで焦り始めたイズミであったが、義経の存在を確かに感じていたため、その焦りはすぐに消えた。


『ここだよ!』


「うわっ」


 突然、イズミの鼻先数センチのところに義経の顔が現れ、驚いたイズミが子供のように声を上げる。


『ハハハハッ、今の驚いた表情、子供の頃のまんまだねー』


 少し下がって爆笑する義経に対し、イズミは呆れ顔を向けた。


「驚かせるなよ、少し心配しただろう」


『ごめん、ごめん。君のびっくりする顔っていうのはなかなか見られないから、ちょっとイタズラしてみたくなってね。でも、宿主と守護霊は感覚を共有するから、私が無事なのは何となく分かっていただろう?』


「まぁ、確かにそれは何となく分かったが。ってことは、降霊は上手くいったってことでいいんだな?」


 イズミが腰に手を当て、ぶっきらぼうに質問すると、義経は後方に宙返りしながら答えた。


『ああ。私も初めての経験だったが、これは間違いなく成功している。現世でこれほど体が軽く感じたことはないよ。これはいい』


「そうか、それは良か……ん? お前、今初めてって言ったか?」


『ああ、初めてさ。言ってなかったっけ?』


「聞いてない。てっきり何度かしたことがあるんだと……。なぜ今まで一度もしなかったんだ?」


『あのねえ、イズミ。降霊の契りを交わすってことは、魂と魂が繋がるってことなんだ。そうしてもいいと思える相手に、そんな簡単に出会えると思うかい? 少なくとも私は、君に会うまでいなかった。それだけのことさ』


「……そうだったのか」


 イズミは、ここでこの降霊の契りにおける重責をあらためて感じる。しかし、守護霊となり感覚を共有することになった義経は、それを放っておかない。心を軽くするのもまた守護霊の役目なのである。


『そういうわけだから、君はとてもとてもとーっても光栄に思いたまえ。余に守護霊になってもらったことを』


 義経が肩眉を上げてイズミの顔を覗き込むと、真剣な面もちとなっていたイズミの顔が緩む。


「何だよ、それ」


 義経の思惑どおり、二人のあいだに軽快な空気が流れた。


『では、降霊の契りも済んだことだし、今日のところはこれで休もう。私も力を使いすぎて眠くなってきた』


「霊体も疲れるのか? いや、それよりも眠るのか?」


『君は霊体を何だと思っているんだい? 霊体も疲れるし、眠るさ。そうしないと失った魂力を回復できないからね』


「そのへんは、生きている人間と変わらないんだな。それで、お前は今日どこで寝るんだ?」


『決まってるじゃないか。君の中さ』


「……そうか。当然そうなるよな」


『イズミ、明日からはお互い忙しくなる。私は、君の仕事の合間を縫って、君に戦い方を指南しなければならないし、君はそれを学んでいかなければならない。そこは覚悟しておいてくれよ』


「ああ、大丈夫だ。もう覚悟は決めたから」


 イズミが、とてもいい笑顔を見せる。

 この後、二人は少しのあいだ談笑をしたが、笑い合う二人はまるで久しぶりに会った幼馴染のようであった。


『じゃあ、おやすみイズミ』


 談笑の後、義経がそう言ってイズミの中に入ろうとすると、イズミは「あっ」と言ってから、意を決したように再度声をかける。


「義経。あの……母さんは……」


 しかし、途中で俯いて、言うのをやめた。

 母親の現状について、心から訊きたいと思っていたが、なぜか突然怖くなってしまったのである。


『ん? 何だい?』


「あっ、いや」


 イズミは、顔を上げると、代わりにずっと気になっていたことを訊いた。


「お前の名前、義経って、もしかしてお前、あの義経なのか? 歴史の書籍なんかに出てくる、あの有名な……」


 義経という名前を聞けば、日本人なら誰でも思い浮かぶ疑問である。イズミはその疑問を最後の最後に義経に発した。

 義経が、イズミを見つめて微笑む。


『ああ、その義経さ』


 それだけ言うと、義経は軽くウィンクをして、イズミの体の中に入っていった。


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